「絶滅種アニマルガールの容姿に基づいて古生物生体復元イラストを作成する試み」ができるまで(及び、できてから)

M.A.F.

本文

 島への引っ越し作業が済んで、私は博物館のホールに初めて呼び寄せられた。

 知らされた時刻は、夜八時。とっくに閉館後のはずである。にもかかわらず、警備員さんは私を見るなり、

「ああ、ようこそ。藍島千代さんですね。中でお待ちですよ」

 などと言って大きな扉を開けて迎え入れてくれた。どうやらしっかり根回しされているらしい。

 ジャパリ自然史博物館。自然科学関係の誰もが不思議がるほど潤沢な予算に見合った、巨大な建物が夜闇にそびえる。

 大学で私は、海の地層を巡り、海鳥や鯨類の化石を研究してきた。

 恐竜から鳥類が進化して、海に還るものが現れ、海獣が栄えるまでのつかの間海を支配し、かつての栄華を失った今もその末裔が何種類も暮らしている。

 ペンギンをはじめとする海鳥の歴史は、恐竜の盛衰に勝るとも劣らない自然のドラマだ。

 それを人々に伝えたいという私の理想をすくい上げてくれる博物館は、内地にはなく、景気良く人材を集め目覚ましい成果を上げている、ここだけだったのだ。

 黒い扉から金の光が漏れ出す。私は恐る恐る、中に入っていった。

 そこで私がまず一瞬思ったことは、こうだった。就職に成功したというのは夢だ、早く覚めて就活に戻らなければ、と。

 この博物館が、まさに古生物好きの見る夢そのもののようなところだったからだ。

 ホールの中央ではマンモスの骨格が、惚れ惚れするような見事な立ち姿を披露している。その復元には一切の隙がなく、今にも動き出しそうという言葉はこの骨格のためにあると信じられた。

 そして、建物はまるで重厚な歴史があるかのような厳格な雰囲気をまとっているのに、展示内容はタッチパネルや可愛らしいガイドロボットを駆使した最先端のものである。

 ホールの周囲には明快なテーマに分かれた各展示室がぐるりと待ち構えていて、どれも並の博物館では太刀打ちできない充実ぶりなのは入らなくても明らかだった。

 私の他にも何十人も採用されているとはいえ、まさかこんなに立派な博物館で働けるなんて……。

 息を吐くことさえ慎重になるような空気の中。

「よう、オマエがチヨだな」

 明るく、少年のようにも少女のようにも聞こえる声がホールに響いた。

 馴れ馴れしく私の名を呼んでいるが、全く聞き覚えのない声だ。それどころか、何かただの人間ではないような気さえする。

 予算の不思議など比較にならないジャパリパークの真の謎、アニマルガールか。

 しかも博物館にいるということは……。私は早く彼女と対面しなければとあちこち振り向いた。

「こっちだこっち。オマエが一番気になってる部屋さ」

 まるでこちらの気持ちを見透かしているようなことまで言う。知っているのは私の名前だけではないということだ。

 つまりこの声の主がいるのは、右から二番目の門。

 「けものと鳥の海へ」と題された展示室の入り口に、その少女は寄りかかって立っていた。

 私より頭一つ小さい程度の背丈だが、背中全体にかかった長く豊かな灰色の髪が、少女をもっとずっと大きく見せている。にやりと笑みを浮かべているが、目付きは鋭く、何か瞳に陰がある。

「好物は後にとっておくタイプか?」

 そんなことを言いながら、灰色の髪の少女は展示室の中へ引っ込んでいく。

 慌てて後を追うと、やはり驚くべき光景がそこにあった。

 見上げれば、異様なほどに長く続く脊椎と鋸切のような歯が並ぶ顎。十八メートルの化石鯨類バシロサウルスだ。さらに向こうには、全長ではバシロサウルスの倍、幅では五倍はある史上最重量の動物シロナガスクジラの骨格が浮かんでいる。

 床の上にももちろん、顔の長い犬に見えるパキケトゥスやアンブロケトゥス、自在に泳げるようになったジゴリザやドルドン、そして現生種につながるものと、鯨類の進化を密に辿れる展示が並ぶ。鰭脚類や海牛類、全て絶滅してしまったデスモスチルスの仲間も同様だ。

