ある休日の過ごし方

いつも「ピアノ男子の憂鬱」を応援いただきありがとうございます。

ある一日をさらりと、初の視点で書きました。



「あ~~あ、つまんないなぁ~~~」


2階のベランダから見える海は、今日も綺麗。

天気もすごく良くて、お洗濯日和か。


今日は、これといってやることがない。


レッスンはお休みだし、会社の仕事もすべて終わっているし、朝起きてスマホを見ても誰からも連絡がきていない。


ピアノ…ピアノでも弾いたら気が紛れる?

でも何を弾けばいい?何が弾きたい??


コンクールやイベント類の日程が書き込まれたカレンダーを見る。


「田園は…ある程度仕上げて、送り出しちゃったもの…」


朝起きてもやることがないなんて、さみしい独身三十路のオンナの典型だわ。


「あ~あ、こんなことなら振替レッスンでも入れたら良かった…」


テーブルに置いてある田園の楽譜をめくる。

今日は生徒のタケルくんがアナリーゼ講習会を受ける日。


時計を見ると10時過ぎた頃。


どうしてるかな、そろそろ始まった頃よね。

ちゃんと出来てるかしら?

圭吾がいるから、何かあっても大丈夫だと思うけど…


なんか心配なのよね、しっかりしているようで、フラフラしてて。

体ばっかり大きくなっているようで、時々大人みたいな演奏をして…。


あんなに、ちっちゃかったのになぁ…。


「…洗濯しよ」




洗濯とブランチを終え、YouTubeでタオチャンネルをチェックする。

「悲愴の第3楽章か~なるほどね~保木先生らしい選曲だよね~」


演奏を終えた後の、変わりない彼の笑顔にホッとする。


やっぱり好きなだなぁ、タオくんの演奏。

いつまでも手元に置いておきたいくらい大好きな演奏をする生徒だったけど、地方都市に住んでる限り、進学のために地元を離れることはよくあること。


新しい地でもピアノを続けて、私がいつでも聴けるようにしてくれるなんて、ホント、可愛すぎる生徒。


「可愛い顔してるし、これは新時代のピアニストYouTuberとしてもっと活躍できるかも」


楽しみだなぁ、どんな大人になるんだろう。

大物になっても、時々は顔出して欲しいなぁ。


太一くんは、渋い感じの大人になりそうだし、優弥くんはジャニーズ顔のイケメンだし、

面白くて楽しみな男の子ばっかり。


「みんな、スペシャルピアノ上手いしね~!」


彼らが演奏している動画をスマホで聴いて幸せに浸り…

少し迷ってから、お気に入りフォルダに入っている動画をタップする。


「………やっぱり、好き」


コンクール前日に録画した、レッスン室での演奏。


「し…しびれる…これ、ホントに永久保存版にしとかなきゃ」


なんでこんな私好みに演奏をしてくれるんだろ。

私でも、こんな風に弾けないよ。


トボけた演奏して心底ガッカリさせることもあるのに、時折、神がかった演奏をする。


不安定だなぁ。


不安定だからこそ、なのかなぁ…。


よく分からないんだよね…。


君のスイッチは、いったいどこにあるの?


「…そうだ!!!」


彼の演奏するラフマニノフの動画が終わったと同時に、私は行きたい場所が思いついた。




「いらっしゃいませ~」


男性の声でお出迎えされる。

小さくて、可愛い雰囲気のお店…


ショーケースの向こうから、少し小太りな男性が笑顔で私を見る。

「あ…こんにちは」


きっと、ああやってタケルくんもお仕事してるのね。

なんだか新鮮!


ケーキが並べられているショーケースを見ると、記憶にあるケーキがあった。


「あ!このケーキだ」


つい指をさしてしまい、ハッとする。

失礼だったかしら。

謝った方がいいかしら、と思った瞬間


「もしかしてタケルくんの先生ですか?!」


ん?


思いがけないことを言われて、男性を見上げる。


もしかして…私…身元バレしてる?!

どうして?なんで?!

っていうか、って何?!

