第2話 団欒の中で


 ディズという少年がいる。

 現代日本から転生者。見た目は子供、頭脳は大人を地で行く男である。

 そんな男は最近、爵位は低めだが貴族である父親の業務を手伝う事が増えていた。

 現代日本で多少なりとも社会人の経験を持っている男は即戦力ではあるが、やはり大事な事はしない。何せ見た目が子供だから。

 ただ、ディズもあんまり責任が重い事はやりたくないので十分に思っていた。



「冒険者ギルドを招集する事になった」

「ゴライアスラットの一件が原因?」

「それもあるが、他にも色々ある。周辺の人間に声をかけて賛同してもらったんだがな」



 父親であるジョセスターと、義母エレナであるエレナがリビングで話し合っていた。

 本来は家族の憩いの時間。しかし、二人とも貴族でありながら元

 暖炉の前に敷かれた絨毯の上で可愛い妹クリスティーナを膝の上に乗せ、爆睡する可愛い弟マティアスのお腹をポンポンと叩きながら、ディズはその話に耳を傾けていた。



「まぁ、一番は侯爵家が強く推した事だろう」

「ゴライアスラットの原因のくせに?」

「ハハハ、むしろ原因だからだろ。就任した現当主は若いし、政務のほとんどを手探りの素人。そして侯爵という立場があるからこその駆け引き。地方の治安問題は冒険者に任せたいんだろうな」



 ゴライアスラット。

 それは属に言う魔物という生物であり、人類の敵である。

 最近、上級貴族の不手際で大変な騒動となった。その一件にディズは深く関わっているのだが、口は禍の元なので何も言わない。



「でも、支部って? リバー=ド=ブリアがこの辺りで一番近い支部でしょ? そこが動く訳じゃないの?」

「そこまで遠くは無いけどな。この辺り全域を守れるだけのギルドとなると、ヴェイビットかカントルフのどちらかだ」



 商行都カントルフ。

 農業の町ポルフと、鉱山の町ヴェイビットの二つの町と程近い町であり、この辺りの商業の交通拠点でもある。

 巨大な交通網である街道へ繋がる町だ。別に街道沿いにある訳ではないが、立地ゆえにポルフの農作物や食料品。ヴェイビットの鉄鋼は一旦カントルフへ集まる。

 ヴェイビットに貴族はいないが、カントルフにはいる。



「侯爵家はポルフとヴェイビットにも駐屯所を置きたいという要請をギルドへしたんだ。問題はギルドマスターと駐屯長を誰にするかだな」

「そうね。半端な奴が来ると面倒だし。冒険者って人によっちゃならず者より厄介だしね。ジョセスが駐屯長になれば?」

「それはギルド側が拒否するだろ? 貴族とギルドが癒着すると碌な事にならない」

「アナタはそんなこと……ああ、賄賂とか送られそう」

「そういう事だ」



 もっと詳しく知りたい。

 ディズは移動しようとするが、膝の上に妹のクリスティーナがいるので動けない。



「クリス、ちょっといい?」

「イヤ」

「…………」



 自分も大概だが、この子もブラコンになったなと思う。

 だが、成長と共にそれも無くなっていくと思うとどこか切なくなる。



「実は元冒険者だから、推薦できる人間はいないかと聞かれてな」

「えぇ? 冒険者で?」

「冒険者って粗暴なんですか?」



 我慢できずに聞いてしまった。



(大丈夫。マティは一回寝たらなかなか起きない)



 夜泣きが酷い時期は越えて以降、マティの眠りは非常に深い。

 そこそこ騒いでいても起きないのは立証済みだ。



「ん? まぁ、色々いるな。一応冒険者ギルドの規定は厳しいんだが、全てに目が届く訳じゃないからな」

「信用第一の世界だけど……人間、魔は差すからね。ディズは自分を律するように生きなさいね」

(人間は自分を律するのが一番難しいんですけども……)



