第8話 出会い①



 雨が降っている。まぁ、この時期なら仕方ない。俺たちのような屋外でする部活はそうなれば当然休みになる。室内練習場なんてない中学の部活なんてそんなもんだ。

 いつもより早い下校になったが少し都合がよかった。今日は母が仕事で遅くなるらしく晩御飯をどうにかしないといけなかったためだ。


(スーパーの弁当でも買って帰るか。)


 部活動後ならコンビニで済ませるが少しでも出費を抑えるためだ。回り道にはなってしまうが仕方ない。


 トボトボと歩いていると遊具の少ない少し寂れた公園があった。こんなとこに公園なんてあったのかと思い目を向けると一人の少女がベンチに座っていた。


(あいつ確か……)


 彼女は今年転校してきたことは知っていた。転校生がくるなんていうのは生徒にとっては非常にテンションのあがるイベントだろう。


 でも俺にとってはどうでもよかった。転校生がくるんだな…程度の感慨しかなかったからだ。


 でも今はなぜか気になり声をかけた。


「お前ここでなにしてんの?」


 彼女はキョロキョロと周りを見回した。


「わたし?」

「そうだよ。俺は霊能力者じゃないからな。生きた人間しかみえん。」

「わたしさぁ……雨って好きなんだよね。心が洗われる……みたいな。」


 彼女はそう言ってなぜか少し悲しそうに微笑んだ。


「答えになってねぇよ。」


 この時の俺は平静を装うので精一杯だった。気を抜くと彼女に見惚れてしまいそうだからだ。


「暗くならないうちに帰れよ。」

「あ~……うん。」

「じゃあな。」


 恥ずかしさもあり逃げるようにその場を後にした。


 これが俺と彼女の出会いだった。



 それからは特に何もなかった……いや、一つあった。下駄箱にイタズラレターが入っていた。


 内容は


『今日の放課後○○教室に来て下さい。』


 で、一応行ってみたが案の定と言うべきか誰も居なかった。


(ま、ちょっと考えればイタズラって事くらいわかるわな。)


 でもさ、ちょっと言わせてね……


 せめて名前と日時は書いといてよ!まぁ、名前はイタズラだから書けないだろうけどさ…今日ってなに!?昨日から入ってたらとかだったらイタズラ成功しないよ!?ちょっと雑すぎない!?


 まぁ、昨日はなかったから間違えてはないだろうけど……明日から笑い話のネタにされるんだろうなぁ。


 …と、思っていたが何日経っても拍子抜けするほど何もなかった。


 ………なんで!?


 ………ま、いっか。何もないなら。



 梅雨も明け中学最後の大会が目前に迫り各運動部にも熱が入る。


「お前さ、最近なんかあった?」

「いや、特に。なんで?」


 声をかけてきたのは野球部の友人だった。


「女子のお前を見る目がスゲー怖いんだよ。」

「そうなん?」

「気付いてないのか?」

「全く。見間違いじゃないのか?」

「ん~…見間違いかも……でもなぁ…」

「なんでもいいよ。それより早くグラウンド行こうぜ。」


 まだなにか言いたそうだったが練習時間は限られているため強制的に話を打ち切った。


 俺の中学の野球部はそれなりに粒は揃っているため今年こそは全中に行けるんじゃないかと言われていた。また、顧問の先生も大学でも野球部に所属していたこともあり練習はかなりハードだった。


 今日もクタクタになるまで練習した。部員たちがぞろぞろと帰っていくなか俺は最後まで部室に残っていた。

 これにはもちろん理由がある。部室の施錠はキャプテンがするのが決まりなので部活があればいつも最後になる。


 施錠して職員室に鍵を返し終え帰路に着くため正門に向かう。すると柱にもたれ掛かっている彼女が目に入った。


「お!最近よく会うね。もしかしてわたしには惚れちゃった?」


 幻聴が聞こえるくらい今日は疲れているらしい。


 スタスタと正門をくぐった所で腕を掴まれた。


「冗談だからムシしないで!?」

「分かったから離せ。部活終わったとこだから汗くさいぞ。」

「え~。別に気にしないのに。」


 渋々という感じで腕を解放してくれた。


(いきなり掴んでくんじゃねぇよ!心臓に悪いわ!あと……メッチャいいにおいしてた!!)


