第3話 フランセジーニャ


 12歳の誕生日。

 それは盛大に祝われる誕生日でもある。

 ヴェルカ帝国の風習では節目とされる日がいくつか存在し、12歳はその日のうちの一つに当たる。

 先月、ディズも12歳となり、その誕生日を祝った。


 お祝いは豪勢であり、カワイイ弟妹からもプレゼントをもらい、皆から祝福された。

 そして、翌日には馬に乗り、故郷ポルフの隣にある鉄山の町ヴェイビットを訪れる。

 同い年の幼馴染の女の子オルウェイ・ハーヴェスと、誕生日プレゼントを交換するのだ。

 自宅同士が離れており、色々な事情で誕生日を直接祝うことができない。なので、先に誕生日を迎えるディズに合わせてプレゼントを用意して、二人で静かに祝う事にしている。これは出会ってからの毎年の恒例行事でもあった。

 正確には11歳のオルウェイだが、そこは細かい事なので気にしない。


 二人にとって恒例の場所であり、同時に思い出の場所である廃墟の教会。

 そこで二人は隣同士で座ってプレゼントを交換する。



「はいどうぞ」

「ありがとう。こちらもどうぞ。開けていいよ」

「はい、ありがとう。俺のも開けていいよ」

「わ、ネックレス。かわいい」

(チョーカーなんだけど……)



 ディズのプレゼントはチョーカーだ。

 マジックアイテムであり、成長と共に大きくなるのでずっと使っていられる。


 これはプレゼントに煮詰まったディズが継母エレナに相談したらそうなった。

 エレナは元冒険者。というより両親揃って元冒険者なのだが、エレナ曰く冒険者の間で女冒険者がチョーカーを付けていることが多いらしい。

 これは実用性を兼ねたお守りを意味する。


 よくある願掛けだ。

 その昔、高名な戦士であり冒険者であった女性がチョーカーを付けていた。

 それによって大敵の刃から首が守られて勝利した逸話からくるものだ。また、女性としての装いながらネックレスより邪魔になりにくい点もある。

 チョーカーのマジックアイテムも別段珍しくないので、女性の冒険者の半分くらいはチョーカーを付けており、エレナも愛用していたらしい。


 チョーカーの留め具の先についているのは加工された六角形の魔法石。

 魔力を貯める作用があるという事で、お世話になっているヴェイビットの魔法店で注文して作ってもらったものだ。



「似合う?」



 オルウェイはチョーカーを首につけて、顔を上げて首を見せてくる。

 流石マジックアイテム。オルウェイの首に綺麗に収まっており、苦しくもないらしい。



「似合ってる。さて、俺のは……ドックタグだ」

「そう。これね。ディズの名前を入れてもらったの」

(ちょっとかっこいいね。若干中二病のような感じだけど…………オルウェイの名前もあるのはなんで?)



 ディズはドックタグを見る。

 そこにはディズの名前が確かに刻まれていた。その裏には何故かオルウェイの名前もある。なんだかよく分からないが触れてはいけないと思い、細かい事は気にしない精神で行こうと決心する。

 ネックレス状になっているドックタグを首から下げる。



「どう?」

「似合う。それともう一つプレゼント」

「なに? 俺一個しか用意してないぞ?」

「これ、ちゅぅ~♡」



 オルウェイはディズの膝の上に乗り、首に手を回してしがみついてきて、そのまま流れるように唇を奪ってくる。



「ん~♡ どう?」

「……嬉しいよ。でも、毎回この流れでしてるような気がする。あと、誕生日関係なくここに来る度にしてる気もする」

「ヤベェ、バレた。ふふ、チュ♡」

「んっ」



 実質、オルウェイはディズの恋人だ。

 12歳で恋人というのも早い気がする。しかも、貴族と平民と言う身分違いの恋人だ。だが、元々最底辺の貴族なのであんまり気にしていないし、両親もその辺りに寛容だ。


 この行いも若干だがオルウェイのストレス発散のようなものだ。

 最近は特にだが、オルウェイは熱心かつ真面目に鍛錬をしている。

 魔法のトレーニング。勉強。最近では一緒に体も鍛えている。家ではHIITという高強度インターバルトレーニングを実行している。オルウェイも毎日二十分くらいは欠かさずやっている。


