王立博物館ガイド7
お次の蝋人形は、まさに望んだものだった。
勇者が聖剣を振り下ろし、魔王がどこからか取り出した片手剣でそれを防いでいた。ほんとうに左利きだ!
刀身ごしににらみ合う両者。
「次行きましょ、次!」
僕はもうこの後の展開が待ちきれなかった。
目の前に現れた次の蝋人形は、最高にヒロイックだった。
勇者シゲル・イシダの持つ剣の形が変化していた。
より複雑な形状となり、巨大化していたのだ。
それを魔術師のリタリ先輩、聖職者のルーナ、竜騎士のローランドがいっしょになり4人がかりで構えて、魔王と対峙していた。
そして傍らには全身が金色に輝く男が立っていた。誰だあれは!?
「私たちは最後の一撃にかけることにした。全員の残されたすべての力を聖剣にのせて放つのだ。魔王もだいぶダメージを受けている。この一撃が決まってやつが倒れれば私たちの勝ち、倒せなければ私たちの命はない。平和を願うパーティーの純粋な気持ちがひとつになったとき――変化が起きた」
リタリ先輩の口調も熱を帯びていた。じゃっかん汗ばんでいるようだ。
僕も心臓の鼓動が早くなっている。
「聖剣は光り輝き形を変えた。これまでの旅路では一度も見たことのない姿だった。そして天から降りてくる光芒。その光芒が人の形をとった。私たちはすぐに理解した。天上の世に存在した勇者の遥か祖先、光の者だと」
あれが光の者なのか。
美術の教科書に登場する西洋の彫刻のように美しい体をしている。
ラストバトルのゲストにふさわしい高貴なたたずまいだ。
ただ残念なのは光の者が全裸だったことだ。
天上の世に暮らしていた存在だから、その肉体美をさらすことに躊躇がないのかもしれないけど、せめて前だけは隠してほしい。
「次だ。次が最後、一騎討ちを制するシーンだ」
次の蝋人形は、伝説のいちシーンとでも表現すべきだろうか。
聖剣の一撃が魔王を切り裂いていた。受けようとした魔王の剣は真ん中で砕け散っている。
この世界を脅かしていた魔王が滅んだ瞬間だった。
「この時のことは言葉にできないよ。4人ともすべての力を出し尽くして、もう誰も立ち上がることができなかった。そのまま自分たちも死んでしまうのではないかと思った」
さっきまで興奮していたリタリ先輩の表情が穏やかなものになっている。
魔王を打倒したときを振り返り、安堵の気持ちがこみ上げてきたのだろうか。
展示はここで終わっていた。だけれど僕はこの後のことが気になった。
「動けなくなったみなさんはどうしたんですか?」
「それはこの子のおかげですな」
リタリ先輩の代わりに答えたのは館長だった。
その腕にはドラゴンのぬいぐるみが抱かれていた。
「そうだ。魔王の攻撃を受けたドラゴンはまだ息があった。ドラゴンが私たちを運んでくれたのだ」
「ちなみにこのドラゴンのぬいぐるみはグッズコーナーで販売中でしてな。どうですかな、帰りにおひとつ購入されては」
僕もリタリ先輩も館長の宣伝を無視した。
順路に従って隣室に移動する。
ユーリィ先輩の参加型アトラクションが控えているそうだ。
それにしてもなぜか鼓動が落ち着きを取り戻してくれない。
頭もクラクラして、なんだか意識がぐにゃぐにゃだ。
「参加型アトラクションは着ぐるみの魔王と実際にバトルを体験してもらえるよう用意しましたが……はて? 着ぐるみ担当のダークエルフちゃんはいずこに?」
館長が首をふってあたりを捜索している。
「ここですじゃ、館長」
声のしたほうに視線を送ると、おおきなソファーに腰かけた老婆の姿があった。
その膝に魔王をちょっぴりファンシーにアレンジした小柄な着ぐるみが膝枕されている。
「ああ、君は物販担当の老婆。これはどういうことかな?」
館長が膝枕中の着ぐるみについて老婆に問う。
「この子は館長だちがやってくるまでずいぶんと退屈しておりましてな。話し相手になっておりました。そうしたらだんだんと眠くなってきてしまったようでな、この様子ですわ」
寝ちゃったのか……。ちびっこだから眠くなるのも納得だ。
よく見ると飲みかけのお茶と開封されたお菓子の包みがかたわらにいくつも置いてある。
「それにしても……なんて可愛い着ぐるみ居眠り姿なんだ……」
あれ、僕、いまなにか口走らなかったか?
