第11話 離してくれたりくれなかったり
「ところでリョウって好きな子いるってホントなの?」
「……誰から聞いたんだ?」
しなくても答えの分かっている質問をしてしまった。
彼女のことを聞かれるだけで心拍数が上がったしまう。
(大丈夫だ。まだ俺は冷静だ。)
「アツシからはそれだけしか聞いてないわ。後はあなたに直接聞けって言われたわ。」
「そうか…」
「怒ってる?」
先程とはうって代わって心配そうに俺を見つめてきた。
「怒ってはない。ただ……あまり言いたくないだけだ。」
「どうして?」
「イヤでも思い出さないといけないからな。」
「その子と何かあったの?」
「なにも……」
言いかけて口を閉ざした。昨日のアツシの言葉を思い出してしまったからだ。
『それで何もなかったってのはその子に失礼だろ。』
(そんな事は俺がいくらバカでも分かってるよ)
でもそう自分に言い聞かせておかないと気が狂いそうになる。
(俺は冷静だ…俺は冷静だ…俺は冷静だ…)
突然右手が柔らかいもので包まれた。
「リョウ…わたしを見なさい。」
リカが俺の手を優しく握っていた。
「何してる?離せ。」
「黙ってわたしの言うとおりにしなさい。」
リカの声音からは焦りのようなものが伝わってきた。
「わたしを見てゆっくり深呼吸しなさい。」
黙って言われた通り深呼吸を繰り返すとゆっくりと右手を解放してくれた。
「もういいわ。」
「いきなりどうしたんだ?」
「あなた気付いてないの?過呼吸になりかけてたわよ。」
「……そうか。」
全く分からなかった。手を握られるまで目の前にいるリカのことさえ視界から消えていた。
ガンッ!!
側にあったゴミ箱を思い切り蹴飛ばした。ゴミ箱は飛ばされ中にあったごみが一面に散らばった。
怒りなのか苛立ちなのかそれとも憎しみなのか…今俺の中にある感情が分からない。それは無色で一見無害そうではあるがまるでヘドロのように心にまとわりつき不快さだけが俺を支配していた。
「リョウ、落ち着いて。」
俺が愚行を
「もう1限目始まってるぞ。早く行け。」
今はとにかく一人になりたかった。一人にさえなれればまた自分にてって都合のいいように改変した世界に戻れる。
「今のあなたを一人にはできないわ。」
優しさから来る言葉だと理解はできたが今はそれが煩わしかった。
もう自制心など持ち合わせておらずリカの胸ぐらを掴みあげた。
「お前マジでどっか行けよ。」
だがリカは俺の手を払い除けることも悲鳴をあげることも抵抗らしい抵抗をしなかった。
「気の済むようにしたらいいわ。殴りたければ殴っても犯したければ犯しても…抵抗しないと誓うわ。」
メリットなど何もなくあるのはデメリットだけだ。そのことが理解できるだけの理性が残っているせいでなぜこいつがここまでするのか解らなかった。
「もう……ほっといてくれよ。」
精一杯の抵抗だった。
元からリカに手をかけるつもりなど欠片もなかった。逃げ場をなくした感情が衝動的に起こした行動だったからだ。
「できないわ。」
「どうして…なんで…」
「あなたのことが好きだからよ。」
「………は?」
瞬間……全身が弛緩した。俺を支配していた様々な感情が吹っ飛び今度は戸惑いだけが俺を支配した。
「お前……え?え!?」
突然のことに俺は目を游がせたがリカは真っ直ぐ俺を見据えていた。
しまいには掴んでいた手を離し後ずさるという醜態まで晒すほど動揺していた。
リカが一歩近づくと俺は一歩あとずさりそれを繰り返すうちに気付けば壁際まで追い詰められていた。
逃げ場を求めて右に左に視線をさ迷わせているとリカの手がそれを許してくれなかった。
(恐怖しか感じない壁ドンって…)
「どうして逃げるの?」
「いや、だって……」
リカほどの女の子に好きだと言われたら二つ返事でOKするのが普通だ。でもリカは俺の事情を結論の部分だけだが知っている。
「だって何?」
もう後は罠にかかった獲物を仕留めるだけという目で俺を追い詰めてきた。
「お前の…リカのことを恋愛対象として見たことがないから…」
「わたしもよ。」
「………はい?」
「友達として好きって意味よ。あなたに恋愛感情なんてこれっぽっちも持ってないわ。」
「犯されてもいいとか言ってなかったか!?」
「今さら処女なんて後生大事に持ってても意味なんてないでしょ。」
「へ~処女なんだぁ…ってなると思ってんのか!」
まぁそうだろうなぁくらいには思っていたが自分から言うなど微塵も考えていなかった。
「ちょっとは自分を大切にしろ。」
「心配してくれるの。嬉しいわ。」
「うん。もうちょい言葉に感情込めような。」
「どう?少しは落ち着いた?」
どうやら気付かないうちにリカの掌の上で踊らされていたらしい。
呆れからなのか緊張からの解放からなのか全身の力が抜けてその場に座り込み天を仰いでいると視界にリカの顔が入ってきた。
「やりすぎたかしら?」
「やりすぎだ。」
「それはごめんなさい。」
クツクツと笑いながらリカが謝罪の言葉を口にした。
(こいつ絶対悪いなんて思ってねぇだろ!)