 10歳以降というのは色々と体の変化が如実に表れる時期だ。

 この時にトレーニングをするとかなり良い。

 子供の頃に身に付いた体形というのは、大人になっても影響するという研究結果もある。

 前世の時からディズは体を動かすのが好きな方だし、知識だけは有り余るほどある。


 そう言ったモノが終わると毎回コレである。

 もしくはデートになる。


 前世の真面目かつ実直な生き方を強要されていたようなディズでは、女の子どころか友達と遊ぶ時間さえも削り、そんな事を気にする余裕すらなかった。

 今の状況はまさに考えられない事態というヤツだ。

 自分がリア充という奴になれる日が来るとは思わなかった。



「汗臭くない?」

「ん~?」



 オルウェイはディズの首元へ顔を埋めて、鼻で深呼吸する。



「好きな匂い。ディズの匂い」

「やめて」

「イヤ。私は臭くない?」

「オルウェイは良い匂いだから平気」



 こうやってイチャイチャする時、ディズは基本的に受け身。というより、オルウェイが積極的なのだ。その為、ディズはよっぽどの事でも無い限りオルウェイにされるがままとなっている。


 感覚的には犬や猫に甘えられている感覚。もしくは子供に甘えられている感覚に近い。だが、そこに感じる確かな好意が男女のモノである事は理解している。

 ディズは誠意を持って答えているつもりだ。



「ディズぅ♡ ん~♪」

「んっ」

「ぷはっ、まだ帰らなくて平気だよね?」

「大丈夫。一人で来たから」

「やった~。ちゅぅ♡」



 つい最近になって、ディズは一人でヴェイビットまで出掛けられるようになった。

 馬に乗る事ができるようになったのと、魔法の実力を父親であるジョセスターに認められたのが大きい。


 我が家の専属メイドにしてディズの母親代わりであるバルバラには反対されたが、バルバラの夫であり、ガンフィールド家で最も冷静な専属筆頭執事オルソワール・ボストンの太鼓判を押したので渋々納得した。



