第3話

悠里ちゃん? どうかした?」

 お夕飯の時間なって食事をしている中、隣に座ってる美奈お姉ちゃんが心配そうに話しかけてきた。

「う、ううん。なんでもないよ」

 私はそういって、テーブルの上のお茶碗をとって元気に食べ始めた。

 御飯を食べて、お味噌汁を飲んで、鳥のから揚げを食べて、いつもみたいに私は振舞った。

 けど……

(はぁ……)

 心の中でため息をついて、正面にいる紗奈お姉ちゃんのことをちらりと見つめた。

 紗奈お姉ちゃんは私のことなんかどうでもいいみたいに御飯を食べてる。

(……チョコ、くれないのかなぁ……)

 そう思っちゃう。

 私からは御飯の前にあげた。

 お姉ちゃんはありがとうってもらってくれたけど、お姉ちゃんからはくれなかった。

 それからずっと紗奈お姉ちゃんと一緒にいたけど、お姉ちゃんは全然そんなつもりないみたいに見えて、今だって……

「あ、そうだ。美奈」

「ん? 何、姉さん」

「あんた、チョコくれるのはいいけど、せめてバレンタイン用の買うとか気を利かせられないわけ?」

「えーだって、そういうのって高いじゃん。姉さんが手作りしてくれるのは勝手だけど」

(っ!!?)

 カチャン!

「悠里ちゃん? はい、箸、落としたよ」

「う、うん、ありがとう」

 動揺の収まらない手で美奈お姉ちゃんから落とした箸を受け取った。

 ドクンドクンって、胸が大きくなってる。

(……美奈お姉ちゃんには、あげたんだ)

 私はもらってないのに……

 紗奈お姉ちゃん……私のこと、好きじゃないのかな……

(ううん!! そんなことないよね。お姉ちゃんは私のこといつも好きって言ってくれるもん。ちょっと忘れてるだけ、だよね)

 そう思うのに、御飯が喉を通らなくなる私だった。


 

 お夕飯を終えてからも私はずっと紗奈お姉ちゃんと一緒にいた。御飯の後に歯を磨くときも、リビングでテレビを見てるときも、それが終わってお姉ちゃんが部屋に戻ったときも。

「悠里? どうしたの? 私に何か用?」

 机で勉強していたお姉ちゃんがお姉ちゃんのベッドで枕を抱きながらお姉ちゃんを見つめていた私に声をかけてきた。

「う、ううん。何でも、ないよ」

「そう? でもさっきから私の後ついてきて何か用あるんじゃないの?」

「お、お姉ちゃんと一緒にいたいだけだもん」

 うぅぅ、恥ずかしいこと言っちゃった……またお姉ちゃんにからかわれちゃう。

「そ」

(あれ?)

 いつも、なら……可愛い~って抱きしめてくれたり頭撫でてくれたりするのに……

 お姉ちゃんはまた机に向って勉強を始めちゃった。

 お姉ちゃんが私の相手してくれないことは、ないわけじゃない。お姉ちゃんは私と違って勉強忙しかったりするもん。でも、そういう時でも今までは優しい言葉をくれたのに。

 今は、黙って背中を向けるだけ……

(……お、お姉ちゃん……私のこと、嫌いになっちゃったのかな……)

 やだよぉ、そんなの。私お姉ちゃんのこと大好きなのに。

「お、お姉ちゃん……」

「ん? 何、悠里」

「わ、私、お姉ちゃんのこと怒らせちゃった……? お姉ちゃん、私のこと嫌いになっちゃったの……?」

「ゆ、悠里?」

 私が泣いちゃいそうな声を出すとお姉ちゃんは机からベッドにやってきてくれた。

「怒らせちゃったなら謝るからぁ。悠里のこと嫌いにならないでぇ」

 あ、やだ涙でちゃったよぉ。だ、だってお姉ちゃんに嫌われるなんて絶対やだもん。

「っ~~。悠里…………………………………ごめんなさい!!」

「ふぇ?」

 ベッドに上がってきたお姉ちゃんはどうしてかそう言って深く頭をさげた。

 それから立ち上がって、もう一回机に戻ると引き出しから何かを取り出してきた。

「これ、悠里のチョコ」

「?」

 お姉ちゃんが差し出してきたのは十センチくらいの小さな箱、お姉ちゃんが言うにはチョコだと思うけど……?

