第5話
「……以上の観念の根本的な原理より、存在確率を全て足し合わせると1になる。すなわちこの世界には全ての存在が存在している。
ではどのようにしてそれを得るか。一重にそれは意志の力である。というのは……」
地理の問題を解いている時に、いつの間にか油の水蒸気爆発させる音が部屋に響いていて、かまどの方を見ると、ちーちゃんが鍋から菜ばしで天ぷらを軽快に取り出していた。
「……何作ってるの?」
「しろつめ草の花の天ぷら」
私も手伝おうかしら、などと思っていたが料理自体はそれほど得意ではないことを思い出してやめる。
確かにレシピ通りに作ることはできるがアレンジを加えると極端に不味くなるのでここへ来る前は逐一webサイトを見ながら作っていたのだった。
親からは「軍用食のような味」と評されている。軍用食がどういうものかは知らないが、語感的に何を言っているのか想像がつく。
「ここの白詰草はね、色々な食べ物の味がするんだよ」
そう言って、ちーちゃんは天ぷらを置いた皿を、木でできたテーブルの真ん中に出した。
ちーちゃんはいつものように、薄く切った硬いパンの上にそれを乗せて食べた。
私もそのようにした。
「本当だ。色々なものの味がする」
「そう。色々な味がする」
……まともなことを言えば、サクサクとしていて、塩加減も良い。花の部分には甘味がある。
そして後味が、野菜や、果物の味になるのだった。
「そういえば、ちーちゃんの好きなものって何?」
ちーちゃんが珍しく間食として作ってくれたそれらを味わい終わった私はお皿を洗っている時に尋ねた。
「桃……かな。あと、梅」
ちーちゃんは少し考えて、そう呟く。
「私はナスが食べたい」
なぜか唐突に、その言葉が口をついて出た。
さっき食べた天ぷらのいろいろな味の中にそれがあったからかもしれない。
「ナス?」
「えっと……紫色で、水が多くて、変な味のする……なんかでかい木になってるらしい野菜」
「変な味なのに食べたいの?」
「なんとなく」
「ふうん」
千秋は少し俯いて、考えていた。
手際がいいので、もう食器洗いは終わり、シンクに残った水滴を見つめている形となる。
「まあ、考えとく」
そう言ってまた、勉強机のある寝室の方へ歩いて行った。
私もまた、今日の授業で(結局は見掛け倒しだったが)戦った怪物のことがまだ怖かったので、ちーちゃんを追いかけるように台所を後にした。
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昨日トマトの話を聞いてからというもの、ちーちゃんは何かいそいそと支度を初めて、今日の昼休みどこかへ飛んでいってしまったかと思えば、授業開始間際に戻ってきた。
「どこ行ってたの?」
「トイレ」
とてもそうは見えなかったが私はまあトイレに行ったのだろうという顔をその時はしておいた。
何か様子が変だったのは昨日からだと考え至る。
関係ないかもしれないが、思えば昨日の夜は一緒に寝て抱きついても、首筋の匂いを嗅いでも文句を言わなかったし、やけに聞き分けが良かった。
ただ、何か思いつくわけでもない。
その日は先生から小テストの話を聞かされ、辟易した状態で部屋に帰る。
「テストが終わったらご褒美あげようかな」
「ご褒美?」
「まあ、些細なものだよ」
「何くれるの?」
「何だろうね。ただ、いい点取らなきゃ手に入らないよ。君も一緒に力をつけないと、やっぱり私一人じゃ無理みたいだから」
「どういうこと?」
「お楽しみ」
ちーちゃんは微笑んで言った。
魔法使いの卵 桃雪とう @MarianaOak
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