「ちゅ、レロ」

「むぉッ!」



 オルウェイが舌を差し込んでくる。

 一体どこで覚えてくるのか。ディズは一瞬戸惑うが、こんなにたくさんキスしていたら一緒だなと観念し、それにも答えて舌を絡ませる。



「んん」

「~~~~っ♡ ん、んん、んちゅ♡」



 オルウェイが堪らないという感じで、首に回した腕でより強くしがみつき、強く唇を押しつけてくる。

 ディズも答えて片手をオルウェイの背中に手を回し、もう一方の手で頬に触れる。

 まだ子供とはいえ、女性らしい身体になりつつあるオルウェイに密着されると反応しそうになる。ナニとは言わないが――。

 おおよそ3分くらいの至福の時間を堪能したオルウェイが、ディズの唇から離れる。

 銀色の橋が二人の唇をつなげている。



「――――はぁ、ハァハァ。好き、大好きディズ」

「俺も好きだよオルウェイ」



 本心の一言だった。

 もう少しイチャイチャしたらデートにいこうと考えながら、今度はディズの方から唇を合わせるのだった。



「最近できた新商品の発案者は俺なの?」



 イチャイチャが終わり、二人ともプレゼントを付けたまま町をデートしている。

 いつものカフェへ行く。もはや常連客である。

 誕生日が終わって最初のカフェでは、ちょっと贅沢なものを食べるのだ。

 そこの女将が声を掛けてきて、前にディズが話した料理を再現して試しに発売したという。



「そうだよ。フランセジーニャさ」

「犯罪的B級グルメを作ってしまいましたね女将」

「発売してまだ3日なのに、今ウチで1番人気になったよ。えらい数が出るよ」

「発祥店を名乗って良いと思いますよ。他になければ、間違いなく最初のお店なので、いつできたかとか記録しておくと後生に残りますよ」

「そうかい? ならそうしようかね。もう名物にしてやろうかな」

「ぜひぜひ」



 このカフェはディズの大好きホットドックとタコスを出す店だ。

 この二点がカフェの主力商品だったのだが、両方とも地球の先進国では比較的メジャーな料理。現世のヴェルカ帝国の都会でもメジャーな料理だ。


 その理由は予想が付く。

 多分、過去にディズ以外の転生者が発案したのだ。


 この世界の転生者はディズだけではない。

 それは教会で見つけた転生者の書記によって判明した。

 転生者の中には、故郷である地球の料理を食べたいと思う人も絶対にいる。

 そんな人が考案したものだと考えられる。


 ホットドックとタコスの共通点は材料の用意が安易である点と作りやすさだ。

 他でも再現しやすいので、各地で波及されたのは容易に予測できる。

 そして、両方ともディズの大好物でもある。

 米や味噌、醤油よりも、最初に食べたいと思ったのがこの二つと言うくらいの好物だ。


 とにかくディズは多国籍料理が好きなのだ。

 そんな多国籍料理大好き男が激推しする料理がある。


 それがフランセジーニャだ。

 日本のような多国籍料理が食べやすい国でも、マイナージャンルであろうポルトガルの料理。


 名前の由来は『フランス人の婦女子』。

 発案者がクロックムッシュというフランスの名物料理と、フランスのオシャレな女性達を見て思いついた料理だ。


 作り方は単純。

 牛肉のステーキや、豚肉のハンバーグを土台にし、ソーセージ、トースト、ハム、チーズを乗せる。

 それらをトーストでサンドする。


 それだけで十分美味しそうなホットサンドを大きめの皿に添え、数枚のスライスチーズを使って上から全体を包み、半熟の目玉焼きを乗せ、トマトとビールで煮込んだ熱々のソースをたっぷり掛ける。

 最後にフランセジーニャを囲って、細いフライドポテトを付け合わせ、ソースにビシャビシャとひたして食べるのだ。


 ポルトガルの国民食。

 日本で言うラーメンやうどんのように店ごとにアレンジされて味が変わる国民の味。

 単純だが奥深い料理でもある。


 一言で言うなら絶対に美味しい。だが、カロリーの暴力で健康にも悪いのは明白。

 美味い料理というのは得てしてそういうものだ。ホットドック、ピザ、唐揚げ、たこ焼き、クレープしかり。



「おいしい! なにこれ!?」



 思わずオルウェイが叫ぶ。

 あまりの美味しさに感動しているようだ。

 もちろんディズも感動している。



「うっまぁ~」



 この料理は、一つを何人かでシェアするのが通例。

 オルウェイとディズは子供だが、食べ盛りなので余裕で食べきれる。

 すでにオルウェイは一人で平らげそうな雰囲気だ。



「チーズがトロロ~。ポテトも美味しいぃ~」

「なぁ~美味しいでしょ? これホント初めて食べた時、俺もオルウェイみたいに感動したんだよ」

「そうなんだぁ。あ、そうだ。はい、あ~ん♡」

「ん? あ~ん」

「あんたら見せつけるねぇ。本当に」



 呆れた表情の女将だが、オルウェイはお構いない。

 ディズは若干気恥ずかしいが、男は度胸である。それに断ったらオルウェイが悲しい顔をする。それはディズも見たくない。



「美味しかった~。これまた食べよ」

「だな。ホットドックも良いけど、たまにはコレも良い」

「ディズはホットドックとタコス大好きだよね。それ以外注文してるところ見たことない」

「至高の一品ですから」



 そこは譲らない。

 最後はホットドックに帰ってくる。

 ディズはそう信じている。



「そうだ。明日、先生に会える?」

「うん。明日迎えに来るよ」

「了解了解。待ってるね」



 ゴライアスラットとの戦いの後、オルウェイが剣術を習いたいと言い始めた。

 両親には反対されたらしいけどゴライアスラットの件もあり、護身術として許可をもらったらしい。

 オルウェイは末っ子なので甘やかされている節もある。


 そこで訪問していたジョセスターにオルウェイ自ら頼み込んだのだ。

 女子と男子では教える内容が変わる為、結果的にエレナが担当することになった。

 習い始めて既に一年以上経っている。


 ここでディズにとって若干だけど残念なことが1つ。


 オルウェイには剣術の才能があるらしい。

 エレナも思った以上の才能に熱が入っている状態だ。それを羨ましく、かつ切なそうに見ていた2人がいたのは男の固い秘密である。



「あれ? オルウェイじゃん」



 喫茶店のベルが鳴る。

 入店と同時に鳴るベルが開くと同時に聞こえてくる声。

 その主はオルウェイと同年代の少女。その他に3人の同年代の少年少女がいる。



「こんにちわ」



 ディズは先んじて挨拶するが、誰一人分からない。



「どちらさま?」

「あ、塾のね。同級生」

「……ついに遭遇した!」

(してほしくなかったぁ。ディズカッコイイから言い寄られてほしくないし)



