第7話

7.

☆月□日

革命政権の樹立が宣言された。この国は終わりだ。悪い噂ばかり聞こえてくる。革命政権は前体制に与した人間を片端から殺していると。アリアはどうなる。俺は。


何も情報が入ってこない。情報がないことがこんなにも恐ろしいなんて知らなかった。



!月・日

よくない噂ばかり聞こえてくる。町が一つ、革命派の虐殺で消えたとのうわさも耳にする。アリアを連れて逃げるべきか。いや、ここは俺の祖国だ。俺たちの祖国だ。



!月?日

革命派の粛清が進んでいるらしい。革命派に有害とみなされた人間は片端からとらえられているようだ。村の顔役も連れていかれた。次は俺たちかもしれない。それがたまらなく恐ろしい。



!月〇日

ついに俺のところに革命政権から出頭命令書が届いた。貴官には反革命容疑がかかっている。取り調べのため出頭されたしと。



いやだ。



反革命容疑で引っ張られた人間は誰も帰ってこないとのうわさを聞く。これに従ったら死ぬ。殺される。残虐に拷問されて、見るも無残な姿になって。


どんな戦場でも死ぬのが怖いなんて思ったことがなかった。でも今はとても怖い。歯がカチカチと音を立てている。手がぶるぶると振るえる。まだアリアと十分に話せていない。


アリアとともにこれから学ぶ予定だったことがたくさんある。文化、芸術、人の営み。


俺にはまだまだやりたいことがある。俺はまだ死にたくない。


でもこれは国からの命令だ。俺はずっと国の命に従って生きてきた。国のために戦ってきた。今更国の命に逆らうのか。国を裏切るのか。


だが国とはなんだ。今の国が俺の従ってきた国なのか。国に殉ずるとはなんだ。わからない。何もわからない。



!月□日

俺はどうしたらいい。国に逆らってでも生きるのか。アリアとともに生きるのか。俺はどうしたいのか。どうすべきなのか。俺の今までの人生を裏切るのか。まだ見ぬ未来を掴むのか。わからない。わからない。



!月◎日

アリアと話した。最近様子が変だよと言われ。そこからはせきを切ったようにいろいろなことを話した。革命がおこったこと。出頭命令が届いたこと。従えば死ぬこと。アリアとともに生きたいこと。でも国は裏切れないこと。


アリアはいい聞き手だった。俺の話にうなづき、涙し。そして言った。

「父さん、私は大丈夫。私は私の信念に殉ずるよ。何があっても父さんを守って見せる。誰を敵に回しても。だから私と一緒に生きよう?」と。


信念に殉ずる、か。かつて俺が彼女にいった言葉だ。

人は信念を得て人間になる。アリアは人間になったのだなと思った。



!月△日

俺は今、人間だろうか。獣に堕ちてはいないか。



!月!日

俺は人間でありたい。俺は決心した。

アリアには買い出しに行くと伝えた。

アリア、すまない。俺の最期の嘘を許してくれ。



8

一人の老人が、銃殺台から引きずられていく。がっしりとした腕は力なく垂れさがり、その顔には、無数の青あざ。兵士たちの乱暴な手つきによって、ごつごつとその体を地面とはねさせながら火葬用に掘られた穴へと運ばれていく。


せーのっ!という掛け声とともに穴にほうり込まれる老人の体。ぐにゃりとほかの犠牲者たちの上に積み重なる。そのはずみに胸元から一冊の手記が零れ落ちる。本革製の背表紙をした、豪奢な日記帳だ。

「なんだこれ?」と一人の兵士がつぶやきながらそれを拾い上げる。パラパラと中身をめくる。たが、つまらなそうにフンと、息を吐くと乱暴に穴に投げ捨てる。 


まかれる灯油。火が放たれる。ぼうぼうと燃える炎にあおられて、ページがパラパラとめくれる。一番最後のページに書かれていたのは―。


9.

山奥のロッジの煙突からいい香りのする煙が立ち上る。煙突のたもとでは、アリアが汗もかかずにぐつぐつと煮えるシチューをかき混ぜている。野菜や肉がきれいにカットされており、とてもおいしそうだ。


アリアは心配していた。父さんの様子が最近変だ。だから父さんを元気づけるために父さんの好物のシチューを作ることにしたのだ。


浮いてもいない額の汗をぬぐうそぶりをしながら、ふと時計を見る。

買い出しに行った父さん。予定通りなら、そろそろ帰ってきてもいい時間のはずだ。なのに一向に帰ってこない。



「遅いな、父さん。シチューが冷めちゃうよ」



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老大尉とアンドロイドの歩く日々 間川 レイ @tsuyomasu0418

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