吟遊詩人を手伝え3
「ずいぶんと神獣戦争期の古代魔法王国に詳しいようね」
叙事詩から目を上げてたずねるユーリィ先輩。
「祖母が在野の研究者だったんです。個人で所蔵するのが難しいような史料までどこからか手に入れてきてて。僕は幼いころからそんな祖母の話をよく聞いて育ちました」
昔を懐かしむかのような表情をするアレクシスさん。
「たしかに面白いな、これは。売れたのも納得だぞ」
リタリ先輩からも誉め言葉が。そんなにいい作品なのか。
「ありがとうございます。けれどね、それだけなんですよ、僕が評価されたのは。あの『ヘスファハーン英雄叙事詩』のアレクシス・デパイだからって次々に新作叙事詩の依頼が舞い込んだのですが、納得するレベルのものは書けませんでした……。納得できないレベルのものはやはりそれなりの作品に過ぎなかったようで、売り上げはガタ落ちです。最新作の発行部数なんか4部ですよ、4部」
「『ヘスファハーン英雄叙事詩』のあとはどんな作品にチャレンジしてみたんですか?」
「いろんな作風にチャレンジしてみましたよ。エロくすれば売れるだろうと思って、ともかくエロく肌色の多い叙事詩ばかり書いていた時期もありました。オークに女騎士が襲われる叙事詩、逆に女騎士がオークを襲う叙事詩、オークと女騎士が手を組んで老婆を襲う叙事詩」
僕が地球で読んでいたラノベも売れようと思って内容をエロくしている作品はいくつもあるので、エロくする発想自体は理解できるが、なぜ老婆? 美少女エルフとかのほうがよくないか?
「安易なエロはよくないと思うが」
「そのとおり。老婆がダークエルフを襲うバトルものにすればよかったのに」
エロいことへの免疫が少ないリタリ先輩が頬を染めながら安易なエロに異を唱え、ユーリィ先輩はなぜか老婆を戦わせたがっている。
「エロい内容は売れたんですか?」
僕の問いにアレクシスさんはゆっくり首を振った。
「エロを書いても総スカンでした。そのころには自分でももしかしたら才能がないんじゃないかって思い始めました。一度売れたのはマグレだったんじゃないかって。ただ祖母の研究の成果だけが素晴らしかったからじゃないかって。……でも諦めきれないんですよ。僕は叙事詩が好きなんだ。叙事詩を書くことが好きなんだ。もしかしたら次こそは良いものが書けるかもしれない。それがダメでもその次こそとんでもない傑作が書けるかもしれない。そんなわずかな夢みたいな希望にすがって書き散らしてきました。みなさんのお尻で踏んでいただいている無数の紙がその証です」
そう言われると、床一面の無数の紙くずも印象が違って見えてくる。
これだけ散らかっているということは、それだけ苦しんで、もがいて、努力してきたということだ。
掃除する時間も惜しんで創作に打ち込んできた証がこの部屋の汚れ具合なのだ。
リタリ先輩もお尻で踏み続けるのが申し訳なく感じたのか、ちょっと腰を浮かせて、さきほどまでその上に座っていた紙を引っ張り出す。
対照的に、ユーリィ先輩はまったく気にしていない。
「いっそ吸引してはいけないものを吸引して、見えてきた幻を元にサイケデリックな叙事詩に挑戦するところでしたよ……。しかし思いとどまりました。吸引がバレて逮捕されてしまってはほんとうにもう叙事詩を書くこともできなくなりますし、なによりミルクちゃんに貢ぐこともできなくなってしまいますからね」
せっかくちょっと見直しかけてきたところでミルクちゃんの名前は出さないでほしい……。
幻の見える吸引してはいけないものはもっとだめだ。
それでも、アレクシスさんは深々と頭を下げて言った。
「だからみなさんのお知恵をお借りしたいんです。自分ひとりの中からは出てこないようなアイディアをください。もう、なんでもいいんです。ほんとうに無茶な、思い付きみたいなのでもどんどん取り込んで新しい作品を作りたいんです」
場に沈黙がおりた。
なんとなくだが、アレクシスさんの熱意が僕たち3人に浸透してしまった気配を感じる。
女性への依存心はどうかと思うが、叙事詩に対する想いは本物なのだろう。
「ま、まぁ、依頼は受けてしまったしな。協力するぞ」
リタリ先輩がそっと手を差し伸べる。
アレクシスさんがそれを力強く握り返し、満面の笑みを浮かべる。
この握手でもって共同制作チームが立ち上がったのだった。
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