「その、なんていうか……悠里の困った顔が見たかったっていうか……でも、悠里がそんなに悲しむとは思わなかったのよ。本当、ごめんなさい」

「じゃあ、お姉ちゃん。私のこと、嫌いになったんじゃないの?」

「そんなことないわ。私は悠里のこと世界で一番好きなんだから。……悠里こそ、こんないたずらして……私のこと、嫌いになっちゃったわよね……」

 不安そうなお姉ちゃん、後悔してそうなお姉ちゃん。

 悲しそうで、今にも泣いちゃいそう。

 ……とっても、可愛い。

「……ううん」

 そんなお姉ちゃんに私は首をふった。

「ちょっと怒ったけど、お姉ちゃんのこと嫌いになんかなったりしないよ。だって、ちゃんとくれたもん。すごく嬉しい」

「悠里……」

 お姉ちゃんはまだ申し訳なさそうにしてるけど、安心したように笑って

「みっ!?」

 私を抱きしめてきた。

 頭を優しく撫でてから、また小さくごめんって言って。それから耳元で、

「好きよ」

 って甘く囁いてくれた。

「えへへ。私もお姉ちゃんのこと大好き。ね、食べてもいい?」

「えぇ、もちろん。……あ、でも悠里さっき歯磨いたじゃない」

「歯はもう一回磨けばいいの。お姉ちゃんの、早く食べたいもん」

「っ……悠里!」

「うにゃぁ!」

 今度はもっと強く抱きしめられてちょっと苦しいけど、お姉ちゃんのふんわりした腕に包まれていると幸せな気分になる。

「ふふ、それじゃ、食べてもらうかな」

「? あれ? お姉ちゃん?」

 お姉ちゃんが私を離したかと思うと私がもっていたチョコを取って箱を開けた。

「わぁ……」

 そこに入ってたのは整然と並べられたチョコパウダーたっぷりのトリュフチョコ。

 お姉ちゃんはお菓子作りも上手だし、きっとおいしいに決まって

「はい。あーん」

「えぇ!?」

 お姉ちゃんはチョコを一つまみするとそれを私の口元に持ってきた。

「ほら、あーん」

「え、えと……あ、あーん」

 恥ずかしいけど、お姉ちゃんに食べさせてくれるんだもん。ちゃんとしなきゃ。

「ん……あむ……ちゅ」

 ほろ苦いチョコレートパウダーの下に、甘くてとろけるようなチョコ。舌の上でとろけてそれだけで天国のような気分。

「ん、とってもおいしいよ」

「そう、よかった。でも、まだ余ってるわよ?」

「?」

 お姉ちゃんはそのまま指を私の口元に持ってきた。

 確かにチョコはまだあるけど、お姉ちゃんの指にはもう……

「はい。舐めて、まだパウダーが残ってるから」

「えぇえ!!? そ、それはいいよぉ」

 そ、そんなこと恥ずかしいもん。

「………そう、よね。やっぱり悠里は私のこと嫌いになっちゃったんだよね。あんな意地悪した上にこんなことだもんね。ごめんね、悠里」

 って、き、きっとこれは演技、なんだよね? 昼間の美奈お姉ちゃんみたいに。

「もう私のチョコなんて食べたくないよね……」

 そうしてお姉ちゃんは私にくれたチョコを片付けはじめ

「ま、まって」

 それを私は呼び止めた。

「ちょ、頂戴。お姉ちゃんのチョコ」

 は、恥ずかしいよぉ。で、でもお姉ちゃんを悲しませるほうがもっと嫌だもん。

 それに、やられてばっかりじゃすまさないんだから。

「ふふ、はい。どうぞ」

「……………」

 もう一回目の前に差し出されるお姉ちゃんの指。

「あむ、ちゅ……」

私はそれをためらいなく口に含むと

「あ……」

 指の先についてるチョコを舐めとってすぐに口を離した。

「あー、もっと味わってくれてもいいのに」

 お姉ちゃんが残念そうに言っているうちに、

「はい、あーん」

 私はお姉ちゃんのチョコを一つつまんで、さっきお姉ちゃんがしてくれたようにお姉ちゃんの口の前に持っていった。

 今度は私がしてあげるんだから。

 チョコだけじゃ許さないんだから。

 ちゃんと、指についてるパウダーだって舐めてもらって。

 どうせお姉ちゃんだって恥ずかしくてそんなことできないに決まってるんだか……

「みゅ!?」

 指の先に感じるあったかくて、湿ったお姉ちゃんの舌。

「ん、ちゅ……ぷ、くちゅ」

 チョコを持っていた二本の指を別々に舐められたり、一緒に吸われたり……くすぐったくて、ぞくぞくってして……でも

「ちゅく……ん、ちゅ……ぱ」

「あ………」

「ふふふ、悠里、とってもおいしいわよ。ね、もっと欲しいわ」

 甘い甘いお姉ちゃんの吐息。

 甘くて、熱くて、なんだか酔っ払ったみたいにぽ~っとしてくる。

「さ、さっきのは私のチョコだもん。もう駄目なの」

 こ、このまま流されちゃったりなんかしたらお姉ちゃんの思うツボだもん。ここはちゃんとしなきゃ。

「じゃあ、悠里のチョコを食べさせてくれるかな」

「え?」

 し、しっかり……。

「もちろん、あーん、てね」

 しっかりしなきゃって思うのに小悪魔みたいなお姉ちゃんの笑顔に私は結局流されちゃうのだった。

 こうして、恥ずかしいけど嬉しいいつものバレンタインが終わるのだった。

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橘悠里の大好きなお姉ちゃん もフー @virgo-lily

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