 そう来れば当然、展示室の名前どおり海鳥も。

 翼竜と見間違うような長い翼を持った鳥ペラゴルニスの骨格の下で、彼女は待っていた。

 その背後の壁はガラスケースになっていて、ペンギンの骨格がずらりと行列を作っている。その中の半分は、人の背丈に近い大きさがある。

「よく来たな、チヨ」

「あの、あなたは……」

「私が何のフレンズだか、オマエなら分かるんじゃないか。当ててみろよ」

 海鳥、それも翼の力で泳ぐ飛べない海鳥なのは明らかだった。

 頭に哺乳類の耳介はない。服は水着みたいな質感で、袖がミトン状になってペンギンのフリッパーを思わせる。脚の向こうにちらりと見えるのは、尾羽だ。

 彼女自身は小柄で幼く見えるが、後ろの骨格と同じくらいといえる。それにこの、敵などいないと言わんばかりの大きな態度……、

「もしかして、ジャイアントペンギン?」

「どっちの意味のだ?種類を限らなくてもいいか?」

 ミトンの手を突き付けられて、ぐっ、と声が出た。確かに「ジャイアントペンギン」とは、普通はコウテイペンギンより大きなペンギンの総称だが……。

 灰色の背中は唯一羽毛の色が分かっているインカヤクと同じだが、インカヤクと違ってお腹が赤くない。この部屋は少しひんやりとしていて、熱帯に適応したイカディプテスなら首を縮めそうだ。逆に南極のアンスロポルニスは口を開けて涼もうとするかもしれない。

 腰に手を当てて肘と手首を曲げてみせているのは、ごく初期の、翼の関節が曲げられるワイマヌだというヒントだろうか。いや、ワイマヌだけが関節を曲げられるわけではない。もしやペンギンではなくペンギンモドキのほうなのでは。

 確実にこれだけが彼女の姿に当てはまるというペンギンがどうしても絞れない。では「広義の」ジャイアントペンギンでいいのだろうか。しかし何かが引っかかる。

 ジャイアントペンギン……、ジャパリパークのジャイアントペンギン……。

 そうだった。それならば展示されている標本がああなっているはずだ。

「標本を見ても?」

「いいぞ。気付いたみたいだな」

 ペンギンの少女は口角をさらに上げる。

 ケースの中には骨格が並んでいるが、その手前にはそれぞれの骨格のうち化石として見付かっている部分のパーツが添えられている。驚くべきことにパーツの大半が実物だが……。

 やはり、思ったとおりの種類だけレプリカだ。

「狭義のジャイアントペンギン……、パキディプテス・ポンデロスス!」

 ほんのごく一部しか見付かっていなかったパキディプテスの、四肢の大半が揃った化石をパークの発掘隊が発見したという発表を耳にしていた。

 その実物がここにあるはずの四肢だけが逆にレプリカになっているということは、実物はバックヤードで研究に供されている。つまり、彼女の生まれた理由に深く関わっているに違いない。

「正解!さっすが私の後輩だなー!」

 パキディプテスのフレンズは嬉しそうにぺんぺんと拍手してくれた。

「後輩?」

「私のいる博物館に来たんだから私の後輩だろー?よろしくな、チヨ」

 私よりずっと幼いように見える彼女にそんなことを言われ、私は戸惑うが、目の前には握れと言わんばかりにフリッパーのような手が差し出された。

 そうだ、彼女は確かにこの博物館の先輩であり、私達ヒトより三千万年以上も先輩の種なのだ。

「よろしくお願いします、先輩」

 掴んだ手から手袋越しの体温が伝わる。恒温動物である鳥類の特徴だ。

 私の目の前に、手の中に、生きたジャイアントペンギンがいる。姿はヒトの少女のものだが、海鳥を愛する者として恐竜以上にあこがれる存在に違いない。

 腰をかがめて「先輩」の顔をじっと見つめていると、抱き付いてしまいそうで抑えているのが大変だった。

 

