永遠無双 3

*永遠のいるゲヒルンに眼鏡屋たちが内務省側の通路から侵入します


 待っていたのは片目永遠たちだった。一目見て、『無思記』の読み手とわかったが、想像していたのとはだいぶ違った。片目金之助のように冷たい人間だと思っていたが、目の前にいるのは優しく慈悲深そうな女性だ。

「おもしろい。会ったことがなくてもわかるものですね。『無思記』の読み手同士通じるものがあります。私は片目永遠。片目金之助の姉にして『無思記』の読み手。そして、あなたの異父姉妹です。初めまして」

 挨拶し、深々と頭を下げる。手強いとあたしは直感した。

「あたしは本屋知解子。今は本屋藤兵衛と名乗っております。このようなところでお目にかかるとは本当に数奇な運命です」

 あたしもそう言って頭を下げた。

「後ろに控えているお人形さんのようにきれいな方は、あたしの腹違いの弟ですね。蓬莱霞さんでしょう? 本当に久しぶりだわ」

 ぎょっとした。あたしは蓬莱の顔を見る。蓬莱も同様に固まっている。

「あら? ご存じなかった? 蓬莱は先代の片目つまり私と金之助の父と、さらってきた本屋の女の間に産まれた子。先々代の本屋藤兵衛が本の罠で父を狂気に追いやり、家屋に火を放ち、一族を殺すように仕向けた時、私と金之助は幼かったあなたを連れて逃げたのです。でも幼いあなたを連れて逃げ切るのは難しく、途中で人に預けざるを得なかったのです。本当に申し訳ないことをしました。花鳥に特高に招かれた金之助は、その情報網を使ってあなたを捜し出して仲間にしたのです」

 あたしはそのことを高岡の話と母の話から推察して知っていたが、蓬莱にはまだ話していなかった。まさか出会い頭にそれを言い出すとは思わなかった。そもそも片目金之助には隠したい事情があったから、隠していたのではないのだろうか?

「片目さまが、私の兄?」

 蓬莱はまだ事情がのみ込めずにいるようだ。

「金之助はなにも言わなかったのですね。あれほどあなたのことを気にかけて執着していたのにね」

「片目さまが私のことを気にかけていたのですか?」

「そうです。さもなければわざわざ私娼窟を探し歩いて、あなたを捜したりしません。金之助はほんとうにあなたのことを心配していたのですよ」

 いけない、とあたしは思った。いつの間にか永遠に話の主導権を取られている。蓬莱は精神的に脆い。つけ込まれると面倒だ。蓬莱はうつむいて、なにかをつぶやいている。突然、兄弟と言われて混乱しているかもしれないし、片目に気にかけてもらっていたことがうれしいのかもしれない。

「もうすぐ金之助が涅槃喫茶から降りてきます。家族水入らずで語り合いますか?」

 永遠が微笑み、蓬莱はぼんやりとその顔に見とれている。

「残念ながら語ることはなにもないでしょう。あたしたちには殺し合う未来しかない。産まれた時からそういう定めです」

 あたしは永遠を拒絶した。

「もったいないことだわ。あなたとはいろいろお話したかったのに」

 永遠が口元を隠してくすりと笑った。その時、あたしの影がむくりと起き上がってなにかをたたき落とした。

「役者だねえ。見事だなあ」

 碧がにこにこ笑いながら、足下に落ちた投げ矢を踏みつけた。蓬莱が我に返って目を見張る。

「ご挨拶代わりです。さすがに腕利きを連れてらっしゃる。まさか入鹿山を味方につけたとは思いませんでした」

「片目さんは鬼を使い捨てしすぎた。約定が解けたら片目さんのために働く鬼はいないよ」

「次の時には金之助によく言っておきます」

「次があるなら来世でしょう」

 あたしが応える。

「来世まで血なまぐさい争いは持ち越したくないわね」

 永遠は優雅に笑った。なぜこの女はこんなに余裕があるのだ。

「眼鏡屋に蓬莱までいたのか……」

 永遠の後ろに片目と人形女給兵団四番隊らしき団員が二名現れた。

「あなたが電話してきたすぐ後に内務省からの通路を使って入ってらしたの。詰みですね。投了です」

 永遠の言葉に片目が唇を噛む。

「私たちの弟の蓬莱が手伝ってくれれば形勢は逆転するかもしれませんね。蓬莱は入鹿山より強いはずでしたね。さらにこちらには人形女給兵団の団員が七名います」

 永遠が蓬莱を見る。

「蓬莱、我が弟。あなたの望みはわかっています。そこの本屋一味を片付けたら金之助と黄泉路へ旅立ってよいのですよ。心中相手の心残りをなくしておいた方があなたも心が痛まないでしょう。さあ、金之助からもお願いしてください。やっとの思いで見つけた弟なのですよ。どれほど愛しているかを伝えなさい」

 永遠はそう言うと片目を見る。片目は無表情のまま、なにも言わない。ただじっと蓬莱を見つめている。

「私は……」

 蓬莱はなにを言いかけ、口ごもる。心が揺れているのだ。

「うまいこと考えるもんだねえ。やっぱり片目一族は口がうまい」

 碧が笑った。

「入鹿山一族はほぼ全員が東京に結集している。他の鬼はほとんど東京から都に戻っているし、内務省、警察、軍はもう本屋の手に落ちた。蓬莱さんひとりでなんとかできる段階じゃない」

「人形屋籐子なら、なんとかできるのかしら?」

 永遠の言葉で碧の顔色が変わった。

「やっぱり人形屋は怖いのですね」

 まさか人形屋籐子がこちらに向かっているのだろうか? 籐子が片目の味方をする? いや、はったりだ。永遠は時間稼ぎをしているだけだ。そうはさせない。

「人形女給団員のみなさんは立ち去ってください。あたしたちはあなたたちを殺したくありません」

 あたしの言葉に永遠の周りを固めていた団員が動揺する。

「花鳥さんが死んで鬼との約定が解かれたことで、ゲヒルンは解体しました。もはやここに大義はありません。みなさんが戦う必要はありません。涅槃喫茶から出て行ってもとがめる者はいません」

「では、私も失礼しようかしら」

 永遠が微笑んでとぼけたことを言う。

「『無思記』の読み手であるあなたは、ひとたび外に出たらすぐに態勢を立て直すでしょう。この戦いは互いの『無思記』の読み手をどうやって排除するかにかかっていました。皮肉なことにふたりはゲヒルンにいたわけですが」

「とんだ茶番でしたね」

 永遠の目が光る。


<続きはありません。悪しからずご了承ください>

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『大正地獄浪漫』おまけ 一田和樹 @K_Ichida

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