月刊エルフ族特別号3

 エルフの森の中の道は舗装はされていないものの、よく整っていて歩きやすかった。

 さすが観光に力を入れているだけある。野鳥のヤバそうな鳴き声や不快な虫の気配もない。実に静かな森だ。


 ゆるやかなS字を描きながらもまっすぐの一本道を進んでいると、第一の目的地であるエルフの森の観光案内所へたどり着いた。

 観光協会のスタッフの方に案内と解説を頼む手はずになっていた。すでに企画書も送ってある。

 おもいのほか大きな建物で、どうやら土産物屋も兼ねているらしい。


「じゃあ、ちょっと呼んでくるから待ってて」


 そう言ってユーリィ先輩は観光案内所にずかずかと入っていってしまった。

 僕らふたりを残して……。


 気まずい……。同じクランハウスでもう3か月も生活しているのだが……。

 横目でリタリ先輩の様子を確認する。

 先輩も落ち着かないようで、しきりに髪を触って乱れをなおそうとしている。そんなに乱れていないと思うが……。


 それにしてもリタリ先輩は半端じゃなく可愛い。

 彼女いない歴=年齢の僕が、企画とはいえ恋人のふりをできるだけでも一生分の運を使い果たしたような気がする。


 髪に納得がいったのか、リタリ先輩は目をつむり、胸に軽く手をあてて深呼吸をくりかえしている。


 なんだかだんだんと愛しさが募ってきたんだが……。

 企画とはいえ、こんな可愛い人との疑似的にでもデートができるのだ。

 せっかくだから恋人気分で楽しんでしまってもいいのかもしれない。


 沈黙のままどれくらいの時がたったろうか。わずかな時間経過でしかないはずだが、体感的には15分はあったと思う。


「お待たせ」


 ようやくユーリィ先輩が戻ってきた。


「お、遅いぞ! こっちは心臓が破裂するかと思ったではないかっ! あと少しで魔術に関するすべての知識と魔力を継承の宝玉に移し替えて死に備えるところだったぞ!」


 いまこの瞬間に死を覚悟していたのか!?

 デート気分を楽しんでしまおうなんて一瞬でも考えてしまって申し訳なくなってくるぞ!


「そ。それより、こちらが観光協会の職員さん」


 ユーリィ先輩が傍らに立つ女性を紹介する。


「ほっほっほ、どうも初めまして。エルフの森観光協会でパートをしております、ヨネと申しますじゃ」


 そこにいたのは老婆だった。耳が尖っているからこの人もエルフなんだろうけど。

 名前が日本のお婆さんっぽいのは偶然だろうか。


「初めまして、ヒロキ・サトナカです」


「は、初めまして、り、りりりりリタリ・トルテメティだっ」


「ほっほっほ、おふたりがお話にあった、らぶらぶかっぷるですな。本日はよろしくお願いしますじゃ…………はて、お嬢さんのほうはずいぶんとふにゃふにゃのほにゃほにゃのようじゃが、だいじょうぶですかのぅ」