 二人の話は分かりやすい。

 冒険者とは良くも悪くも戦いの世界で生きている。

 他のギルドに比べて冒険ギルドは非常に敷居が低いのが特徴だ。その為、全てのギルドの登竜門的存在でもある。


 こういう事例がある。

 冒険者ギルドに所属して活動していたが、いつしか職務内容が荷運び系に偏った。なので、商業ギルドには荷運びを専門に取り扱う運送部門が存在している。

 そちらの方が高給なので移籍する。


 こういう事が頻繁に起こるのが冒険者ギルドである。

 では、冒険者ギルドで名声を高める人間はどんなものかと言えば、武力と武芸などの荒事特化型の人間だ。

 一流冒険者とは努力や才能。そして運を兼ね揃える事で得られる地位。

 その地位に至れば、その辺りの人間など目じゃない財産も得られる。



(冒険者ドリームって感じか)



 確かに夢はあると思えた。

 富も名声も手に入る。俗にいう英雄や勇者になれる。

 だが、現実はそんなに甘くはない。道半ばで死んだ者も多いだろう。いや、ほとんどが道半ばで散っているはずだ。そして同時に、現実を知って挫折し、くすぶってしまった人も多いはずだ。



「田舎のギルドって言うのは物好きしか来ないんだ。隠居したい冒険者とか、ランクとか名誉とか振り回されるのに飽き飽きした奴とかな」

「その事は言ったの?」

「言ったが、侯爵様は聞かなかったよ。大分肥えていたしな。ありゃストレスでドカ食いしている。そのストレスの原因の一つを消したいんだろ」

「まぁ、お取り潰しにならなかっただけラッキーだから、ストレスも溜まるわよね。で、ギルドか。悪くないけど良くもない案ね。いかにも貴族が考えそうな感じ」



 元冒険者だけあり、両親共にその辺りの貴族への評価がシビアだ。

 エレナ曰く、まだ兵士の駐屯地を作った方が確実だという。だが、兵士では機動力と臨機応変さに欠けるという欠点もある。

 冒険者に白羽の矢が立つのも正しいとのことだ。



「ポルフとかヴェイビットが故郷の冒険者を探すとか?」

「大体が田舎に嫌気がさして出て行ったのに戻ってくるか?」

「あぁ、そうよね。ポルフは良いところだけど、退屈と言えば退屈よね」



 ディズの記憶で言うところのUターン就職だ。

 ディズの生きていた時代ではUターンは活発だったような気もするが、積極的に田舎から出ていきたい人間も少なくなかったのを記憶している。



「一番確実なのは、自衛団を作る事だが……」

「手間過ぎるでしょ?」

「そうだな。時間も労力も金もかかり過ぎる。それに一番の問題は冒険者としての仕事があるかどうかだ。作ろうと思えばいくらでも作れるが、実質便利屋になるな」

「確かに……いや、冒険者って便利屋でしょ? そこは仕方ないんじゃない?」



 難しい問題だ。

 元々ゴライアスラットの件が異常だっただけで、そもそも平和な土地なのだ。

 ヴェイビットなら冒険者も顔を出すらしいが、ポルフではディズが生まれてから冒険者が来たという話はあまり聞かない。

 意外と美味しい酒を求めて観光客は来たりするが――。



「ねぇ父様。母様」

「なんだ?」

「うちの町の人と冒険者をお見合いでもさせればいいんじゃないですか?」

「…………なに?」



 ディズは前世の記憶で思い出していたことがある。

 それが結婚を機に地元へ戻った人の話だ。

 よく聞く話だが、分かりやすく言うと都会よりも田舎で子育てがしたい人。もしくは結婚したいから地元で恋人を探す人。

 そんな人がいた記憶があるのだ。


 冒険者だって、そりゃ結婚願望がある人間もいるだろう。

 特にくすぶっている人間だ。大見え切って都会で冒険者になったけど、現実を目の当たりにした結果、世の中でよくある所帯を持つ幸せを求めるようになった人物。

 切ない話だが、そういうのは本当に珍しくない話だ。



「つまり、ウチの町やヴェイビットに定住するかわり、職を用意して、緊急時は冒険者になってもらう。かつ若者と見合いをさせるという事か?」

「もちろん、強制は良くないですけどね」