「そんでなにしてたんだ?」

「???」


 キョトンと彼女は首を傾げた。

 ちょっと可愛いけどイラッときた。


「帰る。」

「ごめん!もうふざけたりしないから……わたしを捨てないで!」


 目元を抑え泣いているふりをした。


「拾った覚えもないし、捨てるような事した覚えもないわ!」

「バレたか。」


 イタズラが成功した子供のようにニヒヒと彼女は笑った。


「バレるとかの問題じゃないだろ……それでなにしてんの?まだふざけるつもりならもう帰らせてもらうぞ。」


 ちょっと悪ふざけが過ぎるような気がしたので少し強めの口調にした。


「ほら、君がさ…雨の日にわたし見つけてくれたでしょ。だからさ…晴れた日はわたしが君を見付けてあげる……みたいな。」

「………あっそ。」


 素っ気ない返事になってしまうのは仕方ない。

 恥ずかしいやら嬉しいやら可愛いやらいろいろな感情がゴチャ混ぜになり上手く思考が働かない。


「あれあれ~♪どうしたのかなぁ♪」


 ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込もうとする彼女の頭をアイアンクローで遠ざける。


「痛い!痛い!頭割れちゃうよ!」

「悪い。大丈夫か?」


 彼女が俺の腕を本気でタップしてきたので離してやることにした。


「……ねぇ、ホントに悪いと思ってる?」


 頭を押さえながらジトっとした目で聞いてきた。


「………」

「悪いと思ってるよね?」


 ハイライトが消えた笑顔にとてつもない威圧感で迫ってきたので俺は首を縦に振るしかなかった。


「じゃ、わたしのお願い聞いてくれる?」

「えッ!?ヤだよ。」

「聞いてくれるよね?」


 再びハイライトが消える。そして俺は縦に首を振る。


「うんうん。素直でよろしい♪」

「お前、死んだら絶対に地獄に落ちるぞ。」

「それ!!」

「うおッ!!」


 急に大声をだしたのでびっくりしてしまった。


「その『お前』っていうのやめてさ、ちゃんと名前で呼んで欲しいんだけど……これが一つ目のお願い。」

「そんなことでいいのか?」


 もっと変なお願いがくると思っていたので拍子抜けしてしまった。


「うん。それでいい。」

「それと一つ目って何個あんの!?」

「もう一つだけだよ。」


 ここまで言われればバカな俺でもわかる。


「俺のことは呼び捨てでいいぞ。……ゆいさん?ユイちゃん?」

「わたしのことも呼び捨てでいいよ。名前……知らないと思ってた。」


 キョトンとした後、クスクスと笑いながら言った。


「それでもう一つはねぇ……」


 それからユイは不穏な言葉を口にした。


「ちょっと待て!もう一つって俺の呼び方じゃないのか!?」


 俺が慌てて止めに入る。


「ん~、そのつもりだったけどそれってリョウが勝手に言ったことでしょ?だからわたしのお願いにはならないのです!」

「まぁ、そうだけど……」


 納得はできないけど筋が通っているだけに反論しようにもうまい言葉が出てこない。


「それじゃ、後一つは『貸し』ってことにしとこ!その時になったらちゃんとお願い聞いてね。」

「なんか怖いけど……その時の俺にできる範囲でだったら。」

「交渉成立だね♪」

「詐欺と脅しが入ってる時点で交渉じゃねぇよ。」

「気にしない。気にしない。細かい男はモテないよ♪」


 それからは他愛もない話を少ししてお互いの家路に着いた。


 雨の日は俺がユイを晴れの日はユイが俺を見付けるという変わった日常が始まった。



 出会ったときから俺はユイに……


 ユイもそうだったら……でもそうじゃなかったら?


 会う度に膨れ上がるある種の期待と不安に処理が追い付かなくなる思い……



 そして事件は起こった。

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