死んだ人の家にあるものを持ち帰るのは良くないという話

小紫-こむらさきー

死んだ人の家にあるものを持ち帰るのは良くないという話

 裕治くんは、かっこいい人だった。

 ふわふわの黒いライオンみたいな髪の毛と、二重で大きなつり目。

 背も高くてモデルさんみたいに背が高い。

 それに、家がお金持ちだった。

 でも、良いことばかりじゃない。お父さんはお金をもっているけれど、なんだか怪しい仕事をしているらしいし、お母さんとは離婚しているし、裕治くんはお兄ちゃんたちと血が繋がっていない。

 異母兄弟ってやつで、お兄ちゃんたちとほとんどあったことがない。

 裕治くんは、そんな家庭環境だったからか、難しい人だった。

 さみしがり屋だし、甘え上手で、よく私と身体を重ねたえっちをした後は幼児みたいに甘えた口調になる。

 お店に来てくれたときに一目惚れした私は、彼とすぐに本番をしてしまった。

 そのまま連絡先を渡して、私から誘って店外をした。


 裕治くんは、家にいたくなかったみたい。すぐに私の家に転がり込んできた。

 彼のものが増えていく。彼が友達を呼ぶようになった。

 ドタドタうるさくして、近所の人が来ると彼氏は私を裸にして外へ出した。

 大体の人は私を気の毒に思って引き下がってくれる。

 それでもダメなときは「部屋の持ち主に俺が躾をしておきます」と彼が言って、私の頭を思い切り殴る。

 それから、誰かが吸ってるタバコを身体に押しつけられた。

 痛くて叫んでしまうとお腹を蹴られる。

 裕治くんは頭が良かったから、彼の言ったとおり私が少しだけ彼のために我慢をすれば、どんなにうるさくても誰も文句を言ってこなくなった。

 身体にやけどができてしまったのでお客さんが減ってしばらくは裕治くんが不機嫌だった。でも、お金を渡すと彼がニコニコするので私は彼にお給料を全部渡すようになった。

 

 そんなある日、彼がひときわ上機嫌になって帰ってきた。彼は久しぶりにお父さんと会ってきたらしい。


「臨時収入があったから免許取りに行くわ」


 見たこともない額のお金がテーブルの上に雑に置かれた。

 合宿で車の免許を取るらしい。私は一緒にいけないけど、裕治くんのためにいっぱい仕事を頑張るように言われた。 

 たまになら遊びに来てもいいと言ってくれたので私はうれしくてその日はたくさん殴られながらたくさん彼に中出しをしてもらった。

 

「ゆいさん、裕治がどこか知ってる?」


 裕治の友達の泰喜くんが尋ねてきた。彼は裕治と長い友達で、拘置所とかにも一緒に入ったり、昔色々一緒に遊んで、少年院にいったこともあるらしい。

 やさしそうな彼は、私に仕事を紹介してくれるので好きだった。


「合宿に行ったって聞いてない?」

 

 私がそういうと、泰喜くんはスポーツ刈りくらい短い頭を掻いて「クソ」と部屋のドアを蹴飛ばす。

 裕治くんのお父さんから留守電が入っていたらしい。


「あいつ、親父さんの財布から有り金全部持って行っちまったんだよ。親父さん、もうボケててキャッシュカードも使えねえってのに……三万だけ貸したからあいつに返してもらおうと思ったのに」


「確か、裕治のお父さんって希美花きみかさんと住んでるんじゃないの?」


「連絡が繋がらねえ。多分んだ」


 泰喜くんは時々わからない言葉で話す。

 トんだというのは、多分居なくなったと言うことなんだと思う。

 私のスマホを取って、泰喜くんは裕治に電話をかけた。

 なにか言い合っていたみたいだけど、内容はよくわからなかった。


「ゆいさんから金貰ってってさ」


「わかった」


 お金を渡すと、泰喜くんはそのまま帰っていった。

 仕事を回してくれると思ったのにな。まあいっか。裕治くんがいないとお金を使わないから今20万円は手元にある。

 希美花きみかさんは、40歳くらいのおばさんだ。あんまり見たことがないけど派手な髪色をして、若い(っていっても私よりも年上のおじさん)とやたらベタベタして、茶色い毛をしたトイプードルを抱っこしていたことくらいしか覚えていない。