ため息をついてキョロキョロと周囲をみると当然だがゴミが散乱しているのが目につく。
「これ片付けないとな。」
「そうね。」
リカの同意が入ったことが合図となり二人で片付けを始めるとそこでリカの異変に気付いた。
(なんで鼻唄なんて歌ってるの!?)
「なんか良いことでもあったのか?」
怖いけどとりあえず聞いてみたが返ってきた返事は曖昧なものだった。
「ええ、たくさん。」
「???……よかったな。」
危なかった…ちょっと浮かれすぎていた。リョウにあれ以上追求されてされていた時の言い訳を考えていなかった。
彼と話す機会は沢山あった。だけどそれは表面上だけの社交辞令みたいなものでしかなかった。
どうでもいい人間ならそれでよかった……でも彼を見ているとまるで自分のことを見ているような気がして心がざわついた。
でもさっきのリョウは違った。真っ直ぐな感情をわたしに向けてくれた。
ちょっと怖かったけど……
賢いふりをしたアホよりも紳士のふりをした外道よりも友達のふりをした周囲よりもなんのしがらみもなく接することができる人はわたしにとっては何よりも貴重だから。わたしの立場がそれを許してくれないのは理解できても納得はできなかった。
だからわたしは欲しかったんだと自覚している。
なんの損得も考えずに話せることのできる友達を。
やっと終わった……
まだ5分もたってない?
またまたご冗談を……あら、ホントだわ!
「あなたは何をしているの?」
「現実逃避です。」
俺はバカだ!
自信を持って言える。だって学習しないんだもん!
少し前掃除が終わるとリカが少し休憩しましょうと言い確かにと思い近くにあった1脚のベンチに座るというのは自然な流れだ。
だが座った瞬間にのってはいけない流れに乗ってしまったのではないのか?という疑念が生じた。
ふと横を見ると当然だがリカも座っていた。横にいるリカをみた瞬間、脳内にけたたましい警鐘が鳴った。
まだ終わっていない…と。
しかしここまでの接敵を許した時点で既に敗北は確定事項だ。
そして……会敵と同時に敗北した。
あろうことかリカが腕を絡めてきた。掴むのではなく絡めてきたのだ。
しかも絶妙な位置取りで今は触れてはいないが俺が腕を動かそうものならリカの胸に触れてしまいそうだった。
更にリカの目が逃がさないと雄弁にものがたっていた。
「離して……」
「イヤよ♪」
(どうしたものかね…)
この状況を誰かに見られたら非常にマズい。どうやって切り抜けようか考えていると二の腕から柔らかい感触が伝わってきた。
「当たってますよ?」
「当ててます。」
「全然休めないのですが?」
(俺の心がね!!)
「わたしはできてるわ。」
そう言って俺に体を預けてきた。
(これじゃまるで恋人みたいじゃねぇか!)
「逢い引きしてるみたいね。」
「言葉にするな!」
俺の心の叫びを最後に沈黙が場を支配する。
「ねぇ、やっぱり話したくない?」
沈黙を切り裂いたのはリカの方だった。
「……聞いても気持ちの良い話じゃないぞ。」
「それでも聞きたいわ。」
半ば諦めの入った最後の抵抗だった。やはりと言うべきか…リカは引き下がってはくれなかった。
「分かった。」
そして俺はユイとのことをリカに話した。
堕ちた先には… 自由気まま @nyoro2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。堕ちた先には…の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます