月刊エルフ族特別号4
今回取材する名所はふたつ。森とその先にある泉だ。
「泉へと続くこの道をもう少しいけば、音楽を奏でる森ですじゃ」
しばらく道を進んだところで、ヨネさんの言葉の意味が理解できた。
森の木々がうっすらと黄金色に光り、音を奏でていたからだ。
音楽を構成している音色はふたつあるようだ。ハープのような音、残響の大きい木琴みたいな音。
「すごいな、これは……」
さっきまで挙動不審だったリタリ先輩も、森の演奏に心を奪われて普通の状態に戻っている。できればこの取材の最後までこの調子でいてほしいが。
「かつて存在し、この森のすべてのエルフたちの生みの親となった最初の女王が作った音楽じゃ。女王はいまやこの森と同化し、すべてのエルフたちを見守っておるのじゃよ」
ユーリィ先輩は撮影をしつつ、ヨネさんの解説を録音している。
「あれ、風の精霊シルフ、どうしたの? ……森の音は録音されない……?」
録音用の魔道具の様子を不思議そうに点検するユーリィ先輩。
「この森の音は魔道具で録音することができないのじゃ。ここに来たものしか耳にすることができぬのじゃよ。だから残念なことに音源の販売をして収益を上げることはできずにいますのじゃ」
この神秘的な空間が台無しになるから収益とか言わないでほしい。観光協会があるくらいだから、しかもそこの職員だからお金のことを考えるのは当然かもしれないが。
「我らこの森のエルフは命失われたとき、森と同化した女王のもとに還ると言われていますじゃ。ワシもあと200年もすれば、この森の一部となり、そしてまた時がくれば生まれてくることになりますじゃ」
200年……。この状態からさらに200年生きるのか。そのころには僕もリタリ先輩もとっくに亡くなっていることだろう。あらためて、エルフの長寿ぶりを思い知った。
「わたしもいずれはこの森に帰るのかしらね」
魔道具を持つ手をおろし、光る木々を見上げるユーリィ先輩。
「おちびさんはバロスシュケロットの森のダークエルフかな?」
「そう。南の縁にある集落」
「ならばいずれきっとこの森に還る日が来ますじゃ。まだおちびさんじゃから、ここから悠久とも呼べるような長い時間を生きることになるじゃろうが」
悠久とも呼べるような長い時間、か。
ちびっこダークエルフの先輩がいうところの『いずれ』はいつのころになるのだろうか。
いま生きている人間たちが先輩を残して先に生をまっとうすることは確実だ。
リタリ先輩が、エルフふたりのやり取りをどのように受け取ったのか気になった。
先輩は目をつむって顎をあげ、全身でこの森の音に包まれるようにしている。
静かな横顔からは先輩の心の中を見通すことなんてとてもできなかった。
「ほっほっほ、リラックス効果による自律神経の回復にもいいですじゃ。ぜひ記事に書き加えておいてくだされ」
「と、いうわけで。リタリ、ヒロキ。ふたりで並んで歩いて」
「ほうわっ!? な、なななななななんと言った!?」
急に恋人設定を意識させられて、元の挙動不審なリタリ先輩に戻ってしまった。
「並んで歩いて。仲良さげに。寄り添って。後ろから撮るから」
「それは無理だ! それは年間30回くらいBBQをしている連中にしか許されない行為ではないか!」
おそらく『リア充』のことを言いたいのだろうが、年間30回もBBQする人間はそうそういないのではないだろうか。こっちの世界に来てからもそんな話聞いたことない。
「いいからやって。受けた依頼なんだから」
有無を言わせぬちびっこダークエルフ。
なんだかリタリ先輩は、毎回のようにユーリィ先輩の「やって」に従ってる気がする。
「わ、わかった。ではせめて、呪殺した死体を死体遺棄現場まで自らの足で歩かせているということにさせてくれ……。その……記事では……恋人でいいから、せめて私の心の中でヒロキは魔力で操られ動き回る死体ということで……」
それならいいのか!?
いくら恋愛が苦手といっても魔力で動く死体といっしょに歩くのはもっときついと思うが……。
かなり度を越した苦手っぷりだ。
「ほんとうにすまん、ヒロキ。いったん呪術で魂を滅された死体気分でたのむ」
「……はい」
呪い殺された死体の気持ちなんて想像もつかないが、このままではいっこうに仕事が進まないので納得したふりをしておいた。
こうして、恋人役のはずの僕を呪殺死体だと思い込むことで、なんとか撮影に耐えたリタリ先輩だった。
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