 一応、裕治くんのお父さんの介護をしてるって聞いていたけど、バカな私でもわかる。アレは多分お金目当ての愛人ってやつだ。

 裕治くんのお父さんも希美花さんが浮気をしていたのを知っていたのか、持病が悪化したのかお友達から独自に分けて貰った薬をよく飲んで曖昧な感じになっていることが多かった。でも、こういうことに口を出すとよくないので私は黙っている。


 裕治くんが合宿から帰ってきた。泰喜くんと一緒に車に乗ってきた彼に「ドライブへ行こう」と言ってもらえた。

 助手席には泰喜くん、運転席には裕治くん、私は後部座席うしろのせきにいる。

 信号待ちの時に、彼が「お小遣いは?」と言ってきたので持っているお金を全部渡して上げると「えらいぞ」と言ってキスをしてくれるのがうれしい。


 ドライブの行き先は裕治くんのお父さんの家だった。

 あれから話がなかったので忘れていたけど、まだお父さんは見つからないらしい。


 お父さんが最近中古で買った一軒家おうちの前に車を停めて、人の気配がしない家へと懐中電灯を照らしながら近付く。


「なんだこれ」


 泰喜くんが顔をしかめて玄関を照らす。

 見て見ると、玄関の扉が硬いものでたくさん叩かれたみたいにボコボコになってる。


「父さんがしたらしいよ」


「お前自分の父親が行方不明なのによく平気だな。財布の金を全部パクったお前が殺したようなもんだろ」


「そう?まあとりあえず家に入ろうよ」


 裕治くんはいつでも冷静でかっこいい。

 舌打ちをした泰喜くんが歪んだドアノブに合鍵を差し込む。

 鍵はすぐに開いたけど、扉もフレームも歪んでいるからか、なかなか開かない。

 

 いらついた裕治くんが思いっきり扉を蹴るとバキンと大きな音がしてやっと扉が開いた。


 家の中に入るとすごく臭かった。土間を上がってすぐのダイニングにハエが群がっている場所がある。


「豚、見て来いよ」


 裕治くんに背中を蹴られてつんのめった私は、視線をあげる。

 泰喜くんが照らしているそれが目に入った。


「ぅええ…」


「きたねえな」


 湧き上がってくる胃液を我慢できなくて私はその場に胃の中にあったものを全部吐き散らした。

 希美花さんが飼っていたトイプードルの死体が目の前にあったから気持ち悪くなっちゃった。光を当てられてうぞうぞと白い何かが蠢いて、ぶぅぅんと羽音を立てて群がっていたハエがこっちにむかってくる。

