第26話 明けぬ日食のように ★

 前方にラムランサンとロンバードを乗せたクルーザーが見えてくると、イーサンはエンジンを切って惰性でクルーザーにモーターボートを近づけた。

 ラムランサンは開口一番、イーサンへの感謝と労いの言葉を口にした。


「ありがとう!すまなかったイーサン!大事はないか?」


 ラムランサン達の乗ったクルーザーは無茶が祟って洋上で動けなくなっていた。屋根も無くなりあちこちに弾跡が残るクルーザーから、ロンバードとラムランサンが狭いモーターボートへと乗り移って来た。


「嗚呼、無事でよかったですイーサン!何故、城へ戻って来たんですか?手紙読んだのでしょう?」


 ロンバードはとりも直さずすぐさまイーサンを抱きしめ、目尻に涙さえ浮かべていた。


「酷いですよ!こんな事になっているのに僕だけ除け者なんて!そりゃあ僕は役立たずですけど…」


「とんでも無い!私よりも役に立ったじゃありませんか」


 ロンバードがイーサンをもう一度抱きしめていた。まるでお爺ちゃんと孫のような微笑ましい光景だったが、その足元で伸びているノーランマークをロンバードは一瞥してこう言った。


「それに引き換えノーランマーク、貴方何をやってるんですか!あーあーそんなにボロボロにされてまあ、そんなんじゃあラム様の執事は到底務まりませんな!全く伸び代だらけですね、あなたって人は!」


 イーサンに掛けた言葉とは大違いに手厳しい評価に、信じられないと言う表情のノーランマークが首だけ僅かに上げて、どんな顔で言っているのかとロンバードを見た。


「誰が執事になるって言ったよ!そうですねえ、確かにオレはこんなザマですよ!あんたの足元にも及ば無いさ」


 怒鳴り返すものの直ぐにスタミナ切れで語尾に何の覇気も無い。

 そんなノーランマークの元へと飛び込んで来るラムランサンがいた。無事とは到底言い難かったが、生きて自分の元に帰ってきたノーランマークの姿を見た瞬間、ラムランサンの中で何かとてつも無く大きな物が爆ぜた気がした。


「ノーランマーク!良かった!良かった本当に良かった!大事無いか?」


 ラムランサンは何の照れもなくその首に抱きつき、首元に顔を埋め、血に混じる彼の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。


「イテテテテ…っ、ラム、これが大事ないように見えるか?

…手、緩めろ、苦しい」


 そう訴えても、ラムランサンはなかなかノーランマークを手放そうとしない。更にきつく抱きしめるとノーランマークの身体はあちこち痛んだが、腕の中に抱いているラムランサンの体温や重さが、ただ嬉しかった。


「死んで無ければ良い!」


 そう言うとラムランサンはすっかりご面相の変わったノーランマークの血だらけの顔中にキスの雨を降らせた。


「離れたのはほんの何時間だったが、お前に会いたかった、ラム。

もう観念してオレのものになれよ。本当の世界ってやつを二人で見よう」


 いつか聞いた言葉だったが、そこには以前のような尊大さは無く、共に肩を並べて歩こうとする、ノーランマークの優しさをラムランサンは感じた。

 甘い言葉を囁くその唇を、ラムランサンの方から奪うように塞いだ。

 その瞬間、二人の耳からあらゆる物音が掻き消えた。互いの深い場所まで探り当てるような激しさで舌を絡ませ、歯列を触れ合わせ、互いの存在を確かめ合った。


「好き。お前が好きだ。

私の全部はお前のものだ」


 吐息を弾ませながらそう囁くと、ノーランマークの太腿に座っていたラムランサンが、急いた所作でノーランマークのズボンのジッパーを弄り引き下げた。咄嗟の出来事にノーランマークは慌てて身動いだ。


「ラ、ラム?!何してる!」


「私の穢れを、お前自身で一刻も早く拭って欲しい。

獣の爪痕を早く清めよ」


 まるでここには二人だけしかいないように、ラムランサンは振る舞っている。掴み出したノーランマーク自身をいきなり口に含んで舐め濡らし始めた。

 その所業にイーサンとロンバードがギョッとなった。ロンバードは見ないフリを決め込むと、舵を執る事に専念し、イーサンは見てはいけないと思いながらも二人の睦事から目が離せなくなっていた。


 ノーランマークのソレは、待ち構えていたように固くそそり勃っていた。身体はボロボロでヨレヨレなのに、そこだけは別の生き物のように精気が漲っていた。

 ラムランサンは、脚に絡みつく凌辱の痕跡も生々しいサロンの裾を捲り上げ、疼きの中心へとノーランマークを誘うと、腰を深く沈めていった。


「ン、あ…っ、」


 穿たれた甘い熱塊にラムランサンの口から悩ましく熱い喘ぎが零れた。

 イーサンはそんな色っぽい声をラムランサンの口から聞いたこともなければ、目の前で、あの気高い男のこんな場面を目にする事など、もはや想像の範疇を超えていた。

 想像を遥かに超えるその光景に、疾走するモーターボートの上、強い潮風に晒されながらイーサンは、愕然として突っ立ったまま動けなくなっていた。

 自由に動けないノーランマークの上で、ラムランサンは思うさま腰を波打立たせて悦びに戦慄いている。

 愛しい人とする行為は凌辱と同じ行為でもまるで違う境地を教えてくれる。

 そんな思うままに振る舞うラムランサンを、ノーランマークは蝶の羽化を見るような思いで見つめた。あんなに頑なに見えたラムランサンの心が嘘のように解けているのが分かる。

 腕を伸ばしてラムランサンの頬を包むと、ナイフで傷付けられた一条の赤い傷痕を愛おしげに親指でなぞった。その掌にラムランサンが微笑みながら頬を懐かせて来る。そんな仕草が、ノーランマークには堪らなく可愛く思えた。

 棚引く黒髪にノーランマークは指を潜らせ己の方へと引き寄せた。半身を僅かに起こして熱く見つめ合うと、直ぐに唇は求め合い、何度目かの濃厚な口付けを交わし合う。


「もっとゆっくり動けよ。直ぐに達っちまったら勿体ない。お前をじっくり味合わせてくれ」


「何度だって達けば良いんだ」


 身体の中でノーランマークの熱を感じながら果てしなく長い口付けを交わし、揺れ合い、二人だけの世界に埋没して行く。


「サー・ロンバード!ら、ラム様が!あのラム様があんな事を!」


 目前で繰り広げられている行為に、動揺隠せないイーサンが、今更ロンバードの隣で慌てふためいていた。真っ直ぐ前を向いて舵を取るロンバードもヤケを起こしたようにモーターボートを操っている。


「イーサン!見なければ良いんですよ!」


「でも!だって!」


「うるさいですよ!イーサン!」


「だってだって声が!声がぁぁぁ〜っ!!」


「耳を塞げば良いじゃありませんか!もっと大人になりなさい!」


 従者二人の災難を他所に、モーターボートの後部で絡み合うラムランサンとノーランマークの姿は、日没の紫色の帳に隠されようとしていた。

 暗い海を真っ直ぐに走るこの船のように、この先どうなるか誰にもまるで分からない。行き先も、神託の事も、自分の死も、そして世界がどうなって行くのかも。

 今確かなことは、灼熱の太陽に月がピタリと重なるように、暗闇の中、明けぬ日食が始まったと言うことだけであった。


終幕




 


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『灼熱の太陽針の月★絶海の孤島』 mono黒 @monomono_96

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