第30話 熱気
山口が発した漫画の熱血キャラのような言葉を理解できず、
一瞬の沈黙が生まれた。
「…へっ?」
「ん?なんか変なこと言ったか?」
「友達に対して「お前は友達だ」なんて面と向かって言うものかなぁ。。かえって友達じゃないから確認してるみたいだぞ。」
「それはお前が友達を分かってもいないし、知ろうともしないからだよ。お前は友達を知らないだろ。」
僕には友達を知っていると肯定することも、知らないと否定することもできない。
そんなこと考えたこともない。
山口は続けた。「ありがとう。ごめんなさい。いただきます。ごちそうさま。とかは言葉に出すだろ?好きだとか、嫌いだとかも口にするだろ?それと一緒だよ。」
こんなに恥ずかしくて、暑苦しい言葉が、山口が言うと春の夜風のようにスッーと耳に伝わってくる。
「わかったよ。でも山口にはたくさん友達いるだろ?たくさん友達がいるんだから、僕と友達にならなくたって困らないだろ?」
山口はため息をついた。その姿を見て自分で口にした言葉が、この空間の居心地を悪くしたことを悔いた。
相手の優しさや好意の言葉には、愛想よく無難な言葉で返す。人前で繰り返してきたはずだった。これまでのことを忘れて、リズムを崩した結果、そばにいた人を傷つけていく。
「困る、困らないじゃない。友達になりたい、なりたくないじゃない。友達だと思ってるかどうかだ。」
「…そうか。ありがとう。まぁ、ほどほどにな。」2人の価値観の中間地点もわからないまま、僕はこのやりとりを続けることをやめた。
山口のジァイアン理論は男前だとも思う。仲間と過ごす青春や、大冒険ストーリーにはもってこいで、多くの人々の目や耳を通して知っているはずの皆を引きつけそうな言葉だ。
その一方で、友達とは相互の関係性ではないのだろうか。愛されたければ、愛せということなのかも知れない。それは逆説的に、愛したから愛されるとは必ずしも限らない。
このギャップと言葉の重みに耐えかねて、僕はトイレへと席を立った。
用もなく、1分程トイレの鏡の前に立ち、何度か大きく息を吐き出し、
なんとなく手を洗い終え、席に戻ると山口は電話をしていた。
僕が戻ってくる姿を見ると「また夜にかけ直すわ」と言って電話を切った。
「全然構わないよ」
「いや、いいんだ。大したことじゃないし。」
「そっか。」
「なぁ、このあとどっか行かないか?」
「いや、、ちょっと夏バテ気味だし、食べたら眠くなってきたから今日は帰るよ。」
「そうだったのか…。来てくれてありがとうな。お大事に。」
さっきのやりとりも、バテる原因になったことは否定できないが、傷つけないように無難に断った。
山口は食べ終えた後ペーパー類をトレイに乗せて、席を立つ準備を始めた。
律義に少し几帳面な程度に、テーブルとソファをサッと拭き片付けを終えると、
トレイの返却場所に向かった。
返却後、店の階段を降りてお店の自動扉の前に立った。
自動扉が開くと、夏の暑さに加えて湿気を帯びた、
いつもの夏の空気が伝わってきた。
15歳の距離感 識名 たつみ @t-shikina
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