第5話 亡霊から遠い場所
「○○さんは、気にしてたみたいね。多分、Ⅿさん私に勝った事以外で自信のある事が無かったんじゃないかと思う」
私は想像してしまった。何をやるにも中学時代の出来事を引きずって、私には下がいる、だから私は大丈夫、と言い聞かせて行動している成人女性を。
「怖い」
「うん」
「○○さんだけが悪いわけじゃないと思うよ。なんか私たちが通った公立の小中学校って、子供の頃の出来事が一生を左右しますよ、とかそんな感じの事を生徒に刷り込むところがあったじゃない?それが子供の心理に偏見を植え付けて、スクールカーストで下だったら人なら大人になっても下に見ていいって思い込みを持たせてしまったと思う」
「ああ、それはあると思う」
絢乃は今度は遠い目をした。
「まあ、この辺の学校だけでなく、時代の風潮だったのかもしれないけどね」
亡霊だ、と私は思った。でも、妹の絢乃は亡霊から逃げられたんだ。だから元気になったんだ、と私は思った。
しばらくして、私達姉妹は○○さんに再会した。デパートの買い物帰りに駅前の横断歩道で信号待ちをした時だった。無頓着に、というか無感動に妹は○○さんに話しかけた。私は心の中でちょっと身構えた。
「○○さん、どうだった?」
「何がよ」
「ぶちまけるって言ってたじゃない。私のこと」
「あれはもういいわよ」
「私の言った通りでしょ?私はイリーナさんじゃないのよ。でも、何だったら今からでも私の事訴えて良いわよ」
「なんでよ」
「私に傷つけられてて、今でもその傷は癒えてないんでしょ?」
暑い。話を聞きながら私は感じていた。逃げ場のない暑さ。八月はもうすぐ終わるっていうのに。私は視線を二人から逸らした。何かに気をとられたい。そこに黄色い炎のようなものが見えた。カンナの花だった。
横断歩道の近くには二階建てのアパートがあり、そこの小さな庭にカンナの黄色い花が少し端っこが茶色っぽくなりながら咲いていた。私の視線はそれに引き付けられた。風がない日で、カンナの花の炎は微動だにしない。
「別にそんな事しないわよ。だって絢乃、あんた今不幸でしょ」
「不幸?そう?」
「だって貴女、学歴も低いし、就職もしてないでしょ?不幸じゃない。私は自分より不幸な人に残酷なことはしない。私は貴女より幸せだから、余裕があるの」
その言葉は私にも聞こえた。怖くて振り返れなかった。○○さんの後ろにどろどろとした亡霊が絡みついている気がして。狂気という二文字が頭をよぎった。
信号が青になった。
「行こう、絢乃」
私は妹の腕をつかむと○○さんに会釈をし、早歩きでその場を去った。妹は苦笑いをしていた。
それからずっと黙って二人でずんずん歩いた。マンションの前に来た時、絢乃が口を開いた
「とりあえず不幸ってことで。身を守るために、ね」
「お、おう」
その日以来、幸不幸について考えると、カンナの花が目に浮かぶようになった。
終
なぜかカンナの花に結びつく 肥後妙子 @higotaeko
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