でも落ち着いて。

ここは、生徒のバイト先。

みっともない姿を晒すわけには…


「あ、あの…タケルくんがお世話になってます」


「いえいえ、こちらこそ。すみません、やっぱりタケルくんのピアノの先生ですね。このケーキを指さされたので、もしかして、と思って」


それだけで?

このケーキに何かあるのかな…


「この前は、私にまでケーキをプレゼントしてくださってありがとうございます」


でも、このケーキを指さしただけで気付くということは、きっと、この人がタケルくんにケーキを持たせてくれたのだと、お礼を言う。


「たくさん種類があって迷いますね」


「ありがとうございます」


この人、すっごいニコニコして、優しそうな感じ。

これなら、タケルくんでも楽しくバイトできてそう…


「どうしようかな…一緒に食べる相手もいないしなぁ。この前いただいたケーキがとっても美味しかったから、同じものを一つずついただけますか?」


「はい、かしこまりました」


優柔不断な方ではないけど、こんなにケーキがたくさんあると迷っちゃうわね。

タケルくんだったら、どのケーキを勧めてくれるんだろう。


「お待たせしました、ぜひまたいつでもお寄りください。今度はタケルくんがいる時にでも」


お会計を済ませ、ケーキの箱を受け取る。


「ええ…でも、タケルくん、私が来たら嫌がるんじゃないかしら…」


高校生って多感な時期だし。あんまり彼のフィールドに土足で上がるのも気が引けるな。


「そんなことないと思いますよ。タケルくん、喜ぶんじゃないかなぁ」


「そうですか?」


「はい!タケルくんは先生が来てくださったら、絶対に喜びますよ!!」


そうかな…露骨に嫌な顔されたら、さすがに私でも傷つくんだけど…


「じゃあ今度、タケルくんがいる時に、新しいケーキに挑戦しますね」


「はい!ぜひ!」


お店を出て、車に乗る。


ああ…びっくりした。

まさか身元バレするなんて思ってもみなかったし。


でも…先生って何?

私、あのケーキ屋で、どんな風に言われてるの?!

タケルくん、私のこと何て言ってるの?!

今、感じで振る舞えてた?!


身元バレする可能性なんて、ひとつも考えてなかった。もう少しちゃんとした服来てくればよかったな…。

車移動だから、完全に気を抜いた服装だし…。


もう、タケルくんにはケーキ屋に行ったことは黙っておこう…。


自分を落ち着かせて運転すると、タケルくんが通っている高校の正門前の信号で赤になった。


タケルくんが通ってる高校…。


そういえば、いまだに制服姿、見せてもらってないんだよな。

見たいって言ったら嫌がられるかな。


ここにはきっと、私の知らないタケルくんがいる。


どんな高校生活を過ごしてるの?

彼女はいるのかな?

ゴールデンウィークに偶然会った時に一緒だった女の子が彼女なのかも。


高校って色々あるもんね。

私も高校時代って、ほんと色んなことがあったもんなぁ。

そういえば、圭吾と出会ったのも高校だった。



私が見ているのは、彼のほんの一部に過ぎない。

ピアノという共通点だけが、私たちを繋いでいる。


彼と一緒に、あとどれだけの音楽が作り出せるだろう。



―――思い返して、つい笑ってしまった。


なんか、私も一緒に青春みたい。

眩しいわ、青春って…


―ある休日の過ごし方 完―


お読みいただきありがとうございました。

初の、はるか先生目線の短編。

読んだ人だけが分かる、第4部のはるか先生の「好み」と絡むような短編、ということで書きました。

この短編は、書いていくうちに続編や視点を変えたものも思い浮かんでいるので、また機会があれば描きたいと思います。

明日より、カクヨムさんでの更新をし忘れていた、圭吾視点のスピンオフ「運命の女」第2部をスタートさせます。

まさかの、恋愛こじらせまくった昼ドラ主人公のような圭吾で年越しとなります。

はるか先生の高校生時代とリンクさせながら、物語が進んでいます。

よろしければ年越し、年明けとお時間のある時にでも覗いていただければ嬉しいです。

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ピアノ男子の憂鬱 はる@ピアノ男子の憂鬱連載中 @haru-piano

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