ふたりの同棲

高橋 白蔵主

幸せすぎてこわい

わたし、今の生活がすこしこわいの。

幸せすぎてこわい、っていうよりは、少し違うんだけど、あんまりにもあなたがわたしの理想どおり過ぎて、少しこわいの。いやなことや、直してほしいことや、許せないこと、ぜんぜんなくて、なさすぎて、こわいの。

時々考えるんだけど、本当は、出会ってから一緒に暮らし始めて、その今までのどこかの時点であなたは実は、すでに死んでしまっていて、今のあなたは、その事実に耐え切れなかったわたしの脳が作り出したただの幻想なんじゃないかって思うの。わたしは、あなたが死んだことをどうしても受け容れられなくて、幻を作り上げて周りの人に言うの。「今度、結婚するんです。やっと結婚するの」。

周りの人はきっと、わたしに現実を見せようとはしないでしょう。ああ、こいつおかしくなった。そう思っても、あんまりにもわたしが哀れだから、やさしく、ニコニコ笑いながら「そうだね、よかったね」って言ってくれてるだけなんじゃないかって考えるの。

わたしは、ずっとわたしの中のあなたを愛して、あなたが死んでしまった後でも一人で、二人の役をやっているんじゃないか、って考えるとこわいのよ。一人でペアリングを作って、一人で結婚式場を巡って、ウェディングドレスを縫うの。

ねえ、ファイトクラブって映画、見た?

それでもいつか、わたしもうすうす現実に気付いてしまうの。だんだん、本当は一人で暮らしているんじゃないか、あなたは幻の存在なんじゃないか、って考え始めるのよ。

おかしいな、七時に帰ってきて、今日はあなたが夕ご飯の支度をしてくれるっていうから、ご飯が出来るまでひと眠りさせてもらったはずなのに、やけに疲れるんだよな、とか。おかしいな、ご飯を少なめに炊いているはずなのに、最近ご飯があまるな、とか。

そして、こうやって、一緒にご飯を食べているときに、わたしはとうとう尋ねてしまうの。

「あなた、本当は死んでしまったのね」

あなたは箸をおき、薄く微笑んで、でもとても寂しそうに、わたしの頬に手を伸ばすのよ。

その手はついにわたしの頬に届くことはなくて、わたしは寒い部屋でひとり、あなたが消える瞬間を見るの。

「気付いてしまったんだね」

気付くともう、あなたの座椅子は空っぽになっていて、あなたの声だけが頭の中に響くの。もう平気だね。その声を、わたしは受け容れることができないの。わたしの中のあなたは、あんまりにもやさしくて、出会った頃のままのように、包むようにわたしを愛してくれていたから。昨日、わたしにおやすみを囁いてくれたあなたの声とおんなじだけど、受け容れられないの。

ぜんぜん平気じゃないの。

行かないで、ってわたしは声を出そうとするわ。でもうまく行かないの。もう平気だね、って、声は同じなのに、あなたのその言葉だけがわたしの気持ちと全然違うの。初めて、あなたがわたしを置いて行ってしまう。

わたしは、だから、その声だけはわたしの作り出した幻じゃないんだって信じようとするでしょう。きっと、本当に天国にいるあなたがわたしに声をかけてくれたんだって、信じようとするでしょう。

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