 いわゆる移住支援である。

 住む場所。仕事。その他もろもろ特典支援するから、兼業の冒険者として移住してください。あと、見合いもさせてあげるよ。という事である。

 移住支援の中で、結婚の仲人的なものはディズも聞いた事が無かったが、一つの手としてはありのような気がしている。



「……ありだな」

「ありね」

(……ありなのか。そんなに未婚者いるっけ?)



 ディズは父親の仕事を小遣い目当てで手伝っているが、町の内情にはそこまで詳しくない。



「良いぞディズ。その線で行こう」

「お見合いってそんな集まります?」

「何を言ってる? 田舎は子沢山なのは当たり前なのさ」

(それ以外に娯楽が無いってことでもあるんだけどなぁ)



 貧民層に子供が多い理由の一つに挙げられるのが、男女交際以外に娯楽が無いからだ。娯楽や仕事が多様化すると、それだけ出生率が下がるというデータは確かに存在している。



「ま、その辺りは調査するさ。それで行けるなら、その案を採用だ」

「ホント、ディズは突拍子もない事を思いつく子ね」

「…………なはは」



 真に偉大なのは、こういう発案をゼロから出した人だ。

 マネして実行するのも大事なのは間違いないが、ゼロから作り上げる事はできないディズはちょっとだけ申し訳ない気持になる。



「ま、いいか」



 ディズだってファンタジーな異世界に転生したのなら、冒険とかにも興味はある。

 必然的に冒険者ギルドにだって興味があるのだ。それが上手く運ぶなら、それに越した事はない。



「忙しくなるな」

「そうね。この案ならやる価値あるわ」



 ジョセスターもエレナもスッキリした顔しているけど、問題は残っている。



「ところで、ギルドマスターとかはどうするんですか?」

「「あ」」

(忘れてたんかい)



 一番の難題が残ったようだ。

 家族の団欒の場に、ティーセットをツールカートに乗せたバルバラが現れる。

 彼女はディズの実質の育ての母である。

 バルバラはトレイに乗ったティーセットをテーブルに置く。すると、今までディズの膝の上に乗っていたクリスがスッと動き出す。

 クリスは甘いものが大好きである。



「……現金な子だな」

「旦那様」



 ディズのつぶやきに被せってバルバラがジョセスターに一枚の手紙を渡す。



「速達で届かれましたよ」

「なんだ? ……あぁ、これは」

「なに? なんなの?」



 ジョセスターが手紙を受け取り、便箋を見て少し目を見開く。エレナがその反応に興味深そうにしている。

 そして、ジョセスターはディズの方を見る。



「ディズ。例の話だ」

「……例?」

「ほら、お前のレベルアップの話」

「…………………………………………………………ああ! あの話まだ生きてた?」

「当たり前だろ!?」



 一瞬どころか結構な時間、思い出せなかった。

 自分で言ったのに忘れていた。というか時間が大きく開いたことが気になる。車のような移動手段が無い事を考えれば妥当のような気がするが、流石にこれだけの時間がかかると流石のディズも忘れるというモノだ。



「冒険者なのだが、ちょっと癖の強い奴でな。とりあえず話をしてみろ」

「分かりました」



 自分をプレゼンする必要があるという事だと瞬時に理解する。

 この件に関しては、ジョセスターとディズとの間だけで進んだ話でもある。



(きっとその時になったら、クリスとか大泣きしそうだな)



 そうであっても自分のレベルアップの為に妥協はしない。

 一つの妥協が連鎖して怠惰へと変化したら、そこで自分はきっと一生停滞すると自己評価している。



(なるようになるさ。とりあえず、オルウェイには話しておかないとな)



 動き出さなければ始まらない。

 逆に言うなら動きさえすれば、何かが起こる。ディズはそんな事を考えていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る