 その夜はほとんど顔合わせだけで終わり、翌日、「先輩」に展示室を案内してもらった。

「まあ、オマエなら説明しなくても何なのか分かるだろうけどなー」

「はいっ、それはもうもちろん」

「スゴさが分かってるみたいだな」

 広い展示室の壁一面丸々、ペンギンを中心とした海鳥の化石に充てている博物館など、他には絶対にないと断言できる。ケースにかじりつかずにいられようか。

 パークにはペンギンのアイドルというのもいたはずだし、パークに縁の深い動物につながる展示を重要視しているらしい。

 知られている最古のペンギンのワイマヌ、特に長いクチバシのイカディプテス、どっしりしたパラエエウディプテス、背の高いクミマヌ……、次々と時代順に現れる。

 私の主な研究対象だった、北半球にいたペンギンモドキことコペプテリクスの姿に何か和む。これもまたペンギンと別系統の、ルーカスウミガラスやオオウミガラスも並んでいる。これらは周りと違う水色の台に載っている。

 今のペンギンとほとんど変わらないパラエオスフェニスクスもある。

 要するに、私が名前を知っているようなペンギンとペンギンに似た海鳥はみんな復元骨格と原標本があるのだ。

 それを理解して、私は思わずケースの前にしゃがみ込んで動けなくなった。

「ここに住みます」

「住んでるようなもんだぞ」

 驚愕の事実である。

 そして、そのとおりだからこそ、喜んでばかりではいけないのだろう。

 先輩は私を立たせ、フリッパーの手で姿勢を正すよう促す。

「チヨ、オマエはこの博物館を見る側じゃない。見せる側のモンだ」

「はい」

「見せる側の目で冷静に見てみるんだ。何か気になることがないか」

 古生物マニアとしてではなく、学芸員として。あるいは、一部分だけ、そもそもペンギンの化石というものがあるとも知らない、お客さんのつもりになって。

 骨格の後ろには灰色のシルエットが描かれている。ここに並んだ鳥の骨がペンギンのものだとすぐに分かる。

 細かく描かれているのは最後のほうの、今いるペンギンだけだ。他は絶滅していて、だから細かく描けないのだということも伝わる。

 ただし一つだけお腹が赤茶色に塗ってある。羽毛の色が判明したインカヤクだ。これに気付いた人はさらに深い情報に届くというわけだ。パキディプテスのシルエットは灰色一色だが……。

「先輩、ちょっとこちらへ」

「ん? おう」

 同じパキディプテスである先輩に、骨格とシルエットの前に立ってもらう。

 先輩の髪や背中もインカヤクの背中と同じ灰色だ。今もコガタペンギンという灰色っぽいペンギンがいるし、元々灰色のペンギンが多かったとしてもおかしくない。

 先輩の元の姿であるパキディプテスは本当に灰色だったのかもしれない。

 それなら、他の部分も。

「このシルエット、もっと先輩に似せられないですかね」

「ほう」

「お腹は白くしちゃっても良さそうですし、先輩の前髪……、あれ?」

 先輩の前髪は黒と紫で、横に流してある。

 この紫の部分、よく見ると色味がピンクから水色まで変化している。見る角度によっても変わるようだ。

 クチバシっぽいといえばクチバシっぽいが、サンドスターとやらのせいでこんな色になっているような気もする。手に取ってみてもどうなっているのやら……、

「なんだよ」

 先輩の前髪を持った私の手の向こうに、先輩のしかめっ面があった。

 

「なるほど、私の格好がパキディプテスの生きてたときの姿の手がかりになると」

「そうだと思うんです」

 先輩もどういうことなのか分かってくれたようで、腕を組んで頷いている。

 古生物の姿がどのようなものだったのか、手がかりとなるものはごく少ない。例えば、インカヤクのように体の一部だけでも色が分かっているものはとても珍しい。

 それだけに、合理的な手がかりがあるのなら少しでも多くイラストに取り入れなければならない。

 パキディプテスの場合、先輩の存在がそれかもしれないのだ。

「ただ、まだよく分からないところが色々ありまして」

「オマエはまだ私以外のフレンズもあんまり見たことなかったっけな」

 それでは動物の姿とフレンズの姿の関係が分かっているとはいえない。逆にそれが分かれば先輩の姿からパキディプテスの姿を知ることができるはずだ。

「よし、それじゃあオマエがまずやらなきゃいけないのは、たくさんのフレンズに会うことだな」

「はっ、はい!」

「フレンズにも詳しくてこそ、ここの学芸員だ」

 自然科学の徒として生涯勉強、とはいえ、ものすごい専門外の課題が現れた。

「安心しろ。パークの中はそこら中フレンズがうろついてるから、しばらく普通に暮らしてるだけでも会えるぞ」

 

