吟遊詩人を手伝え2
依頼人である吟遊詩人のアレクシスさんが暮らしているのは王都ボンボネーラの北西部にある長屋の一室だった。
はっきり言って、あまりお金がありそうには思えない。
「ようこそお越しくださいました。さぁ、汚いところですがあがってください」
「お、お邪魔します……」
あまり物怖じしないリタリ先輩が上ずった声を出した。
それも無理もない。ただでさえ狭いワンルームは、最後にいつ掃除や片付けしたのかわからないレベルで散らかっていたのだ。
「これは、書きかけの詩ね。途中で諦めて捨てたやつかな」
ユーリィ先輩が床に散乱した紙くずをひとつ拾い上げる。あいかわらず無表情系キャラだがどことなく呆れてるような気がする。
何枚あるのか知らないが、文字通り足の踏み場がない。衣服も散乱しているし、洗ってない食器も山積みだ。
クランに依頼を出した時点で他人を招けるくらいには部屋を奇麗にしたほうがいいと思う。
壁には本棚が設置されていて、こちらもギュウギュウだが、これが詩人の部屋というものなんだろうか。
「どこか適当に座ってください。今お茶を用意しますよ。茶葉があるかどうか覚えてませんけど」
「い、いや、かまわないでくれ。何が出てくるかわからないし紅茶も出さないでくれ」
珍しくリタリ先輩が怯えている。
「どこに座ればいい? あたり一面ゴミだらけで座る場所がない。紙の上でいいならそのまま座るけど」
「ゴミ……?」
ユーリィ先輩の言葉に反応して体を硬直させるアレクシスさん。
と思ったら、次の瞬間、アレクシスさんに異変が起きた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああうわあああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!! ご、ごごごごごごゴミっ!! 僕の叙事詩はゴミっ!! ゴミなんだ!! 僕の書いたものなんて何の価値もないっっ!! むしろ女の子にお尻で踏んでもらえるだけありがたいんだああああああああっ!!!!!!!」
猛烈な勢いで頭をかきむしって叫び始めた!?
そのまま狭い部屋中を転げまわるように暴れ始めた。実際ゴロゴロと転がり、リタリ先輩はそれをジャンプしてかわした。
「お、おおお落ち着けっ! とりあえず回転運動をやめるのだ!」
「じゃあ止めよう」
ユーリィ先輩がアレクシスさんの脇腹あたりを踏みつけてようやく動きがとまった。さすが無表情系キャラだ。そして容赦もない。
「すいません……ついつい自分の作品がけなされたと思ってしまって」
とりあえずアレクシスさんは正気に戻ってくれたみたいだ。
『ゴミ』という言葉を口にしないよう気をつけつつ、僕たちはようやく床に車座で腰を下ろすことができた。
「依頼内容を再度確認させてもらうぞ。最近スランプ気味で叙事詩作りがうまくいっていない。そこに他人のアイディアで新しい何かを取り入れたい、ということでいいんだな?」
さっきまで怯え気味引き気味だったリタリ先輩だが、ようやく覚悟を決めたらしい。依頼の達成に前向きになっている。
『スランプ』や『うまくいっていない』という言葉に反応してまた暴れまわるかもしれないと一瞬警戒したがとりあえず大丈夫のようだ。アレクシスさんの表情はじゃっかん暗くなったが。
「そうです。もう自分ひとりの頭じゃ出せるものを全部出し尽くしてしまった。ほかの人の新鮮な意見を取り入れて、まったく新しい作風にチャレンジしたい。ヒットを出してその印税でもっとミルクちゃんに貢ぎたい。それが無理なら昼も夜も生活の面倒を全面的にみてくれる女の人を紹介してほしい」
貢いでるホステスさんの名はミルクちゃんというのか。貢ぐのもどうかと思うが、貢げないなりに別の女の人を欲しがるのも図々しい。
僕たちはとりあえず過去の作品を見せてもらうことにした。
アレクシスさんは本棚から一冊の本と数枚の紙きれを引っ張り出す。
「こちらが叙事詩売り上げチャートで8週連続1位、弾き語りランキングでも長年トップ10圏内を飾った僕のデビュー作にして代表作です」
本は『ヘスファハーン英雄叙事詩』と題されていた。
リタリ先輩がパラパラと内容を確認し、ユーリィ先輩が肩越しにそれをのぞき込む。
「古代魔法王国時代の英雄についての内容だな」
古代魔法王国。こちらの世界に転生してから何度か耳にした言葉だ。魔王と魔物がはびこるよりもずっと遠い昔の文明が栄えた時代と国のことを意味するらしい。
まだまだ分かっていないことも多く、新説が出てはイメージが大きく変わるらしい。ティラノサウルスみたいだ。
数々の空中神殿で天を制し、次は星々まで掌中にしようとしていたとされているが定かではない。
魔法王国は魔術の探求によって理をあきらかにし、科学を発展させたとも考えられているが、意外とそうでもないっぽい。
幾度も人間同士の争いが起きたらしいがけっこう仲良かったかもしれないし、魔術と科学の融合した戦争は大地の形を変え、大陸を移動させるほどであったような気もするが、実際はボードゲームで戦ったとも遊んだとも伝えられている。
それでも高度に魔術が発達した結果、特定の食事しかとらなくなったことは確からしい。イカ飯の食い過ぎでかなりの人が文化的で多様な食文化をうしなったそうだ。
「この紙は当時の出版社が読者の声を集めて作った販促用のPOPです」
アレクシスさんは紙の方を僕に手渡した。
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アレクシス・デパイ『ヘスファハーン英雄叙事詩』
『光の者、闇の者、そして左利きの者の時代が終焉を迎え、知的な生命たちの頂点の座をかけて神獣たちと争い、見事打ち破った英雄ヘスファハーン・ボドボドの活躍を世に知らしめる一作!! 英雄の戦いと決断に、童心に帰ってワクワクしました!(36歳・書店勤務)』
『研究者でもまだほとんど知らない古代魔法王国の秘密を元に叙事詩を作った見事さ! 現代の地図と照らし合わせて古代魔法王国時代の秘湯めぐりにも使えるのが嬉しいです!(27歳・冒険者ギルド勤務)
『神獣の谷で出会った少女がヘスファハーン・ボドボドに懸想し、女性魔術師と三角関係になる描写がロマンティックでした! 「愛してます」「好きです」などの想いを告げる言葉が「乾燥うんちで築城最高!」に変換される恋愛脳抹殺系魔法をかけるシーンが最高! 私も彼氏にかけて近寄ってくる女を追い払いたいです!(57歳・女戦士)』
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……どうやらあまりシリアスな内容ではないようだ。
というか「乾燥うんちで築城最高!」なんて言葉が出てくる三角関係はロマンティックなのか?
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