吟遊詩人を手伝え4

「さて。再確認しますけど、僕たちは創作に関しては素人の3人です」


 アレクシスさんは神妙な顔でうなずく。


「わかってます。良いんですよ、それで。どんどん新鮮で挑戦的なアイディアをください! 最後に僕が」


 確認が取れたところでアイディア出しが始まった。


 ……………………………………………………うーん……。


 しばらくは無言の時間が続いた。

 次から次へとひらめきが降ってくれば良いのだが、そうそう都合よくはいかなかった。


 かれこれどれくらい悩んだだろうか。ユーリィ先輩が口を開いた。


「せっかくリタリがいるんだから、シゲル・イシダものに挑戦してみるのはどうかしら」


 シゲル・イシダというのは、僕の転生の先輩にあたる人で、勇者としてこの世界の魔王を倒した人物だ。

 リタリ先輩は勇者パーティーの一員として旅をし、魔王とのラストバトルにも参加したので、シゲル・イシダの英雄譚のすべてを知っていることになる。


「シゲルかぁ……」


 リタリ先輩は渋い紅茶を口に含んだような顔をしてみせた。

 嫌な思い出でもあるのだろうか。少なくともあまりヒロイックなラストバトルではなかったが。


「シゲル・イシダものはたしかに人気があるんですよ。最近チャートを独占している若手吟遊詩人の作品もすべてシゲル・イシダものですからね。しかも関係者への綿密なインタビューに裏打ちされているのかしりませんが、その描写が実にリアルで、まるで見てきたかのようなんです」


「関係者へのインタビューね。リタリ、なにかインタビュー受けた?」


「いや……魔王討伐直後はそれこそインタビューの連続で息つく暇もなかったが……最近はめっきりだな。1年前に『週刊・勇者の食卓』のインタビューを受けたくらいか……。他のメンバーがどうかは知らないが」


「なら、創作を混ぜてみてはどうかしら。むこうがリアル路線でくるなら、こっちは嘘路線で対抗というのは」


 ユーリィ先輩が大胆な提案をした。


「嘘……ですか。どんな感じの嘘をつくんですか?」


「そうね。魔王城の地下はショッピングモール、とか」


「ちょっと待て、それはむしろ本当だぞ」


 ユーリィ先輩の嘘案がまさかの事実だったらしい。

 こんな適当臭い嘘がよくピンポイントであたるものだ。


「魔王城の人たちも生活があるからな。地下の生鮮食品売り場ではゾンビの肉とか売っていたぞ」


 ゾンビ肉が生鮮食料品売り場にふさわしいとは思えないが……。


「でも、今の良いと思います! それくらい大胆なアイディアでシゲル・イシダものを書いた人はいないですからね。うまくいけばワンチャンありえますよ!」


 アレクシスさんはノリノリだ。彼がノリノリで嬉しそうならもうこの方向性でいいのかもしれない。


「魔王城に生鮮食品売り場があるなら、勇者がそこで試食販売のバイトをするっていうのはどうかしら?」


「それいいですね!」


 アレクシスさんがユーリィ先輩の案をメモする。


「じゃあ勇者が試食販売の営業成績1位というのはどうだ?」


「いいですね! それもいいです!」


 渋い紅茶顔をしていたリタリ先輩も被せてきた。面白くなってきてしまったようだ。


 このへんから僕たちは全員ノリノリになっていった。

 アイディアの内容にも歯止めが利かなくなってくる。


「いっそ勇者が吸引してはいけないものを吸引するのはどうか」


「いいですよ、それ! 廃人になるレベルでキメてきましょう!」


 ちょっと悪い笑みを浮かべて提案するリタリ先輩。

 さっきから『吸引してはいけないもの』がはっきりとはわからないが、地球だと芸能人やアーティストが吸引して時々逮捕されるアレだろうか。


「吸引してはいけないものの原料を栽培して魔王の部下たちの社会に蔓延させるっていうのはどうでしょう?」


 僕も乗っかって案を出す。


「それいいです! いいですね!」


 アレクシスさんは『いいですね』を繰り返すマシーンになっていないか?

