第9話 出会い②
今日は朝から雨が降っていた。以前の俺ならなんとも思わなかった。でも今はユイに会うための目印みたいになっている。
(今日は俺が見付ける日……か。)
恋をすれば世界が変わるみたいな言い回しはたまに耳にすることはあるがそんなことあるはずがないと思っていた。
実際それは幻影みたいなものだろう。でも雨が降ればどうしてもユイを連想してしまう自分がいる。
(これが恋ってもんなのかね……)
頬杖を着きそんなことを考えながら外を眺めていると声を掛けられた。
「おい、リョウ。お前も聞いたか?」
「何を?」
声をかけてきたのは野球部の友人君だ。
「あの転校生援交してるらしいぞ。」
「………は?ユ…彼女が?」
頭の中が真っ白になり思考が追い付かず思わず間抜けな声が漏れた。だが思考が追い付くに従って心が冷めていくのが自覚できた。
「誰がそんなこと言ってたんだ?」
自分でも驚くほどドスの効いた低い声がでた。
「お、落ち着けよ。」
完全に腰が引けていながらも俺をなだめる。
彼の言葉を頭では理解できたが心が納得してくれない。ざわつく心を落ち着かせようと試みても一向に上手くいかない。
「誰が言ってたかは分からないけどリョウって最近彼女とよく一緒にいるだろ?」
「なんで知ってんだ?」
ユイから校内であまり話かけないように頼まれていたため俺たちのことを知っているのはあまりいないはずだった。
「お前らが付き合ってるって噂にもなってる。」
「はぁ!?」
思わず大きな声がでた。いずれはそうなれば……という期待は確かにある。でも今はユイとは只の友人でしかない。
「付き合ってる訳ないだろ……」
「本当か?」
「なんだよ。お前もそんな噂信じてるのか?」
「だってリョウ最近付き合い悪いし。」
「それは元々だ。」
「それに彼女けっこう可愛いじゃん。」
「まぁ……そうだな。」
(また否定のしにくいことを…)
「それにリョウって生徒会長のこと振ったんだろ?」
「……なにそれ?」
全く身に覚えのないことを言われた。だいたい俺に告白するような物好きがいるなど思えない。
(あの生徒会長様が?)
才色兼備を地でいくような奴で何度か話したことがある程度で特に面識がある訳ではない。
「マジで言ってんの!?」
「いや……告白すらされてないんだが?」
「どういうこと?」
「俺が知りたい。」
二人して悩みだしたが答えなど出るはずもなく早々にギブアップした。
「もう俺の事はどうでもいいよ。それよりユイのことだ。」
「ユイ?……リョウは名前で呼んでるのか!?」
しまった……ついいつもの呼び方が出てしまった。
それにしても驚きすぎじゃない?
