第13話 矍鑠と仲間


 澤井はため息を吐いた。そして、天沼の机の上に山のようになっている書類を指さした。


「決済の書類が山のようだ。処理しておけ」


「はい」


「それから、9時からの部長会議の資料を通訳しておけ」


「はい」


 それから……と澤井は矢継ぎ早に指示を出す。天沼は漏れなく理解するように澤井を見返した。


「以上だ」


「承知しました」


 天沼の返答に澤井は伸びをした。


「おれは少し寝る」


「副市長。まさか……徹夜、ですか?」


「お前が来るまでは日常茶飯事だったから、気に病むな」


「でも」


「暗い顔されるよりはいい。さっぱりした顔しやがって。さっさとやれ。昨日の分、挽回してもらう」


「は、はい!」


 ——これは。まだまだ必要とされているってこと?


 十文字の言っていたことは間違いなかった。ふと安堵感を覚えてから、気を取り直す。腕の見せ所か。俄然やる気が出てきた彼は、会議資料のまとめに取り掛かった。


「それから」


「はい?」


「これからは週末、どちらかは必ず休め。いいな」


「は、はい!」


 天沼の返答に満足したのか。澤井はソファの長椅子に横になると、さっさと目を閉じた。


 ——どこでも寝られる。彼の持ち味はそのタフさかも知れない。


 出世する男の持ち味を目の当たりにした朝だった。



***



「サボり野郎がご出勤だぜ〜」


 自宅の片付けをして出勤すると、谷口はニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべるが、十文字は相手しない。


「すみませんでした。体調悪くなるなんて、おれらしくもないですよね。みなさん、ご迷惑をおかけしました」


 怯んで言い返してくるのかと思っていた谷口は肩透かしだ。


「大丈夫か。十文字」


 渡辺は心配そうな顔をした。


「ええ。すみません。休ませてもらったので、すっかり良くなりました」


 彼はにこっと笑みを浮かべると、有坂にも声をかける。


「有坂さん、歓迎会をお休みするなんて、失礼なことをいたしました」


 彼は顔色が悪い。きっと、渡辺と谷口にいじられたのだろう。以前、渡辺と谷口に絡まれたときの野原と同じ反応だ。


「いや。いいんだ。歓迎会だなんて名ばかりだったからな。休めたお前が羨ましい」


 そして冨田を見る。


「冨田、昨日は悪かった。幹事まで押し付けて」


「いいんですよ。十文字さん」


 彼のほうは有坂とは対照的に嬉しそうな顔。仲間として認められたという充実感だろう。


「さあ、仕事頑張りますよ!」


「なんだか晴れ晴れとしていて憎たらしい」


「やだな。谷口さん。おれ、昨日休んだ分まで頑張りますから。なんでもいいつけてくださいよ」


「ちぇ」


「じゃあ、芸術祭の会場設営頑張ってもらいましょうか」


 有坂の言葉に谷口は頷いた。


「そうだな。お前、頑張れよ」


「はい。お任せください!」


 素直な十文字は気持ちが悪いと谷口は言った。


「昨日の休み、絶対に体調不良なんかじゃない。いいことあったに違いない」と谷口は渡辺にこっそり告げ口をした。


「やだな。谷口さん。さ、みなさん、がんばりましょうね」


 十文字の機嫌の良さはそれからしばらく続きそうだった。






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突然ですが、付き合いましょうか。 雪うさこ @yuki_usako

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