第10話 和解
彼女の…ユイの夢を見た。
昨日アツシに話してしまったせいかもしれない。一日の始まりだというのに俺の胸に広がるのは虚無感とやるせなさだ。
俺が話しかけさえしなければこんなことにはならなかったのだろうか?
ユイと一緒にいた数ヶ月にこれ程苦しめられるなんて当時の俺には想像できなかった。
「ホントになんで話しかけたんだろうな……もうこんなの呪いだろ。」
シングルのパイプベッドから身を起こし縁に腰かけて一人ごちる。
それもこれもリカとの一件が発端だろうが一日たって冷静に思い返してみればリカへの対応だって普段の自分ではなかったと改めて思う。
「まだ怒ってたらどうしよ…」
リカが報復などというバカな手段はとらないだろうが仮にとってきた場合俺はどうなるのだろうかと考えると命の危険まであるのではないかと冗談抜きに考えてしまう。
「昨日は厄日で今日は命日…ってか?」
この苦しさから解放されるならそれもありか?って考えに至ってしまうくらいには俺のメンタルはボロボロらしい。
こんなことを思ってしまう自分が嫌になる。そうなった原因は自分にあることだってわかっている。
イジメからユイを助けるためにユイを傷つけた。
そして同時に俺自身も傷つけた。
誰の目にも見えない心の傷だった。
表現のしようのない痛みだった。
勉強に没頭していれば忘れられた。野球で自分の体を虐めていれば痛みは和らいだ。後は時間が癒してくれると信じていた。
確かに頭は良くなった。野球だって信じられないくらい上手くなった。
だが痛みが消えてくれることはなかった。
だから俺は心に蓋をして逃げだした。
もうこんな痛い思いはしたくない…傷つきたくない…。
そして今の俺が出来上がった。
傷つくことを恐れて逃げ回り心が成長しないまま体だけが大人になっていく何とも言えないチグハグで
ふと昨日のアツシの言葉を思い出した。
『今のリョウならどんな大ケガしても大丈夫だろ。俺にリカにアオにマキさん…ついでにイトウもいるし。』
これ以上ケガをしたら引きこもりになりそうな気がするが確かに頼りにはしているところがあるだけに否定できなかった。
スマン。イトウは否定してた。
まだ大学に行く時間には早いが家にいるよりはいくぶん気持ちが楽になるかと思い行くことにした。
途中で飲み物でも買うために立ち寄ったコンビニで珍しい人に遭遇した。
「マツさん、チース。」
「リョウか…お前も朝飯か?」
「コーヒーだけですよ。」
「奢ってやるよ。」
「一生ついていきます。」
「お前は相変わらず軽いな。」
そう言って俺の分も一緒にレジに持っていってくれた。
「お前昨日リカとなんかあったの?」
「……誰に聞いたんスか?」
雑談をしながら歩いていると思い出したように昨日のことを聞いてきた。
「見知らぬイケメンとリカがケンカしてるっていうスレたってたから見てみたらリョウじゃねぇかよ。」
「そんなのあるんスか!?」
「ああ、俺が作った掲示板だからな。」
「マツさんが元凶じゃないスか…」
「画像つきだったからすぐ分かった。」
「プライバシーなんてあってないもんスね。」
マツさんは何かを察してか深くは聞いてこなかったので何とかやり過ごすことができた。
そして今、なんの因果か昨日と同じカフェテリアにいる。時刻もまだ講義か始まるような時間でもないのでまだ職員の人にしか出会っていない。
「そういや、どうしてマツさんは大学なんかに来てんスか?」
「俺も学生だ。」
「来年度からはタメですけどね。」
「そうならないために来たんだよ。」
滅多に学内で見ないはずの人に朝から出会った理由が分かった。
「リョウって今日ヒマ?」
「チョー忙しいッス。」
「じゃ、講義終わったら集合で。」
「日本語理解してます?」
もちろん嘘ではあるのだが見破るの早すぎない?