 なにかにかまれたみたいな傷口が目に焼き付いて、私は泰喜くんに支えて貰いながらその場を離れた。

 二回へ行く。

 カリカリカリと音がする扉を開くと、そこは寝室だった。

 獣臭くて思わず鼻を摘まむ。


 猫が飛び出してきたので、裕治くんがそれを器用に捕まえて私に渡した。

 猫はゴロゴロと喉を鳴らしている。

 かわいい。でもちょっと臭い。この猫は裕治くんのお気に入りみたいなので、臭いとはいわないでがんばって抱き続ける。

 裕治くんは、泰喜くんと部屋にあったマットレスをベランダから車を停めてある庭に落としていた。


 大きなテレビ、アイロン、といっていた紙の束を二人はどんどん運び出していく。


「欲しいものがあるなら持って行くけど」


 裕治くんがそう言ってくれたので私はヘアアイロンとドライヤーを貰うことにした。


「高く売れたりするかなこれ」


 泰喜くんが、どこからか持ってきたのはジップロックにパンパンに詰められた錠剤だった。

 デパス……ロヒプノール……ベンザリン、ハルシオンと私もお店の子によくわけてもらうお薬だ。これも余ったら貰えたら良いな。


「猫は逃がしてあげようか」


 おいでと言いながら、裕治くんは猫を抱き上げると、そのままトランクの中へ放り込んだ。

 それから、マットレスやソファーを積んだ車で走り出す。私の座る場所がなくてがんばって身体を折りたたんで乗ることにしたので身体が痛い。

 そして、マットレスからもソファーからもすごく臭い。動物園とか洗ってない犬みたいな匂いがする。

 しばらく走ったところで、耐えられなくなった泰喜くんが「マットレスとソファーは捨てようぜ」と言ってくれた。


 仕方ないなと言った裕治くんは、近くにある公園まで車を走らせた。

 人の居ない公園は静かで真っ暗闇だ。

 この先に人造湖があるらしい。


――不法投棄は犯罪です――


 そんなことが書いてあるけど、泰喜くんも裕治くんもお構いなしだ。トランクに入れていた猫を逃がしてから、マットレスとソファーを担ぎ出す。

 殴られたくないので、私は不法投棄は犯罪の文字をみないようにして、二人の後を追いかけた。

 思い切り湖に向かって大きなものを投げ入れるのは楽しかった。

 猫の姿も見えなくなっていた。


 あれから私の家には大きなテレビがある。

 中古でも20万円もした超いいテレビらしい。


 なんとなく、テレビを消しているときに視線を感じる気がした。

 パッと振り返ってみると、誰もいないのに誰かが映った気がした。でも、私の気のせいかもしれない。

 裕治くんにそれを話すと、ジップロックの中にあった薬を1シートくらい飲まされて「薬の飲み過ぎで幻覚を見てるんだよ」と教えて貰った。でも、薬を飲んでも人影は見えない。