 翌朝、居住区から博物館に出勤するだけで先輩の言ったとおりになった。

 頭に羽、腰に尾羽が付いた、見るからに鳥のフレンズが何食わぬ顔で歩いているではないか。

「あのっ、あなたは!?」

「ほえ? カワラバトだよ」

「カワラバト!確かに!」

 濃淡の灰色が縞をなし、ネックウォーマーは構造色で寒色に光る。前髪が白いハートの髪飾りでまとまって、まるでハトのクチバシと蝋膜だ。

  確かに、フレンズの姿は元になった動物の姿にきちんと当てはまる!

「あの、写真を撮らせてもらっても?」

「ほー、この珍しくもないカワラバトの写真を。いいよー」

「ありがとう!」

 こうやってフレンズの姿を集めていけばいいのだ。

 そして彼女の言うとおりとても見付けやすいカワラバトのフレンズがいるのだから、手近なところから出会っていくことができる。

 

 それからは暇さえあれば鳥のフレンズのいそうな公園や港などに出かけていった。

「ハシブトガラスです」

「ニワトリだよーっ」

「私はカモメ!」「ウミネコです」

「一句できました。ウグイスを 探してくれて 嬉しいな」

 バードウォッチングの行き先は郊外の山や川、田畑へ。

「こんにちは! エナガです!」

「あたしはキジ!」

「カワウでう」「ウミウだう」

「トキよ。私の歌を聞きに来てくれたのね」

 とうとう正式な研究と認められてジャングルやサバンナ、離れ小島にまで。

「赤くて綺麗なショウジョウトキを見に来たんですね!」

「…………(じーっ)」

「ダチョウです……あなたが来ることは分かっていましたっ……!」

「パフィンでーす!」「エトピリカたん」

「アオツラカツオドリ……」

 高山では、とうとうこんなことも言われるまでになった。

「キャプテン・ハクトウワシよっ!前髪ハンターっていうのはあなたね」

「前髪ハンター?」

「鳥の子の前髪の写真ばっかり撮ってるって噂になってるわよ」

 前髪がクチバシの特徴を表しているのは明らかだったので、前髪に寄った写真を集めていたのだった。

 しかしパークで鳥のフレンズが見られるのは本格的な野外だけとは限らず……。

 

「おっ、チヨ。オマエもフリッパーだったのか」

「そういうわけではないはずなんですけどね……」

 いつしか私の机はアイドルの写真集やグッズが積み上がった、博物館のバックヤードとは思えない有様になっていた。

 もちろんペンギンアイドルグループ、PIPのである。

 当然、先輩ことジャイアントペンギンに最も近縁であり、それだけ動物の姿とフレンズの姿の関係について有力な手がかりになるといえる。

 特に、ペンギンのフレンズとペンギンでない鳥のフレンズ両方に見られる特徴は、今のペンギンの枠に収まらない絶滅したペンギンのフレンズにも確実に当てはまるはずだ。

 さらにアイドルとくれば、それはもう資料になる写真や映像がいくらでも手に入る。

 しかしその、アイドルであるというのが、また。

 大勢の人達の前で……こんな、ほぼ水着みたいな際どい格好をした女の子が。

 スカートみたいな部分がある子でさえその用を為さないし……コウテイペンギンに至っては……。

 アイドルとは自分自身を表現物とするコミュニケーションの最たるものである。

 私はそうではなく、自分が良い、すごいと思った何かを介したコミュニケーションを志向してきた。

 せっかくの大量の資料から彼女達の猛烈なアピールを食らっては休み食らっては休みとしていると、余計に時間と精神を消耗する。

 