「……お婆さんもだ。……ハァハァ……おそろしく魅力的なお婆さんだと思う。ときめきが止まらない」
まただ……おかしい。何か僕自身の様子が変だ……。
クラクラで意識がぐにゃぐにゃして……それなのに鼓動が早くて……。
「どうしたんだ、ヒロキ? その、趣味に口出す気はないが……様子がおかしいぞ?」
リタリ先輩の心配そうな声……。すぐ近くにいるはずなのに、どこか遠くから聞こえているような感覚。
なんだか世界がぐるぐると回っている。足で直立しているのも難しくなってきた……。
「おいっ、倒れそうだぞっ!」
両二の腕をガシッと掴まれた。
ぐるっと体を回転させられ、僕を掴んだ腕の主と無理やり向き合わされる。
ぐにゃぐにゃの僕はされるがままだ。
対面したお顔は……信じられないレベルの美貌だ!
「リタリ先輩……なんて可愛いんだ……好きですっ!」
「なっ!?」
僕は……なんだ? また何か口走ったぞ……?
でもこの短時間でユーリィ先輩の着ぐるみ、お婆さん、続いてリタリ先輩に惚れてしまっている自分がいる気がする……。
もう魅力的に見えてしょうがないのだ……。あと、くらくらする……。
胸の中にあふれてしょうがないこの気持ちを言葉にするのが自分で止められない……。
「先輩!! 初めて会ったときから惚れてました! 世界中さがしても先輩ほど奇麗な人は……着ぐるみとお婆さんくらいしかいない……! 僕のものになってください!」
「な、なななななな、なにを言ってるんだ、君は! 正気に戻るんだ!」
先輩照れてる! 可愛い! 抱きしめたい!
先輩のむこうに見える着ぐるみ、お婆さん、ソファー、すべてが可愛い! 美しい! 抱きしめてすりすりしたい……!
「どうやら惚れ薬が効いたようですな」
館長の声……。
ぐにゃぐにゃの体を、僕は無理やり館長にむかって方向転換する。
ああ……なんて可愛い……なんて魅力的なんだ、館長!
「惚れ薬とはなんだ!」
リタリ先輩が館長の襟首をつかんで揺さぶっている。
なんて魅力的なんだ、二人とも……。
「さきほどのジュースに混ぜておきましてな。諸侯のご子息たちのハートをゲットするためのドーピングですわ」
『ほんとうに惚れ薬盛ってたのかよ! リタリ先輩が事前に言ってた通りになっちゃってるじゃないか!』……ってツッコミたいけれど、ぐにゃぐにゃでふらふらするし……惚れ薬盛っちゃってる館長が可愛い……好きだ……。
「馬鹿か! 変な副作用はないだろうな!」
怒った表情のリタリ先輩も怒られて嬉しそうな館長も両方とも……両方とも魅力的だ……結婚したい!
「それはだいじょうぶです。部下の女性たちを抱くのに幾度も使ってきた惚れ薬ですので、安全は保障できます……ただちょっと濃いめに入れてしまったので、ふらふらのぐにゃぐにゃになりかねませんが」
部下の女性に何度も惚れ薬を仕込んできたなんてひどい……けど、そんなところも魅力的だ。
館長の愛らしくも性的興奮を誘う禿げ頭にチョップを繰り返すリタリ先輩も、いますぐ抱きしめたい!
チョップの軌道、禿げ頭、怒りに満ちた先輩の瞳、叩かれるたびに揺れる館長の腹……好き、大好き!
僕はがまんできず、二人を押し倒そうと近づくも……。
ドテン。
あれ……おかしい。二人の声が遠い……。
目の前も暗い……。
頬が硬い何かに触れている。ヒンヤリした何か……。
ああ……硬いの好き! ヒンヤリ感、初めてヒンヤリした瞬間から君に恋している!
僕の意識は、硬いヒンヤリに心奪われたところで途絶えたのだった。
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依頼 博物館にくる貴族の子供たち相手に1日ガイドをしてほしい
依頼者 王立博物館館長 メイソン・ラッシュフォード
状態 達成
満足度 80%
先日はどうも、予行演習に本番に誠にありがとうございます。
なかなか波乱の予行演習となりましたが、打って変わって本番は滞りなく進行し、しかも2日間にわたり終始おっぱいをガン見できたからオールOKです。
ご子息たちに取り入ることは成功しませんでしたが、今後は展示物を闇取引で横流しすることで、私個人の富を蓄えていこうと考えております。
なにはともあれお疲れ様でした。達成報酬はクランを通じて満額お支払いさせていただきます。
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