おまけ・閉店後の喫茶店にて

「“異座穂いざほ”、お疲れ様」


 喫茶店のカウンターでキーボードを打つ手を止め、大きく背筋を伸ばしていると、二足歩行の白ウサギがコーヒーガムを差し出してきた。

 私はそのコーヒーガムを受け取ると、包み紙をのけて口に放り込む。

 唾液の出てこない口の中で、ひたすらガムを噛む。


「ずいぶん書いたんだねえ。でも、だいたいは常識のことばっかりだけど」


 白ウサギの“マヴ”は私のノートパソコンをのぞいて、ハナをピクピクと動かしている。彼のお気に入りのタキシードは、相変わらずちょっとキツそうだ。

 そう、1日かけて書き上げたこの文章は、この時代の常識を調べたものを殴り書いたものだった。これでも、世の中をあまり理解していなかった私にとっては、貴重な資料ではあるが。


「明日だっけ? ブログを始めるの」


 正確には、明日からブログの取材を始めるのだ。そう言いたくても、私には声帯というものがないのでうなずくしかない。

 ブログを書き始めた理由は非常に単純。世の中を理解するためだ。理解するにはさまざまな人と関わりをもつのが一番だと、用事で今日1日中帰ってこない店長が言っていた。


「ボク、すごくわくわくしているんだよねえ......だって......」


 そういいながらマヴは私の肩に乗りかかって、耳元でささやいた。


「異座穂と一緒にお仕事ができるんだもん。ボク、ずっと異座穂が独り立ちするのが怖かったけど、ブロガーなら一緒にいられるよね」


 私はマヴのおでこを撫でた。

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