 ディズはヴェイビットに数えられないほど訪れているが、何故かオルウェイの友人とは一度も会えていなかった。

 ディズはオルウェイに何度か会えないか相談した事もある。

 内面が大人なディズからすれば、同年代の子供と遊ぶ事は若干負担があるのだが、オルウェイとの関係を考え、オルウェイの知己とは仲良くすべきだと思っての行動だった。

 ただ、出会った時からディズに(面白い子とか色んな意味で)夢中だったオルウェイは、上手く二人きりになれる場所ばかりにいた事をディズは知らない。



「あ、もしかして! オルウェイが話してた新しい友達!? うわー初めまして! 気になってたの~」

「ああ、初めましてディズです」



 一人の少女がディズに近づいて、遠慮無く握手する。

 ディズは立ち上がって、握手を受け取る。


 一番小柄で細身で小動物チックな印象だ。

 オレンジ色のセミロングでサイドテールにしている。

 学校のクラスに一人はいるタイプ。男子とも分け隔て無く遊べる元気な少女という感じだ。



「え? あのオルウェイが嬉しそうに話してた子ってこの子のこと?」



 明るい茶髪を三つ編みで一つにまとめた少女。

 背が高く少し薄幸な印象で、大人っぽい感じがする。目が大きくてかわいらしい表情だ。背はオルウェイより少し高いくらいで、少しグラマーな感じがする。

 十二歳くらいなのに胸とかそこそこ大きい。



「嬉しそう?」

「あー、気にしないでディズ」



 オルウェイが気恥ずかしくなり、ディズを制止する。

 それを察して、疑問を口にするのを止める。



「君がね。よろしくね」

「どうぞよろしく」



 ディズより少し小柄の男子が声をかけてきた。

 分厚い眼鏡をかけており、髪の毛はクルクルの天然パーマだ。

 手を差し出してきた。

 それに答えて握手する。



「僕はジョシュア。小っちゃい彼女がロニー。こっちの背の高い彼女はリーシャ。で、こっちの体格が良いのがゼブルだ」

「小っちゃいって言うな!」



 ゼブルと紹介された男はディズよりも背が高い。

 シュッとしていてイケメンだ。髪の襟足が長くて、切れ目で少し鋭い印象。

 他の2人とは雰囲気が違って大人びている。



「よろしく」



 挨拶するが、ゼブルは顔を背ける。

 よそ者が気にくわないのだろうと即座に判断し、ディズはそれ以上の深い接触は止める。閉鎖的な世界ではよくあることだ。



「ねぇ、なんなら一緒に食べようよ」

「俺は構わないよ」



 オルウェイを見る。

 彼女の意見を聞かないのは良くない。



「…………」

(あ、嫌そう)