 それでも自分のアイディアを肯定してもらえるのは気持ちいいものだ。もっと発言したくなってきた。


「恋愛要素とかあったほうがいいんじゃないでしょうか」


「それいいですね! 実際、恋愛要素があったほうがウケるんですよ!」


 いいですねマシーンのアレクシスさんは即座に同意してくれたが、リタリ先輩が変な顔をしている。酸っぱいものでも口に入れたような表情だ。


「れ、恋愛要素……うーん……」


「いいですね、それ! うーんですよ! 恋愛要素は『うーん系』がいちばんウケる時代ですよ!」


 うーん系ってなんだ? リタリ先輩は難色を示したんだと思うが。

 ノリノリになり始めていたのに、恋愛要素の何かが引っかかっているのだろうか。

 もしかして、シゲル・イシダとの間に実際に恋愛関係があったとか……?


 なおも腕組みをして酸っぱい難色顔をしていたリタリ先輩だったが、急になにかが閃いたようだ。ぱっと表情が変化した。


「その恋愛要素、男同士ではだめか?」


 BLを提案!? 予想の斜め上だぞ!?


「いいですね! 男同士で恋愛する系も一部で流行ってるんですよ! ミルクちゃんもそういうの読んでました!」


 ミルクちゃん腐女子なのかよ! たしかにそういうのが嫌いな女子はいないとか聞くけど。

 いいですねマシーンのアレクシスさんは『男同士』もメモしていく。


「恋愛要素は男同士のカップル1組だけでいいのかしら? もっといっぱい恋愛していたほうがウケない?」


 ユーリィ先輩のカップル増やそう案に、腕組みして考え込むリタリ先輩。

 シゲル・イシダのパーティーは男女2名ずつの4人組。カップルを増やすとなると必然的にリタリ先輩の恋愛を描くことになるが。

「そうだな……増やすか、パーティーの人数を」


「いいですね!」


「なら、とりあえずオークと女騎士と老婆はパーティーに入れてほしい」


「いいですよ、それ! 一度書いたことあるネタの再利用! 執筆もスムーズです!」


 こうして。

 アレクシスさんのメモにはどんどんアイディアが書き込まれていった。


 オークと女騎士と老婆の戦いを仲裁する勇者。


 勇者、オークと女騎士と老婆に吸引してはいけないものを渡す。忠誠を得る。


 おもしろい擬音を入れていく。ビショビショの人、ビショビショの犬などをパーティーに加えることにより擬音を増やす。


 「ぶち殺す」「誘拐した」「騎士と自警団には連絡するな」「噛む動物をけしかけるな」といった、切り抜いて脅迫状作りに利用できそうな便利な文言を入れておくと、それ目当てに買ってもらえるかも。


「……これでいいです! もう充分アイディアはいただきました! あとは内容をまとめて、僕が完成させるだけですよ」


 アレクシスさんがそう宣言したとき、僕たちははちょっとした達成感に包まれていた。

 初めての創作。

 正確には手伝いにすぎないけれど、心地よい疲労を感じる。

 一度ハイになった脳みそがゆっくりと平常状態に戻っていく。


「じゃあ、ここからは孤独な作業になると思うが。良いものを作りあげてくれ」


 額に浮かんだ汗をぬぐいながら微笑むリタリ先輩。

 アレクシスさんは力強くうなずきを返すのだった。


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  依頼  叙事詩作りを手伝ってほしい


  依頼者 吟遊詩人 アレクシス・デパイ


  状態  達成


  満足度 90%


 先日はどうもありがとうございました。


 あれから作品を7日連続の徹夜で完成させ、担当編集に見せたところ「新時代の叙事詩の可能性を感じさせる一作だ!」とのコメントをいただきまして、新作の出版どころか、なんと生活費をかしてもらえることになりましたよ!


 これでまたミルクちゃんに思いっきり貢げるというもの。これもすべてみなさんのおかげです。


 なにはともあれお疲れ様でした。達成報酬はクランを通じて満額お支払いさせていただきます。


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