 口答えをすると中出しをして貰えないし、浮気をされてしまう。だから私は「そうだね」って答える。


 裕治くんのお父さんはまだ見つからないままだった。

 もう、そんなことも忘れかけていた頃、裕治くんがすごく怒っていた。

 肩に歯形があって痛いらしい。


「豚!てめえ!調子に乗って痕なんか付けやがって」


「ちがうよちがうよごめんなさい」


「嘘つきの豚を飼った覚えはない」


 鼻を殴られて、息が出来なくなる。

 困ったな。これでしばらくお仕事にはいけない。

 泣いていたらお腹を蹴られて、ごめんなさいと謝っていたら、チャイムがなった。


 警察が来たら誤解されるから下がってろって言われたので部屋の奥に座って頭から毛布を被った。

 家を訪ねてきたのは泰喜くんと希美花さんだった。


「連れてきたら玄関で用事を済ますって約束したじゃないっすか!希美花さん!」


「てめえふざけてんのかコラ俺の家だぞ殺すぞ」


 なにか叫んだ希美花さんが、泰喜くんと裕治くんの静止を振り切って部屋へ上がり込んでくる。

 ヒステリックになにか叫んで、手にしていた鞄で裕治くんや泰喜くんを殴っていた希美花さんが、部屋にあるテレビを見て悲鳴を上げた。


「なんでここにあのテレビがあるのよ!すぐ捨てなさいよ!なんなのよ!喰い殺されちゃうの!チョコちゃんだって死んだのよ!このテレビは呪われてるのに」


 希美花さんからは動物園みたいな臭いがした。

 手にしていた瓶をテレビに思い切り振りかぶって投げる。瓶は鈍い音を立ててテレビの液晶に当たったけど、良いテレビだからか、液晶は傷一つつかない。


「みんな死ぬぞ!身体中を化けものに喰われて死ぬ!」


 捨て台詞を吐きながら希美花さんは部屋から出て行った。


 翌日の昼、警察が来た。

 希美花さんが死んだらしい。

 裕治くんのお父さんの家があった近くには人造湖がある。その湖にかかる橋に車ごと突っ込んで落ちて死んだらしい。

 ちょうど私の家で怒鳴っていたのを近所の人が目撃していたみたいで、一応警察の人が聞き込みに来たみたい。


「一応ね、亡くなった方の身体に外傷があると、聞き込みだけしなきゃいけないんだよね。無数の歯形と首を絞めた痕なんだけどさ」


 警察の人はやる気がなさそうにそう言った。

 私は、希美花さんが死んだことよりも不法投棄がバレないかハラハラする。


「ちょっと言いにくいんですけど、あの人、そういう趣味があったって聞くんですよね」


「ああ。まぁそういうこともあるか。それに人造湖周りの仏さんは傷とか結構あっても原因がわからなかったりするからさー。まあいいや、協力ありがとうね」


 警察の人がホッとしたような顔で帰ると、裕治くんも私もホッと胸をなで下ろした。


 その日は機嫌が良かったのに、次の日の裕治くんは超不機嫌だった。

 寝ている間に首を絞められたって騒いでいる。痕がついてるじゃねーか!と怒鳴った彼は、また私の顔を殴った。


「噛んだ時にしっかり躾たよなこのカス豚が」


 彼がタバコに火を付けた。

 三角座りをして頭を腕で守る。

 熱いものが腕に当たって痛いのでタオルを噛んで叫ばないように気をつける。


「まだ嘘つきの豚でいるつもりか?」


 顔にタバコを向けられたのでやってもいないのに私はやったといって謝った。

彼氏は納得して満足そうな顔をしていた。


「わかればいい。次は殺すぞ」


 もう全部嫌だ。

 だから、ジップロックに入っている薬を飲めるだけ飲んだ。楽しくなって彼氏にまとわりついて彼がシャンパンの瓶で私の足を殴る。

 殴られても痛くない。痛くない。ねえどうして殴るの。今日は薬を飲んだのにテレビから人影が覗いているのがわかる。

 画面いっぱいに映る黒い影が手を伸ばしてくる。裕治くんが叫んで私を押しのけて、瓶でテレビを殴っているのを床に寝そべりながら見ていた。


※※※


 私は気が付くと真っ暗闇にいた。

 暴れようとしても、身体が動かない。

 手足が縛られてることに気が付いてパニックになる。口もテープが貼られてるみたい。

 怖くて、息がうまく出来なくてとにかくめちゃくちゃに動いた。

 でも誰も来ない。

 段々と疲れてきて、私は暴れて寝るを何度も繰り返す。


 疲れてぐったりしてからどれくらいたったのかわからない。突然目の前が真っ白になって目が痛くなった。

 うめいていると、知らない男の人が声をかけてきた。

 口からテープを剥がされてヒリヒリする。トランクの中に粗相をたくさんしていたことに今更気が付いて臭いと汚れに恥ずかしくなる。


「大丈夫かい?名前は言えるかな?」


 助け出されて毛布で身体を包まれた。

 ポカリみたいな味のジュースをもらう。

 私はトランクの中へ入れられていたみたい。

 助手席には青いビニールが被されている。

 私はそのまま病院へ運ばれた。


 どうやら、裕治くんは死んだらしい。体中に人間の歯形がついていて、首を絞められた痕があるんだって言われて心当たりを尋ねられた。

 私は「そういう趣味の人なので」とだけ答える。


 私をトランクに詰め込んだ車は、人造湖の橋に入る前に道から逸れて崖になっているところを突き進んで、太い木に引っかかっていたんだという。

 警察の人はよかったねと言ってくれて私を家へ帰してくれた。


 テレビはまだ家にある。

 視線を感じて気持ち悪かったけど、でも殴ってくる彼氏はもういないのですっきりした。

 久しぶりにすっきりとした目覚めだった。


 仕事へ行くために服を着替える。

 ズキンとした痛みが走って鏡を見る。


 人の歯形が、私の肩にくっきりと浮かび上がっていた。

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