第7.5話 リカさんは考える
今わたしは心ここにあらずという感じで課題のレポートを仕上げている。
『迷惑だ』
今まで幾度となく感じたことのある感情だが、いざ自分が言われる立場になると思っていた以上に堪えるものがあった。
レポートを終わらせベットに仰向けに寝っ転がる。そっと目を瞑れば先程のリョウの冷めきった顔が鮮明によみがえる。
自分自身なぜあの時あれほど熱くなっていたのか冷静になった今でもよく分かっていない。
これは恋なのかと自身に問いかけるが答えはノーだ。
リョウのことは人間として大いに好感がもてる。でも異性として見たときは特別なにも思うことはない。だから彼は親しい友人…みたいなものだろう。
そこまで考えてなぜ今日あれほど熱くなったのか再度考える。
「分からないことってあるのね。」
わたしは要領もよく地頭だって悪くない。だからこそ今日のことも冷静になれば何かしらの答えが見つかるものだと思っていた。
分からないことならまだまだある。
感情の制御なら得意な方だ。容姿や立場、家柄上そういった場に立つことも求められるために自然と身に付いてしまった。
でも今日はそれができなかった?しようとしていなかった?
そして行き着く答えはまた……分からない。
いくら考えてもゴールのない思考迷路にはまり気づけばスタート地点に再び立たされているような感覚に陥る。
振り替えれば振り替えるほど今日の自分はやっぱりどうかしてたと思う。
感情的になって物事が好転する方が少ないことなどちょっと考えれば分かることだ。
(ダメだわ。)
このまま考えていても時間のムダだと思いお風呂に入ることにした。
誰からも完璧だと言われる裸体が鏡に写されている。当然だが日々のケアを怠たったことなどない。
他人から求められる理想を体現しようとした結果が今の自分だ。
リョウにも同じことが言えるとわたしは思っている。ただし理想のベクトルは正反対で。
わたしはプラスの理想の体現なら彼はマイナスの理想の体現といえるだろう。
彼自身の自己評価と周囲の認識の一致、同じことをしていても求められる理想によってこうも違いが出るのかと思い知らされた。
日本人気質と言うのか……誰でも少なからず周囲から求められる理想を演じている部分があると思う。
でもわたしは彼の素顔を…優しさ、誠実さ、誰にも見せない努力を知っている。理想に隠された本当の彼をわたしは知っている。
わたしと彼が似ていると考えて答えの輪郭を掴んだような気がした。
わたしと彼の生き方は類似している点が多い。良くも悪くも周囲からの影響を受けやすい。
『在り方の強制』と言えばいいのか…こうあるべきという姿をさながら役者のように振る舞うことで周囲の勝手な期待に応えてしまう。
同族嫌悪という言葉があるがわたしと彼には当てはまらないだろう。
だってわたしは彼に好感を持っているのだから。
(わたしはリョウに対して熱くなっていた訳じゃない?)
では誰に?
アツシに?
………違う。
アツシが連れてきたあのモブに?
………違う。
何も知らない周囲に?
………多分これだ。
彼女達にそんな意識はなかったのだろうがわたしからすればリョウに対する理想が看過できる容量を超えていたのだろう。
だからわたしがしたかったことはリョウの認識を正すのではなく周囲の認識を正したかった……ということなのだろう。
でもあの時はそれが分からなくてまるでリョウに対して怒っているように振る舞ってしまった。
「わたし最低だ。」
鏡に写る自身に呟くように言った。
やっとの思いでたどり着いた答えはなんとも後味の悪いものでしかなかった。
自室に戻りベットに腰掛けわたしは盛大に頭を抱えていた。
今日のやってしまったことがどうしても頭から離れてくれない。
(これでリョウとの関係に亀裂でも入ったらどうしよう……)
表面上だけなら彼だって今まで通りの態度でいてくれるだろう。これについては確信があった。そういう風に周囲から求められれば彼はそれに応えてしまうのだから。
でもそうなれば今まで以上に本音の彼の姿を見れなくなってしまう。
彼がどうして現状の彼になってしまったのかはわたしには分からない。そして別に間違っているとも思っていない。
わたし自身も同じだから。
彼が間違っているのなら同時にわたしも間違っていることになってしまうのだから。
彼に対してわたしが態度を変えることはない。素の自分をさらせる数少ない友人なのだから……でも彼は?と考えると次、彼に会うことがとても怖い。
彼の接し方が変わっていたらどうしようとどうしても考えてしまう。
もう深夜と呼べる時間になっても睡魔がきてくれる気配はない。
しかし変化は突然やって来た。
スマホから電話を告げるコールがなり相手を確認するとアツシだった。
「なに?」
『お!良い感じに凹んでそうだな。』
「切るわ。」
『とっておきの情報がありますよ。』
バカ話に付き合える精神状態ではないので切ろうとしたが手が止まる。
「今日はリョウと食事行ってたんじゃないの?」
『さっきまで呑んでた。』
「直ぐに110番するわ。」
『そうカリカリすんなよ。』
「さっさと本題に入って。」
平静を装ってはいるがアツシの言う情報に期待している自分がいる。
『今日リョウといろいろと話したよ。』
「そう……」
『やっぱ酒の力は偉大だな!』
「………」
アツシは呑むとめんどくさくなるタイプのようだ。
『お~い、起きてるのか~。』
「お願いだから本題に入って。」
『わかりましたよ。今日のことならちゃんとフォローしといたから…まぁ、大丈夫だろ。』
「そう、ありがと。」
少しだが心が軽くなった。
『それとリョウに好きな子がいることが分かった!』
「ホントに!?誰!?」
今日1番の情報に思わず前のめりになってしまった。
『リョウに口止めされてるからそれは教えない。まぁ、お前になら教えてくれるかもな。』
「どういうこと?」
『リョウもいろいろ抱えてるってこと。』
「……分かったわ。情報に免じて110番だけはしないであげるわ。」
まだなにかいっていたがどうでもいい内容なので電話を切りベットに横たわる。少し安堵したからなのだろうか急に睡魔が襲ってきた。
わたしは睡魔に身を任せ眠り……今日が終わった。
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