「もう……わかっ――」

「あぁ! ごめん! 俺とオルウェイはこの後、ちょっと用事があるんだったな」

「え?」

「ほら、おばあさんに呼ばれてるだろ? ごめんなみんな。おばさん! おつりは良いから! それじゃ、俺達はこれで」



 オルウェイは空気を読むべきだと判断したのだろう。だが、ディズがそれを阻止してお代だけ机の上に置いて、手を引いて店から出る。

 周囲は呆然とその様子を見ているが構う事はない。


 戸惑っている様子のオルウェイ。

 まだ12歳だから、ディズの真意を読む事はなかなか難しいだろう。察しの良い大人でも困難かもしれない。ただ、そこは強引に動く事で隙を見せなければいい。

 とにかくオルウェイの手を引いて、その場を離れて店が見えなくなる場所まで行く。



「ディズ?」

「嫌そうな顔したからさ。余計なお世話だったら謝る」

「……そういうとこ、好き」



 オルウェイがギュッと抱き着いてくる。

 ディズはそれに答えてオルウェイの背中を軽く叩いた。

 一分くらい抱き着かれて、満足したのかオルウェイは離れる。



「あの子たちと気まずくなったら、俺の所為にしてな」

「しないよ。大丈夫」



 オルウェイに手を引かれ、そのままデートをする流れになった。



一方、その頃――――



「男の子だって分かってたけど、なるほど見た目は合格点ね」

「なんでロニーが点数付けてるの? あ、おばさん。あの新商品2つくださ~い!」

「あいよ~」



 テーブルに着きながら会話をする女子2人の様子を見ていたジョシュアが、気になる点を指摘する。



「なんで男って分かったのさ? オルウェイが男なんて別に言ってなかっただろ?」

「そりゃ、オルウェイの話聞いてれば分かるわよ」

「ね~、カッコイイとかも言ってたし」



 女の子の方がませている。

 それは世界共通だ。



「ていうか。あの2人、できてるね」



 年頃の会話とはそういうモノである。

 ちっこい少女ロニーがニヤつきながら口にすると、言葉にお姉さんっぽいリーシャは顔を赤くする。



「できてるって? やっぱりホントに?」

「何ができるんだい?」



 リーシャは理解しているが、ジョシュアは意味が分からず聞き返す。

 こういう話題は男の子には分からない。



「あんたホント子供ね。二人は恋人同士ってことよ!」

「はい? そんな事なんで分かるのさ?」

「分かるって~。だってオルウェイ、絶対恋しちゃってるもん!」



 それに12歳となれば、色恋により強く興味を持って反応し出すには遅くない。

 誰が好きかの話題でからかうような時期はそろそろ終わりを告げる。



「そんな訳ないだろ」



 今まで沈黙していたゼブルが強く否定する。

 明らかに今まで以上に不機嫌だが、三人はいつもの事と意に介さない。

 そこでニヤニヤしながら口を開くのはロニーだ。



「なんで分かるのよ?」

「オルウェイはあんな奴の事なんて好きにならないって言ってんだよ」

「それ理由になってなくない?」

「あんな弱そうなヤツ。オルウェイが好きになる訳ないだろ? あいつは背が高くて強い奴が好きなんだよ」

「ふ~ん」



 ゼブラの不機嫌さはより一層増していく。

 その理由を知っているのはロニーだけだ。

 リーシャは鋭いようで鈍いところがある。ジョシュアは論外。

 どういう意味でゼブルがそんな事を口にしているのか。それを理解しているロニーはため息を吐く。



「あんた。前からそんなこと言ってるけど、オルウェイから男の好みって聞いたことあるの?」

「聞く必要なんてないだろ。アイツには好きな男がいるんだ。誰かは言わないけどな」



 それを聞いて驚くのはジョシュアだ。

 色恋とかに特別興味がある訳でもないが、町一番の美少女オルウェイが好きない相手となれば気になるのも当然だ。



「オルウェイン好きな人なんて初耳だよ!? ゼブルは知ってるの?」

「知ってる。でも言わねぇ」

「なんでさ!? 友達だろ? 教えてよ!」

「ダメだ」

「はぁ、僕だけ毎回のけ者?」

「お前は本ばっかり読んでるからだろ? 邪魔しないようにしてやってんだ」

「それは嬉しいけどさ。でも、誘われないのは仲間外れみたいで寂しいと思わない?」



 そのやり取りを見て、呆れているのはロニーだ。

 ジョシュアに対してもある意味呆れているが、一番の呆れを向けているのはゼブルに対してだ。



「……なんでそうなるんだか」

「なんだよ?」

「べっつに~。オルウェイと遊ぶ事、少なくなったのも理解できるわねって話」

「どういう意味だよ?」

「あの子。話して分かったけど、礼儀正しいし、結構イケてるし、それに凄い賢い。オルウェイも一緒にいて楽しいんじゃない?」

「なんでそんなこと知ってんだよ?」

「だって、オルウェイが色々知ってる賢い子って言ってたし。それにオルウェイがこの町の子供で一番賢いでしょ? あの子、もの凄く勉強するじゃん。最近なんて凄いよ。めちゃめちゃ勉強してるし、なんか運動もしてるらしいよ。お母さんが言ってた」



 そこに異議を唱えるのはジョシュアだ。



「待った。僕の方がテストの点は良いぞ!?」

「テストの点だけね! けどアンタはマヌケでしょうが!」

「酷くない!?」

「オルウェイは本当に賢いわよ? 色々知ってるし、一緒にいると色々アイディアとか出すからね。大人みたいじゃん? けど、そのオルウェイが凄く賢くて頭良いって言ってる。それってもの凄く賢いってことじゃない。しかも、貴族だって話よ」



