吟遊詩人を手伝え1
「これが新しい依頼。もう受けてきたから」
いつものようにクランハウス『アライ』のリビングに3人集まってお昼を食べ終わったころ、ユーリィ先輩が今朝がたクランからとってきた依頼書を取り出した。
依頼達成後の休日を経て、博物館ガイドの一件から2日。次の仕事にとりかかるべき頃合いだ。
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依頼 叙事詩作りを手伝ってほしい
依頼者 吟遊詩人 アレクシス・デパイ
僕は元々売れっ子の吟遊詩人だったのですが、ここのところずっと新作がヒットせずに悩んでいます。
はっきり言ってスランプです。しかも最近は新人の吟遊詩人がチャートインするようになり世代交代の気配も……。
このままではいずれ家賃の支払いはおろか、酒場でお気に入りのホステスに貢ぐこともできません。
つきましては、僕の作品に何か新しい風を吹き込んでくれる方、もしくはヒモにしてくれる女性をお願いします。
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「クズ男ではないかっ!」
依頼書を読み終えたリタリ先輩がテーブルをバンと叩いた。
紅茶の注がれたカップがガチャっと音を立てる。
たしかに、依頼文の前半は創作活動の行き詰まりに悩む詩人といった感じだが、後半は女性にだらしないダメ男といった印象だ。
「クズ男はいかんのか」
あいかわらずの無表情で問うユーリィ先輩。
ちびっこであるユーリィ先輩の人生とクズ男がどれだけ接点あるのか謎だが、先輩はクズ男をそれほどまずいと思ってなさそうだ。
「ダメだろう、クズは。ユーリィはわからないかもしれないが、クズは本当にクズいぞ。具体的にいうとこの国の王はクズだ」
王様の悪口を言い出したが大丈夫だろうか……。
魔王を倒した勇者パーティーの一員であったリタリ先輩なら当然王様と面識があるんだろうけど。
「あの国王、異世界から転生してきた勇者とそのパーティーの旅立ちにもかかわらず、軍資金を400スリンしか与えなかったのだ」
『スリン』というのはこの世界の通貨だ。貨幣の価値はRPGと感覚的に似たようなもので、400スリンはぜんぜん高額じゃない。
「これから命がけで魔王を倒しに行く若者に一国の王が400スリンだぞ。たった400スリンで宿代や各種薬草代、武器防具を揃えて旅支度を調えるんだぞ。おかげで初期装備は棒だった」
たしかに古いRPGだと木製の棒が武器屋に売っているけど、まさか本物の異世界でも棒をもって旅に出るとは。
「しかたないからまずは棒でスライムを叩いてレベルを上げたが、あの時は悲しかったぞ。城に戻って火の精サラマンダーを城内で大暴れさせてやろうと何度も思った」
よかった、精霊の使役を思いとどまってくれて……。もし王様を焼いていたら死刑は免れなかったんじゃないだろうか。
「たしか、上司への罵声を叫びながらスライムを棒で殴る大人たちが急増した時期があって社会現象になったことがあったけど。ストレス発散だって言って」
「同時期だったぞ、私たちがスライムを棒で倒していたのは。よく泣き叫びながらスライムを殴ってるおっさんと一緒になったもんだ」
当時のリタリ先輩は14歳の少女。多感な思春期だ。大人が仕事のストレスをスライムへの暴力で発散しているところを見たときの心中を察すると胸が痛くなる。
「ともかく私の経験から言ってもクズ男はダメだということだ」
力強い口調でクズ男批判を繰り広げるリタリ先輩。ともかくクズは嫌らしい。
「いいか、ヒロキもクズ男にはなるなよ。勇者が旅立つときには最低でも億単位のお金を渡すのだぞ」
「僕に億単位のお金を用意するのは無理ですよ」
それに魔王が倒された今、勇者は旅立たない。
「クズはさておき、もう受けちゃったわ。だから今回はこれでいきましょう」
ユーリィ先輩が話を軌道修正する。クズ男の話にはあまり興味ないのだろうか。なくてもいい話題だけど。
「うぅっ……受けた以上はもちろんやるが……」
前回もそうだったけど、受けてしまった案件は必ずやるリタリ先輩なのだ。
しかし、魔術師とちびっこのダークエルフと元高校生の地球人に叙事詩作りの手伝いなんてできるだろうか。
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