「ま、まぁ…」
「俺には女子を名前で呼ぶ勇気はないよ…」
確かに女子を異性として意識するようなお年頃になれば名前呼びはちょっとしたハードルにもなるだろう。
「そうなのか?」
「リョウみたいな隠れイケメンに俺たちみたいな奴の気持ちなんてわかるはずないよ。」
「いやいや、お前の方がカッコいいだろ。」
「マジで言ってるから引くわ。」
そんなおかしいこと言っただろうか?こいつはちょっと気弱なとこはあるものの背は高いしコミュ力だってあるし顔だって十分上位グループに入る部類だ。
俺が女なら惚れるよ………多分。
「もう時間もないしユイのことで知ってることさっさと話せ。」
朝のホームルームまでもうあまり時間もないので少し威圧的に言う事にした。
「お、俺の知ってるのは援交くらいだ。」
そう言い残して逃げるように自分の席に戻って行くと直ぐに始業のチャイムがなった。
ユイのところに行くべきかと悩んだがここで行くと付き合ってるという噂に信憑性を持たれかねないので放課後まで我慢することにした。
もどかしい気持ちを気力で押さえ込み迎えた放課後だったが
「この後少し時間ありますか?」
「スマンな。今日はどうしても外せない用がある。」
もちろん嘘だ。
「では明日は?」
「特になにもなければ大丈夫だ。」
「ではお昼に生徒会室に来て下さい。」
「わかった。」
それから足早に教室を後にしていつもの公園に向かったがまだユイは来ていなかった。それから1時間位して雨に打たれてずぶ濡れになったユイがやって来た。
「やぁ…今日はリョウの方が早かったね。」
「なんで傘も差してないんだよ!」
ずぶ濡れになりながら力なく声を出した。それを見た俺は慌てて鞄からタオルを取り出しユイに手渡した。
「とにかく拭け。風邪引くぞ。」
しかし受け取ったはずのタオルでユイは一向に拭こうとはしたかった。
「いいの?わたしなんかに優しくして。」
寂しそうに微笑みながらそう聞いてきた。
「ダメなのか?」
「わたしといるとリョウも変な目で見られるよ。」
ユイも噂のことを耳にしていたのだろう。彼女は俺のことを気遣ってくれているのが分かった。でもこれだけは直接確かめたかった。
「本当に援交なんてしてるのか?」
「してるよ。」
否定ではなく肯定の言葉を口にしたが直ぐに嘘だとわかった。まだ短い付き合いではあるがそれくらいの事はわかるくらいには濃密な時間を過ごしたつもりだ。
「直ぐにバレる嘘ならつかない方がいい。」
「やっぱバレるか……」
「なんで嘘ついたんだ?」
「…………」
まっすぐユイを見て聞くと黙り込んで下を向いてしまった。
「責めてる訳じゃない。理由を知りたいだけだ。話したくないならそれでもいい。」
聞きたいという願望はあるがムリに聞く話でもないので彼女の意思に任せることにした。
少し思い悩んでユイはゆっくりと口を開いた。
「わたしね…ここにくる前イジメられてたんだ。」
「……そうか。」
意外な告白に衝撃を受けたが相づちだけをうった。ユイはそれを受けて続きを話し始めた。
「ほんとはわたしおしゃべりするの好きなの。」
「だろうな。」
学校でのユイを俺はほとんど知らない。同じ中学にいてそんなことあるのか?と思われるだろうがお互いほとんど自席から動かないためだ。
でもユイは俺と話している時は生き生きしているのが印象的だ。
(俺といるときのユイが本来の姿ってことか)
「前のとこでは男女関係なく普通に話せてたんだ。でもね、それが男の子に媚を売ってるみたいに見えちゃったみたい。ほら、わたしそこそこかわいいし……」
確かにない話ではないだろう。もしそれが意中の相手ならユイのことを嫉妬の対象として見ていたとしても不思議ではない。
「最初は女子が話してくれなくなったの。次にあることないこと言われ出したよ。」
「今みたいにか?」
「今よりひどかったよ。援交とかヤリマンとか…ね。そしたら今度は男子のわたしを見る目が変わったの。」
「どうして?」
「わたしとなら簡単にヤれると思ってたみたい。」
「バカばっかりだな。」
「そうなるともう悪循環。周りが男子ばっかりになって余計に女子から恨まれるようになったよ。」
所詮は中坊の思いつきのイジメなだけあって後に起こることなどなにも考えていなかったのだろう。
「それでまぁ、次は物理的なイジメの始まりな訳ですよ。捨てられたり隠されたり壊されたり……」
