月刊エルフ族特別号2

 鬱蒼とした森だ。それでいて柔らかい日差しがさしこんでいて明るさが保たれている。たとえるなら地方の駅前にある明かりをあまり点けていないアーケードの商店街のような……。それのハイパー神秘的版というか……。


 ここは王都ボンボネーラの市壁の外にあるエルフたちの森。

 僕、リタリ先輩、ユーリィ先輩は担当記事の取材でここへやってきた。


 クランハウスアライが担当することとなった記事。

 それは観光案内の記事だった。


 魔王が討伐されてからこっち、エルフたちは観光事業に力を入れているらしい。

 いまも多数の魔物は残っているとはいえ、王都ボンボネーラ周辺のエルフの森や隠れ里のあたりはギルドの冒険者たちが積極的に安全を確保してくれている。

 というわけで近場のプチ旅行に最適とのことだ。


「………………ほんとうにこのコンセプトでいくのか?」


 たっぷり言い淀んでから今回のコンセプトに疑問を呈すリタリ先輩。

 顔は真っ赤でうつむいてしまっている。


「モチのロン。人間は常に恋や愛を求めるもの」


「………………こんな服ほとんど着たことないんだが……」


 日頃のリタリ先輩の基本装備は魔術師のローブだ。

 部屋着やパジャマも魔術師然としたものを選んで着ている。

 そんな先輩がいま身に着けているのは白いブラウスに紺のふんわりしたスカート。

 元の世界の用語でいう『童貞を殺す服』だ。


 今回の観光記事のコンセプトはずばり『デート』。

 リタリ先輩が担当する役どころは記事に載せる写真の被写体。

 つまり彼女役だ。


 先輩の童殺系デート服は月エル編集部が用意したもの。

 言われるままに着たはいいが、恥ずかしくってしかたないらしい。


「だいじょうぶ、最高に可愛い。100人男がいたら68人くらいが振り向き、14人くらいがナンパし、29人くらいが求婚してくるレベル。デートでは勝ち確」


 ユーリィ先輩の褒め言葉は人数の計算が合っていないが、言いたいことは非常によくわかる。


 ただでさえかなり着こなしのハードルが高い童貞を殺す服だが、そこは圧倒的美少女のリタリ先輩。モデルのように似合ってしまっている。

 胸の大きさが目立つリタリ先輩だが、それでも中の上、あるいは上の下といったサイズ。腰の位置も高く華奢ですらっとした体つき全体とのバランスがとれている。

 童貞を殺す服を着るのにもっとも適した体型だと言っても過言ではない。これで金髪でなく黒髪ロングだったら二次元そのものだ。

「そ、そ、そそそそんなことないのだ。だ、だいたい、れ、恋愛とか、デートとかは……もっと明るい男女がたしなむものではないか……私みたいな魔術師は、杖に毒蛇の分泌液を塗りたくってひそかにほくそ笑んでいる人生がお似合いなのだぞ……」


 そんなことしてるのか!

 魔術師だから多少は妖しいこともしているとは思うが、それは暗すぎる……。


「ヒロキのほうは、なんとか量産型彼氏になってると言えなくもないわね。なんとか及第点」


 ユーリィ先輩が論評の眼を僕に向ける。

 恥ずかしいのはリタリ先輩だけじゃない。僕もだった。

 なんと今回の彼氏役を担当するのだ。

 僕も編集部が選んだデート服を着させられているが、お世辞にも似合っているとは言い難い。


「これ、僕もやらなきゃだめなんでしょうか……。役とはいえ、とてもじゃないけどリタリ先輩と僕なんてつりあいませんよ」


 僕もコンセプトに異議を唱える。

 どう考えてもイケメンのモデルとか連れてきたほうがいい。


「そ、そんなことないぞ……。もちろんすごくハンサムというわけではないが……その、可もなく不可もない顔立ちとか……平均より冴えないよりな感じとか、けっして悪くはない……と思う……人もいる……と思う」


 消え入りそうな声でフォローをしてくれるリタリ先輩。

 いや、フォローなのか?


「しかし……私のような暗い魔術師とデートなんかしたら……ヒロキの輝かしいデートキャリアに汚点が……私なんかカエルとコウモリの眼玉を10万個単位で煮込んで古代の秘薬を再現しているだけの気持ち悪い女なのに……」


 どうしよう……今度は僕がリタリ先輩をフォローすべきだろうか。

 しかしいまはどんな言葉を発しても別の意味を帯びてしまいそうで気まずい。


「ふぅ、困った。もう解説役も頼んであるというのに」


 無表情ちびっこのユーリィ先輩がちっさくため息をつく。

 その手には小さな装置がふたつ。魔道具だ。

 ひとつは写真を撮影するカメラの役目を果たすもの、もうひとつは録音装置だそうだ。作動にそれぞれ光の精霊と風の精霊の力をかりるので、精霊と仲良しのエルフにとって非常に扱いやすいらしく、今回のユーリィ先輩の担当はこのふたつで記事の材料を集めて帰ることだ。


「そんなにデートがイヤ? たかが真似事なのに?」


「で、でででででデートというのは遠い世界のどこかで知らない人たちがやってる謎行為なのだ。わ、私は……暗い書庫のなかで眼鏡をかけたりはずしたりを繰り返しているのがお似合いなのだ……」


 童貞を殺す服の主要な殺戮対象は僕のような冴えない男子のはずだが、むしろ着ている本人が一番童貞っぽい。童貞過ぎて口走ってる言葉も暴走気味だ。

 ふだんはあんなに強気で、とくに相手がクズ男系なら一歩も引かないのに。


「ともかくもう受けた依頼なんだからちゃんとやって」


「それは、わかってるが……うぅっ……」


 うつむき加減のリタリ先輩がこちらをちらっと見る。

 目が合う。すぐに顔をそらす。


「すまんな、ヒロキ……あくまで役目だから、耐えてくれ……。あとでちゃんと、吸引したら気分がハイになって記憶が飛ぶ系のアレを調合するから……今だけは……私の彼……氏……で」


 もはやうつむき過ぎて地面の植物に向かって話しているかのようなリタリ先輩。

 アライではいちばんの後輩の僕だが、さすがに今回はしっかりしようと固く誓うのだった。

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