 しかし、その甲斐あって、いくつかのことは自信を持ってパキディプテスのイラストに織り込めた。

「だいぶ出来てきたな」

「はい、ここまでは」

 まず、もちろん前髪。

 ペンギンでも他の鳥でも、何らかの形でクチバシの特徴を反映している。先輩の横に流した黒と紫の前髪には、パキディプテスのクチバシの特徴が表れていると断言できる。

 ペンギンのフレンズの中でもクチバシ状の部分が長いことは、初期のペンギンのクチバシがどれも長いことと合致する。

 つまり、パキディプテスは長く、背側が黒いクチバシを持っていたのだ。

 そして、ヘッドホン。

 ペンギンに限った話ではあるが、おおむね頭の模様がヘッドホンに反映されている。

 頭の模様が複雑だとヘッドホンはそれ以上に複雑になるが、シンプルな同心円の場合それは目の虹彩の色を表している。

 パキディプテスの目は、先輩のヘッドホンのように赤かったのだろう。

 この二つが、鳥のフレンズ、特にペンギンのフレンズの姿から言えるパキディプテスの姿、なのだが。

 未だに自信が持てないことが一点。

「どこが出来てないんだ?」

「ここです。クチバシの側面です」

 コウテイペンギンでいえばオレンジの部分をまだ塗り残してある。

 先輩の前髪がクチバシの特徴を表しているとして、本当に虹色の部分もあったのだろうか?

 それとも、元々肉体がなかったせいでサンドスターとやらの影響が強く出ているだけなのか?

 

 数週間して、PIPの写真集は本来博物館にあるべき鳥類図鑑にすっかり入れ替わっていた。

 それでも、どれを開いてもクチバシが虹色の鳥など載ってはいない。

 構造色で青くなっているものなら見付かった。この応用で虹色になるかもしれないが……、今ひとつ踏ん切りが付かない。

 イラストのクチバシは白い部分が残ったままになっていた。

 毎日の業務が終わった後、何語かも分からないどこかの国の図鑑を睨んで過ごしていると。

「チヨ! けものナイトパレードだ!」

 先輩が駆け寄って腕を引っ張ってきた。

「え、ちょ、何ですって?」

「けものナイトパレードだよ。満月の夜は祭りがあるんだ」

「あんまりはしゃぐような気分では」

「そういうときこそだよ。オマエが今やらなきゃいけないのは、フレンズに会うことだ!」

 有無を言わせぬ重みと、明るさ。

 腕を引かれるまま席を立つことに私は納得してしまっていた。

 大通りに出てみると、そこは来園者達の影に、フレンズ達の耳や羽のある影と、淡い虹色にすっかり包まれていた。

 サンドスターを模した飾りがどっさり付いた山車の行列が、端が見えないほどぞろぞろと続いているのだ。

 この飾りの光は先輩の前髪に似ているだろうか? あの虹色は結局サンドスターのせいだろうか?

 比べようとしても先輩の姿はいつの間にか消えていた。PIPが乗って歌っている山車についていったのだろう。

 先輩以外に、前髪が光っているフレンズがいたりはしないだろうか?

 こんなときにまでフレンズの前髪ばかり目で追ってしまうのがすっかり癖になっていた。やっぱり前髪ハンターだ。

 一旦切り替えて、お祭りを楽しめるようになろう。明るい通りの真ん中から離れて、道の端にあるベンチに腰を下ろしたとき。

 隣のベンチに信じられないものを見た。

 本当に前髪が光っているフレンズが二人もいる!

「あっ……、パフィンさんと、エトピリカさん」

「ほんはんまー」「おひはひふいへーふ」

 二人は屋台で買ったイカ焼きを頬張ってまともに喋れなくなっているところだった。まさにパフィンとエトピリカ。

「ひよはん、へんひあいれーふ」

「いはろうおー」

「あ、ありがとう」

 なぜか余分に持っていたイカ焼きをくれた。

 問題は二人がイカ焼きを食べ過ぎなことではなく、二人の前髪にある模様の帯の部分が、青白い光を放っていることだ。

「それ、どうしたの」

「もご?」

 聞いても答えられないようだったが、私は気付いていた。山車に使われているブラックライトからの紫外線を受けて蛍光しているのだ。

 そう、パフィンやエトピリカのクチバシにある帯は紫外線で蛍光する!

