月刊エルフ族特別号1
いま僕は猛烈に感動している。目の前にいる女性の姿に。
ここは雑誌『月刊エルフ族』(通称:月エル)の編集部。さらに詳細にいうなら編集長のデスクの前。
リタリ先輩、ユーリィ先輩、僕の3人は新しい仕事のため、ここに馳せ参じていた。
依頼内容は以下の通り。
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依頼 月刊エルフ族特別号の取材・記事執筆・編集を手伝ってほしい
依頼者 月刊エルフ族編集長 ネイラ
さ来月は『エルフ族』月刊化からちょうど1年。
ここらでいっちょ特別号をかまして、さらに大きく羽ばたいていこうと思っている。
しかし、ちょっとだけ人手が足りない。
エルフ関係に強い人もしくはエルフ、手伝ってくれ。頼む。
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エルフ編集者が大半を占める『月エル』編集部をたばね導くネイラ編集長。
お会いしたばかりのこの人の姿に僕は感動していたのだった。
流れるような金髪ロングに白磁のような白い肌。
鋭くとがった顎と切れ長の眼。
笹の葉の形をした耳。
まさにイメージ通りのエルフだ。ザ・エルフ。
ア〇クラスト大陸の南に浮かぶ辺境の島にいそうなエルフの中のエルフ、エルフ・オブ・エルフだ。
転生してこちらの世界にきてから街中で何人もエルフの姿を見てきたし、なんならダークエルフの先輩と毎日顔をあわせている。
しかしどのエルフのみなさんも当然ながら個性があるし、容姿はさまざま。
エルフだから美形率は高いものの、赤髪だったり、社会への反抗心からかスキンヘッドにしていたり、テクノカットだったり。そして先輩もちびっこだ。
せっかくの異世界転生だからエルフらしいエルフを生で見たかったのだが、なかなかラノベのような典型的エルフはお目にかかれなかった。
それがようやく! 呪われた島で自由騎士の隣にいそうなエルフの典型例にお目にかかれた!
いま僕は、スーツを着崩してネクタイを頭に巻き折り詰めをさげて千鳥足で帰路につくサラリーマンと遭遇したときとおなじくらい。
あるいは、お好み焼きをおかずにご飯を食べる関西人を目撃した時とおなじくらい感動していた。
「よく来てくれたわね! ユーリィとその仲間たち!」
ネイラと名乗った編集長さんがよく通る声で僕たちを歓迎してくれる。
ユーリィ先輩とは以前からの知り合いのようだ。
両手をつないでブンブン振りながら再開の喜びを表現している。
「ネイラも変わりないわね」
「そうよ、私はいつも絶好調だもの! あなたは相変わらずちびっこ無表情キャラね! ぬいぐるみ感覚で可愛いわ!」
そういってむぎゅーっと抱きしめる。
この親愛の表現はぬいぐるみ感覚だったのか。たしかに夜寝るときにぬいぐるみを抱きしめる感じでむぎゅっている。
ユーリィ先輩はされるがままだ。そのへんはほんとうにぬいぐるみっぽい。
編集長さんはひとしきりユーリィ先輩を抱いて満足したのか、リタリ先輩の前にずいっと進み出る。
わずかに後ずさるリタリ先輩。クズ男には強気でも、素敵な女性には弱いらしい。
「ふーん……あなたが魔王を倒した勇者パーティーのリタリちゃんね」
口元に人差し指を添え、品定めをするようにリタリ先輩のじろじろと眺める。
特に顔をじろじろと観察するときは息がかかりそうなくらい接近していた。
顔の急接近でどぎまぎするリタリ先輩。
見ているこちらもどきどきしてしまった。
「すっごく奇麗ね、あなた。私もエルフだから美人は見慣れているけれど、ここまで均整のとれた顔立ちはなかなかお目にかかれない。肌も絹のように滑らかで白……いわ、基本的に。いまは紅潮してるみたいだけれど、基本的には滑らかで白いわ。紅潮していないときはおそらく白いわ」
「ど、どうも……」
リタリ先輩がリアクションに困っている。
編集長さんは先輩の様子にはおかまいなく、見たいように顔をガン見している。
「ねぇ、なにこれ、いっさい手を加えずにこんなに長い睫毛なの? まるで化粧っ気がないけれど」
「化粧……それはあれ、その、なんだ。聞いたこともあるし目撃したこともあるようなないような……」
さらにリアクションに困り、化粧をUFOかなんかのように語るリタリ先輩。
こんなに困るならむしろクズ男をあてがってあげたほうがいくぶん楽なのではないだろうか。
「なのにこんなに豊かなバストして。華奢なプロポーションを崩さない程度のちょうど良い巨乳具合。人工物でもここまで見事な身体の曲線美を作りだせないんじゃないかしら……気品と全体の調和の中で最大限の大きさを実現した奇跡のバストね。ね、そこのあなたもそう思うでしょ?」
同意を求められても!
