第3話 貴女に触れたい。私は幽霊。
「……勝手に成仏してくれよ」
繁華街の雑踏から外れ、疎らな街灯の元を少年は歩く。
「だから、出来ないんだって。そろそろイブキ君の家着く?」
どこまでもマイペースに3歩分後ろから声が掛かる。
「あそこの家」
白がくすんだ外壁のマンションを指す。
相変わらず7時を過ぎても、自宅は両隣の部屋のように温かい蜂蜜色の光は漏れていない。
「あらぁー、ご両親にご挨拶できないのねー」
「母さんは姉ちゃん連れて2年前出てったし、父さんはまだ帰ってこない」
「あら残念。無断で居候はよくないのに」
「居候って言ったってお前幽霊じゃん」
彼女は真ん丸な形の良い瞳を見開いた。
「忘れてた……みんな見えないんだった……」
「みんな?」
「霊感ある人じゃない? 私を瞳に映してくれる人」
ゾワリと背筋に鳥肌が立つ。
おかしい。そんなはずは無い。これまでこんなことは…… 今まで俺は──
「霊感なんて持ってない」
「え?」
17年間の長くは無い人生。幽霊なんて見たことがあるどころか気配すら感じたことないのだ。
「私以外に足先透けてる人見たことないの?」
「ない」
ハッキリとした俺の回答にユメは眉を下げてくしゃっと笑った。
「イブキ君のリミッター、私が壊しちゃったみたいだ」
ごめんね、と呟いた言葉は悲しさの色が含まれていた。
俺は彼女に何も返すことが出来なかった。
無言でコンクリの階段を横目に薄暗いエレベーターのボタンを押す。
「ねぇ、イブキくん。家族ってなんだろうね」
黄ばんだプラスチックに灯る明かりを彼女は見ていた。
ギシギシと古めかしい音がする小さな箱が開く。
目を閉じると胸がチクリと鈍く痛んだ。
「──幸せだった思い出……かな。ドラマみたいな家庭だったなんてもう思い出せないから」
ごめん、と謝れば彼女は悲しそうに笑った。
「私こそ変なこと聞いてごめんね! ユメ、ママのこともパパのことも、どんな家に住んでたのかも思い出せなくなってるんだって考えたらさ」
わかんなくなっちゃったんだ、って目尻から雫をこぼしていた。
彼女の過去は何も知らない。彼女自身も何も分かっていない。
触れられる距離にあるのに。手を伸ばせば彼女の涙を拭ってやれるのに。
点滅を繰り返す蛍光灯は薄暗く俺だけを照らしていた。
緩やかにエレベーターの扉が開く。
1人分の足音だけが響いて、端から4つめの鍵を開ける。
「俺はさ、あなたに家族の在り方は残念ながら伝えられない」
それでもさ、
ゆらゆらと栗色の髪を揺らす彼女を見上げる。
あのまま身を投げていたら出会えなかったひと。
俺が生きてる限り触れられないひと。
それでも。
「どうぞ。上がってってよ。俺のトモダチなんだろ」
ごめん。まだ成仏できてないみたい。 佐藤令都 @soosoo
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