 貴族という単語を聞いて、ゼブルが強く反応する。



「あいつ。貴族なのか?」

「隣町の貴族様の息子の話、知らないの?」

「あ、私もそれは聞いた事ある。凄い優秀だって噂だよ」



 その「凄い優秀」という言葉には、リーシャなりの色々な意味が込められている。

 今のヴェイビットの発展にジョセスターが関わっているのは、町の人間なら当然知るところだ。彼は多くの町人に慕われている明主だ。

 彼には息子がいて、よくヴェイビットに来ているという話から派生した噂という訳だ。

 ディズからすれば良い迷惑だが、噂とは尾ヒレが付くものだ。そして、案外噂通りとも言える。

 天才という訳ではけしてない。だが、転生者としてのメリットを生かしているのも事実だ。子供と大人の違いの一つに感情よりも理屈を優先するという点がある。

 感情を抑え込み、しっかりと理性を意識して動く事こそ大人として求められる事だ。それがディズはできている。大人から見れば、子供とは思えない言動と立ち振る舞いをしている。それだけで、人は天才と言うだろう。



「あいつがそうだと限らないだろ? 別に優秀そうには見えない。頭悪そうだ」

「そうかな~?」



 ディズの印象を悪く感じた人はいない。

 ゼブルだけがディズに対して辛辣なだけで、他の人間は第一印象が悪くない。

 むしろ好青年ならぬ、好少年の印象だ。


 ただ、ディズの目線から言えばゼブルの評価の方が正しいというだろう。

 ディズは一流とは言えない大学を出て、中小企業で働いていた一般人である。なので、前世の記憶というアドバンテージ以外は、あくまで一般人と変わらない。

 だからこそ、唯一の取り柄である魔法という一点を伸ばしている。

 短所は短所で放置して良いものではないが、長所を伸ばす方がよほど利益はある。



「どっちにしても、アイツとオルウェイが『何か』になっているなんて、ありえない」

「何かってなによ?」

「何にもなってないから、言う必要ない」



 くだらないと言わんばかりのゼブルの態度。

 ロニーはハッキリ言って、こういう態度こそがオルウェイから好かれない要因だと思う。幼馴染であるし別に嫌われてはいないが、多分よく分からない人だと思われていると推測している。



「『な』が多い会話だなぁ。そんな事より、二人は塾の宿題ちゃんとやったんだろうね? 流石に3週連続で見せろは横暴だと思うよ?」

「だから、新メニュー奢ってやるって来たんでしょ? もううるさい男はモテないわよ。おばさん! 話題の新メニュー頂戴! フラペジーニャ!」

「フランセジーニャだよ?」



 ロニーの注文をリーシャが訂正して注文した。

 適当な雑談の後、料理を女将が持ってきた。


「うわ、なにこれ。絶対美味いヤツじゃん」

「おいしぃ~」

「リーシャ食べるの早い」



 そこでロニーはハッと閃いた。



「おばさん! あの子のこと知ってる?」

「誰だい? 名前を言いなよ」

「オルウェイと一緒にいた男の子」

「ああ、よく来るよ。ディズはホットドックとタコスが好物でね。ヴェイビットに来ると必ず立ち寄ってくれるよ。最近では一人でヴェイビットに来てるみたいだしね」

「え? 一人で来てるの? どこから来てるか知ってる?」

「そりゃ知ってるよ。あの子はジョセスター様の長男だからね」



 ジョセスターの名前が出た。

 これは確定だ。予想があったことで女子達はにこやかに笑う。



「やっぱりポルフから来てるんだ。貴族の息子だ」

「驚いた。ほんとに貴族だったんだね。にしては気さくだね」

「あの子が、フランセジーニャを提案したんだよ」



 その言葉を聞いて、全員が素直に感心してしまった。

 そして、やはりという感じだ。自分達の見立ては間違っていなかった。

 面白くなさそうなのはゼブルだけだ。



「ちっ」



 ゼブルはフランセジーニャをフォークで雑に刺した。



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人生再起は波乱万丈~転生者が至高の魔法使いになるまで…~ ユースケ @asutoroinodo

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