単純すぎて頭が痛くなる。やっているのは十中八九女子だろう。
「それでユイの周りにはヤリモク男子とイジメ女子の完成か。」
「そゆこと。それで不登校になったよ。」
図らずも転校してきた理由まで分かってしまった。そして今ユイがずぶ濡れになっている理由も……
「傘でも隠されて探したが見つからなかったのか?」
これでユイがずぶ濡れの事にもここに来るのが遅くなった事にも説明がつく。
「ハハハ……」
否定はせずに力なく笑った。その姿はとても痛々しく見えたがどう返せば正解なのか分からない自分にひどく苛立った。
「貸せ。」
渡したタオルを奪い
「痛かったのですが。」
その言葉で我に返る。
「わ、悪い。」
自分でもなぜこんなことしたのか上手く説明できない。強いて上げるなら衝動的にとしか言えない。
「女の子的にはもう少し優しく扱ってほしいわけですよ。」
「だから悪かったって。」
やれやれといった感じでユイは俺を嗜める。それからユイは何か思い付いたらしく少し悪い顔になった。
「ねぇ、確かめてみる?」
「何を?」
質問の意味が分からず聞き返したがユイはスカートの裾を両手でちょんとつまみ上げた。
シンプルな白の下着が見えた。
「白…か。……って何してんだよ!!」
「黒の方がよかった?」
「まぁ……どちらかといえば。」
「お~なかなかの変態さんだ。」
「いい加減に止めろ!張っ倒すぞ!」
俺が盛大にため息をついたのを見てようやくスカートを元の位置に戻した。
なぜか今日はよく頭が痛くなる日らしい。
「一応聞くが…パンツの色を確かめてほしかったってわけじゃないよな?」
「違うよ。」
「じゃあ何を確かめるんだよ。」
「えっと……中身……」
「何の中身だよ。」
ユイの意図が全く分からず無意味な問答が繰り返された。少しの間があったがユイが口を開いた。
「わたしがホントに援交とかしてるかってこと。処女ならしてないって証拠には一応なるでしょ。」
「………は?」
思考が強制停止させられた。
(ユイは今なんて言ったんだ?)
未だに停止している頭ではユイの発する言葉を理解することができなかった。
「少なくともリョウには噂は嘘だってわかってもらえるでしょ。」
俺の事など意にも介さず話は進んでいき最終判断を求められるところまで来ていた。
「……ダメ?」
「いやいや、ダメだろ。」
「どうして?」
「……本能に理性が勝てる気がしない。」
停止していた頭を無理矢理再起動させてやっとの思いで絞り出した答えがこれでいいのかとも思ったが他にいい理由が思い浮かばなかったのでそのまま言うことにした。
「リョウも男の子なんだね。」
「健全な男子と呼んでくれ。」
ユイはキョトンとした後、大笑いしだした。俺は気恥ずかしさもあり顔を反らした。
「でもリョウと話してるとなんか元気出てきたよ。」
「それはなによりで。」
「これは洗ってから返すよ。」
「そんなこと別にいいぞ。」
ユイが手に持ったタオルをヒラヒラさせながら聞いてきたがまだまともにユイを見ることができない。
「女の子の厚意は素直に受け取っておくものですよ。」
「へいへい。」
そうなのかとも思ったがそれくらいならいいかと思い直し任せることにした。
「そろそろ帰るか。」
日も傾いてもうずいぶん時間が経っていたので辺りはかなり暗くなりだしていた。
「そうだね。」
「家まで送ろうか?」
下心などなくただの親切心での提案だった。
「やっぱり確かめたくなった?」
「お断りします。」
「そういうとこなんだよねぇ…」
最後はうつむきかげんに加え小声すぎていまいち聞き取れなかった。それからパッと顔をあげた。
「家もすぐ近くだし大丈夫かな。」
残念……断られてしまった。
この瞬間だけはどうしても気持ちが沈んでしまう。ユイと過ごす時間は楽しいけどこの時間にも限りがある。
俺たちはまだ中学生なのだから当然だが親の庇護下にありあまり遅くなれば心配だってされてしまう。
もっとユイと一緒にいたいという願望と迷惑をかけられないという理性がせめぎあって何とも言えない切ない気持ちになる。
「わかった。気を付けてな。」
「うん。」
そうして今日が終わった。
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