もちろん心の中では最大限の同意をしているが、リタリ先輩の手前、それを口に出すわけにはいかない。
編集長さんはリタリ先輩を観察(あるいは堪能)し終えたのか、今度は僕に近づいてくる。
僕にも至近距離まで近づいてくるのか!? 動悸が急速に高鳴ってくるんだが……。
もちろん接近していただくこと自体はやぶさかじゃない。
「えっと……君は」
「これはヒロキ・サトナカ。最近ウチに加わった見習い。勇者とおなじ世界から来たわ」
「へぇー。ふーん」
正面から顔を覗き込まれる。
このまま接近してくれればキスなのだが、それは期待しすぎだろうか!?
せめて吐息がかかるくらいの距離まではお願いできないか!?
「うーん……ヤギの鳴き真似とか得意そうな顔ね」
どんな顔なんだ、それは。なんとも冴えない特技だ。
老婆の女神と同じ種類のディスをかまされた気がする。
ちなみに僕は何の動物の鳴き真似もできない。
「まぁいいわ。聞いてちょうだい」
編集長さんは僕たち3人の前で演説を始めた。
立ち姿がじつに自信に満ち溢れている。
「私たちの『月エル』は元をたどれば『月刊亜人』の1コーナーに過ぎなかったわ。そう、この私が担当するまではね」
『月刊亜人』。知らない雑誌だが、名称から察するに亜人の総合誌だろう。
冷静に考えれば『月刊人間』という名で人間の総合誌を出してるようなもんだが……。
「瞬く間に人気コーナーへと生まれ変わった「月エル」コーナー。私が初代編集長になり『季刊エルフ族』として独立したわ! 1年後には月刊化! 部数も倍増し、人間族たちの企業も多数スポンサーとなり、我が社最大の雑誌となった」
すごい圧で自画自賛をする編集長さん。
実績が伴ってる分嫌味もない。
「けれど、こんなところで満足していられない。さらなる快進撃を重ね、下僕たるスポンンサーも部数もさらに増やし、なんなら姉妹誌なんかも作っていきたいとそう考えているの。たとえばエルフ少女のための雑誌『月刊少女エルフ』なんかをね」
情熱的に構想を語る編集長さん。力が入ってしまうのか、いつの間にかこぶしを握り締めてしまっている。
『月刊少女エルフ』はどんな雑誌なんだろうか……。どことなく少女漫画誌の匂いがするが。
「そこで景気づけの花火のように、ドーンと特別号を出すことになって人員の増員もしたんだけれど……もうちょっと人手が必要なのよね。そこであなたたちの出番というわけね。特別号で1記事手伝ってもらいたいの」
「具体的にはどんな記事なの?」
ユーリィ先輩の問いに、編集長さんは1枚の紙を差し出して答えた。
そこにはデカデカと記事のタイトルが記されていた。
『カップル旅行におすすめ! ふたりで行くエルフの森の音楽祭と泉』
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