「今日コンパあるんだけどメンツ一人欠けたんだわ。お前来いよ。」
(さっきからスマホずっと触ってたのはそれか。)
「嫌ですよ。マツさんなら他にいくらでもあてなんてあるでしょ?」
マツさんくらい学生生活を謳歌しているのなら代打の一人や二人すぐに見つけるくらいわけないだろう。そのせいで留年の危機なんて迎えているわけでもあるのだが……。
「他は都合悪くてな。」
「アツシなら今日ヒマですよ。」
スマンと思いながら生け贄に捧げることを決めた。
「あいつに言ったらお前が行ってみたいって聞いたんだけど?」
前言撤回!あいつはクソ野郎だ!
ほくそ笑んでいるアツシの顔が幻視できた。
「でも俺コンパなんて行ったことないですよ?」
「お前は真面目だからな。まぁ社会勉強のつもりで来ればいいだろ。」
「まともな服も持ってないです。」
コンパ自体には興味があるがあまり気が進まないのでそれらしい理由を並べて断ろうとするが結果は芳しくない。
「それくらい買ってやるよ。もうめんどくさいから全身リニューアルしてやるよ。」
「マツさんいつから俺のプロデューサーになったんですか?ってか買ってやるってあんたバカでしょ!?だから留年しそうになるんですよ。」
「敏腕だぜ?」
「………」
頭が痛い。この人だってここにいるくらいだから賢いはずなのにどうしてこうバカなことばかりするのだろうか?
「リョウは大人で俺はまだガキだってことだよ。」
「みんなどうして俺の考え読めるんですかね。」
「すぐに顔にでるってのもあるし…あと対人スキルがリョウは致命的にない。」
「そんなにッスか?」
自分でもそうだろうとは薄々気付いていたがまさかそのせいで読まれているとは思っていなかった。
「上っ面だけの会話しかほとんどしてないだろ?だからちょっとつついてやると直ぐにホントかウソかわかるんだよ。」
「マツさん実はスゲー人だったんスね。」
「ま、アツシやリカ辺りだと付き合いの濃さもあるだろうけどな。」
この人の指摘があまりにも的確なものだから思わず呆然としてしまった。
「それも含めて社会勉強ってことで来てみねぇか?」
「コンパだってタダじゃないでしょ。マジで金欠ですから……」
「金の心配はないぞ。スクラッチとパチンコで今は金持ちだ!」
(この人バクサイまで持ってんのかよ!!)
「ちゃんと貯金しといてください。」
「バカ野郎!!あぶく銭は使いきるもんなんだよ!」
「そ、そうッスか…」
急に大声だすからビックリした。
「かわいい後輩のコンパデビューなんだから全部俺に任せとけ!」
ヤダ!この人カッコいい!
ってなるわけないだろうが!!
こんなことには金使えるなら俺にくれ!
「なぁ、頼むよ。」
「……まぁ、そういうことなら行ってもいいです。」
少し考えて渋々ながら了承の意を伝えた。
「幹事だからマジで焦ってたんだわ。」
「そっスか。」
話がまとまッたところでちらほらと学生の姿が見え始めたので時刻を確認するためにスマホを取り出すとメッセージを知らせるアイコンがあることに気づいた。
朝っぱらから誰だと思って開いてみるとリカからだった。
(……既読付けちった。)
「どうした?」
俺が渋い顔をしているとマツさんが聞いてきた。
「やっぱ今日行けないかもしれないです。」
「なんで!?」
リカからのメッセージをマツさんに見せる。
『今すぐサークル棟まで来なさい』
「今日が俺の命日です。」
「案外愛の告白だったりして。」
「それはそれで怖いですよ。」
「とりあえず行ってやれよ。大丈夫だろ。」
妙に確信のある物言いに若干の違和感を覚えた。
「何か知ってるんですか?」
「いや、なにも。」
ウソをついているようには見えないので信じることにした。
「俺行きますね。コーヒーゴチでした。」
「おう、講義終わったら連絡くれや。」
サークル棟に着くとリカが直立不動していた。
それだけを見るとなんて絵になる姿だろうと思ってしまう。
(落ち着くんだ。普段通りにするんだ。)
自分に言い聞かせリカと対峙した。
「どうした?愛の告白なら間に合ってるぞ。」
我ながらいいカンジではないかと自画自賛したくなった。
「………」
「………」
二人の間を沈黙が支配した。どうやらリカにはお気に召さなかったらしい。
お願いだからなんか言って!胃に穴が開きそうだよ!