「だいじょうぶだ! それにカップルはあくまで役目! そこを忘れないでほしい!」


 強い語調で否定するリタリ先輩。しかし体全体はあわてふためき、ふにゃふにゃのほにゃほにゃっている。

 恋愛要素を意識しなくて済むようにちょっと話題を変えてみようか。


「すいません、ヨネさんはおいくつなんですか?」


 じつはさっきから気になっていることがある。

 それはヨネさんの年齢。

 長寿で若々しく美しい姿を保つエルフの身で、あそこまで外見がお婆さんになっているのはなかなかお目にかかれない。

 いったい何歳になるのか知りたくなってしまうのも無理のないことだ。

 女性に年齢をたずねるのは問題がある行為かもしれないが、もはやそんな気遣いを必要とするレベルはとっくに超越してそうだし、聞いてもいいと思ったのだ。


「ほっほっほ、今年で792歳になりますじゃ。まだ王都ボンボネーラもなかったころの生まれですわ」


 ヨネさんは遠い過去に想いを馳せるかのように、王都の方角へ顔を向ける。


「780年前になりますじゃ。デカプリオ1世が従者たちを引き連れ、この土地へと流れついたのは――」


 ヨネさんは懐かしむように、王都ボンボネーラを中心としたこの国『バロス』の成り立ちを語りだした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 王子デカプリオ1世。彼はまだ15歳の少年であったころに東方より落ち延びてきましたじゃ。東方といっても意外と南東寄りだったのではないかとも噂されましたし、一説には家族旅行の最中にはぐれたところを放っておかれただけとも言われておりますじゃ。ともかくまだ15歳の少年デカプリオ1世殿下はここバロスシュケロットの森へとやってきましたじゃ。


 殿下は3人の従者と28人のセックスフレンドを伴っておりましたじゃ。彼ら一行が森に入って3日目のことですじゃ。


デカプリオ1世「もう嫌じゃ。余は逃避行には疲れた」


 殿下は仰向けに寝転び手足をじたばたさせましたじゃ。けれども、従者デニーロ、従者ブラッドピット、従者カーステレオの3人は、そんな殿下をゆるしませんでしたじゃ。


デニーロ「さぁ殿下、先を急ぎましょう。でなければまた棒でぶちますよ」


 彼ら3人は使い込んだ木の棒をとりだし殿下を囲みましたじゃ。旅の道中、まだ精神的に未熟だったデカプリオ殿下が我がままを言うたびに教育的指導のために使ってきた由緒正しい棒だったそうですじゃ。


ブラッドピット「さぁ、はやくお立ちになってください。追っ手風の何かが迫ってるやもしれません」


カーステレオ「ほんとうは殿下をぶちたくてうずうずしているんです。この私めに棒を使わせないでください」


 従者たちはさらなる逃避行を促したましたが、殿下はこれを力いっぱい拒否しましたじゃ。


デカプリオ1世「嫌じゃ嫌じゃ。余はこの森で、足のいっぱいある虫を眺めて暮らすのじゃ」


 殿下はじたばたに全身の回転運動までをくわえて駄々をこねましたじゃ。もうこれは棒を血で染めるしかないと、従者たちが互いに顔を見合わせ舌なめずりをしたそのとき、セックスフレンドたちのひとりが従者に進言しましたじゃ。


スタッドレスタイヤ「どうでしょう。ここはひとつ休憩し、この森の様子をもっと調べてみては」


 従者たちはスタッドレスタイヤの進言を聞き入れましたじゃ。スタッドレスタイヤは自らの言葉を実践し、森の中を調べると、広大な森の中心には広い原っぱと川があることに気がつきましたじゃ。

 同時に、我らエルフたちの集落が原っぱを取り囲むように点在していることをさぐりあてましたじゃ。これが我らと殿下たちとの最初の接触となりましたじゃ。


 コミュニケーション能力の高いセックスフレンド、シガーソケットがエルフの女王ハツと交渉を開始しましたじゃ。


シガーソケット「ここに国を作ってもいいでしょうか、女王様」


ハツ「いいよ」


 国を作ることをオッケーしてもらえた一行は、何日経っても追っ手がやってこないことを確認し、原っぱを定住の地とし、国の名をオートバックスとしましたじゃ。


長い長い年月を重ねて子孫は増え国は発展しましたじゃ。


カーセンサー5世の御代にエルフの女王であったハツが亡くなると、国を作ることをオッケーしてくれた感謝の意を表し、この森の名の一部をとって国の名を「バロス」と改めましたじゃ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ヨネさんの回想は終わったようだ。

 ともかく国の歴史を語れるくらい長く生きているらしい。いずれにせよ恋愛から話を逸らすことには成功したようだ。


「古い話はこんなところにして、そろそろ泉へ出発しますかのぅ」


「ちょっと待って。これだけ撮影させて」


 ユーリィ先輩がカメラに相当する魔道具をかまえて文字の書かれた木製の看板を指さす。


『入場料:200スリン ドワーフに限り2000スリン』


 それはこの先への入場料を示す看板だった。

 ドワーフだけ10倍の料金に設定されているんだが、やはりエルフと仲悪いのか……。

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