 これによる発色の良さを仲間に対するアピールに役立てるのかもしれないと言われている。

 イカ焼きをかじりながら二人の光る前髪をじっと見つめていると。

「おーい、ここにいたかー」

 先輩が手を振って駆け寄ってきた。

「ジャイアントさーん!」

 パフィンさんとエトピリカさんが私より先に飛び出して迎える。

 三人が同じ暗がりにいると違いは一目瞭然だった。先輩の前髪は紫外線が当たって光ったり、ましてやサンドスターの光を放ったりしない。一番似ているのは、先輩の次に会ったフレンズ、カワラバトさんのネックウォーマーだ。

 先輩の、パキディプテスのクチバシは、パフィンやエトピリカと同じ理由で、しかし構造色という別のメカニズムで光っていたに違いない!

「先輩、連れて来てくれてありがとうございます!」

 私は二人に続いて先輩に飛びついた。

「おおっ、どうした急に」

「チヨさん、イカ焼き食べて元気になりましたー!」

「はい、おかげで今夜はいっぱいはしゃげますよ!」

 山車の上から響いてくる歌声、その歌詞はまるでパキディプテスの姿をこの星が覚えていてくれたかのように語っていた。

 

 ついに完成したイカディプテスのイラストが展示室に飾られ、制作過程を筋道建ててまとめた文書も出た。

 背中は灰色で腹側は白、足は黒で目の虹彩は赤。長いクチバシの背側は黒で、クチバシの側面と胸元は構造色で紫や水色。

 本当にこのとおりなら、海面か陸上で仲間同士のサインとしてクチバシの色を役立てていただろうという説明も付く。

 博物館に在籍する研究者のかたも、これを見て納得してくれた。

「フレンズがいる以上、このイラストが一番妥当ということですね」

「そのはずです」

 しかし彼女はこう続けた。

「ただ、絶対確実というわけではなく……、これもあくまで参考ということを忘れてはいけませんね」

「それは、そのとおりですね」

 そう返事をしながらも、このときの私はその言葉の意味が本当に分かっていたわけではなかった。

「チヨ、お疲れ」

 先輩が声をかけてきた。

「息抜きにどこか研究と関係ないところでも行ってみないか。オマエいつも出かけるときも研究のためって感じだっただろ」

 町中だろうとおかまいなしに鳥のフレンズの前髪ばかり見てきたので、図星であった。

「図書館なんかどうだ」

「ああ、いいですね」

 このとき私は、先輩の意図に気付きもせず、久しぶりに小説でも読もうかと軽く考えていた。

 

「おかえり。どうだった」

「先輩」

 先輩に聞きたいことがあって、戻ってきたのだった。

「ヒッパリオンさんってご存じですか」

「ああ。あいつもこの博物館で生まれたからな。会ったのか」

 先輩は淡々と答える。

「ああいう……、レトロなファッションが好みのかたなんでしょうか」

 そうだったらいいと思って聞いたのだが、

「いや、あいつは元からああいう格好だ」

 返事は望まないものだった。

 だから、イラストを作り上げてきた机に力なく突っ伏して、こう叫ばずにいられなかった。

 

「なんで日本関係ないウマの祖先が和服なのよ!!」

 

 私には分かっていた。

「レトロだから」。そうとしか言いようがない。

 先輩の姿もどこまでパキディプテスの生体を反映しているかは怪しくなってしまった。

 参考どまりだと釘を刺されていながら、内心、パキディプテスの姿はほぼ確実に自分のイラストのとおりなのだと思い込んでいたのだ。

 一番妥当。それには変わりないが、一体どこまでの妥当だというのか……。

 

 勢いを付けて起き上がると、先輩がわっと言って飛び退いた。

 心配げな顔の先輩に笑顔を向ける。

「大丈夫ですよ」

「そ、そうか?」

 椅子から立ち上がり、本棚から一冊、新たに図鑑を取り出した。

「私がやらないといけないことは、フレンズに会うことです」

 化石哺乳類図鑑。

 鳥のフレンズばかり見ていてすっかり手薄になっていたほうだ。

「そうだな」

 先輩も初めて会ったときのようににやりと笑う。

「今度オオウミガラスに会わせてやるよ」

「オオウミガラス!?」

 フレンズの世界は、自分が思っていたよりずっと奥が深い。

 これは一つの仕事の終わりや失敗ではなく、果てない探求の始まりだ。

 先輩にも、鳥のフレンズの皆にも、ヒッパリオンさんにも。これから知っていくフレンズ達にも。

 出会えた奇跡に感謝しなければならない。

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