「あなたはブレないわね。」
やっと口を開いてくれた。歓喜の瞬間のはずなのに何を言っているのか理解できなかった。
「どゆこと?」
「わざわざ人気のないところに呼び出したのよ。少しは本音で話してほしいわね。」
「な、なに言ってんだ?俺はいつだって……」
「ウソね。」
慌てる俺をリカはたった一言で黙らせた。それくらいの圧があったからだ。
「あたなはわたしと似ているわ。」
「俺がお前に?」
「ええ、周囲の空気を察して同調するのではなく成りきるところとか…ね。」
「はぁ~…なるほどな。」
ため息をついてしばらく瞑目する。
どういった過程を経て今の俺の現状を見抜いたのかは分からない。だがリカはそれを看破してみせた。
「それで昨日あんなことしたのか?」
「ええ、そうね。ごめんなさい。」
リカが謝罪しただと!?
信じられない光景にあんぐりと口を開けてしまった。
「どうしたの?」
フリーズしていた脳が急速に解凍される。そしてすぐさまスマホを取り出した。
「スマン。もう一度言ってくれ。」
「……それはなに?」
「ただのスマホだ。気にするな。」
「まさか保存しとこうなんて考えてないわよね?」
ここが勝負どころだ!こんな天変地異並のことを残さないなんて末代までの恥だ!
「するわけないだろ!俺を信じられないのか!?」
心にもないことを誠意を込めて言ってやった。
「もちろん信じるわ。」
考えるそぶりを見せてからにっこりと笑いながら言った。
「でもねわたしって所謂お嬢様なのよ。」
そんな今更なことを言われてもどう返していいか分からない。
しかし次の言葉で途端に青ざめた。
「だからわたしが指を鳴らしたら今もどこかで見ているかも知れないSPがあなたを拘束しに来てくれるわ。」
「………」
無言でスマホを仕舞おうとした。
「何してるの?」
「手が疲れてな…ハハ…」
「ならわたしが持っててあげるわ。」
満面の笑みでさっさと渡せと脅してきた。
(悪魔が笑っているようにしか見えねぇ)
「なにかやましいことでもあるの?」
「お前絶対気付いてるだろ!?」
「ひどい!あなたを信じてるのに…」
ご丁寧に泣き真似までして自分はなにも知らないとアピールしてきた。
「ちなみにだが俺が騙していた場合どうなる?」
「大丈夫よ。ちゃんと死なないように調整するわ。」
「不穏すぎるだろ!」
「そうね。10キロの重りを着けて10キロの遠泳なんてどうかしら?リョウは体力有りそうだから頑張れば死なないわ。」
「……冗談だよね?」
「あなた次第よ。」
そんな男なら誰だって落ちるであろう満面の笑みを向けられてもここにたった一人ではあるが落ちない男がいる。
「お前は将来魔王にでもなるつもりか?」
「……それもいいわね。」
(楽しそうですね!)
少し考え込むようなそぶりを見せてから口元を抑えてクスクスと笑いだした。
「はぁ…参ったよ。だから許してくれ。」
「あら?今日は白旗あげるの早いわね。」
「学習したんだよ。」
死と隣り合わせの水泳なんてまっぴらごめんだ。それにリカは俺次第だと言っていたのだからこれで回避できるという打算もあった。
「普段もそれくらい素直な方がいいわよ。」
「ひねくれてる方が俺らしいだろ。」
リカが母性溢れる笑みを浮かべ俺はニヒルに笑った。
リカと会うことが少し怖かった…
どうもマイナス思考に引っ張られているようで悪いシナリオしか浮かんでこなかった。
でもいつも通りのバカ話ができたことに安堵した。
「ところでリョウって好きな子いるってホントなの?」
「………」
いきなり爆弾降ってきた……
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