アーバンコートの牧村

フカイ

掌編(読み切り)





「アーバンコートの牧村です」

「ヒルサイドスクェアB棟の吉川です」



生後半年の娘をつれて、区が行う乳児相談会に参加した。

区役所のすぐ隣にある市民会館の、中会議室。その静かで清潔な部屋の中は、生まれて間もない子ども達に日々振り回されている、新米ママ・パパであふれていた。



わたしの住むマンションの部屋は、港湾地区の倉庫街を市街地として再開発した中にあり、高層マンションが雨後のタケノコのごとく林立している。そういった物件を35年ローンで購入し、まっさらな新しい人生を始めた若い夫婦が、ぐずる子どもを抱っこして、ここに集まっているのだった。



講習会がひと通り終わり、最後に参加者どうしのコミュニケーションタイムとなった。

初老のよく太った女性スタッフに促され、カーペット敷きの広間に車座になったママ・パパ達がひとりひとり、かんたんな自己紹介をして、今日の感想を述べる。



その時、わたしは奇妙な落ち着かなさを感じた。

「ブリリアントテラスの大山です」

わたしの隣の若いママも、そうやって自己紹介を始めた。

「ブリリアントテラス」も「アーバンコート」もすべて、マンション名だ。

彼女達は、自分の名前の肩書きに、自分の住んでいるマンション名を語っていた。



違和感。



かんたんな自己紹介をするときに、マンション名を語ることに、だ。

わたし自身もマンション住まいだけれど、それを自分の名前の前に、アイデンティティーを語る一部として使うなんて、わたしには考えられない。



コミュニケーションションタイムが終わり、会がお開きになると、その「マンション名肩書き」の意味がすぐに判った。

それは新興住宅地ゆえの越してきたばかりの地縁のない人々が生み出した生活の知恵なのだ。ママ同士の横のつながりの薄い彼女達は、そのマンション名を聞き、自分と同じところ、あるいは近くに住んでいるママを見つけ、声を掛け合っていたのだった。



ナルホド、とわたしは思う。

そういう意味なのか。

わたしは自分の頭の固さを呪った。わたしだって、仲良くなりたいのに。子育ての不安を分かち合う、ママ友だちが欲しかった。だからこういう場に参加していたのに…。



けど、それと同時に、そういうふうに自分を紹介してしまえる彼女達とは恐らく、心を打ち明けあう友だちにはなれないかもしれないな、と思った。

きっと、そういう頭の固い女たちも、中にはいるだろう。

コミュニケーションタイムが終わったら、そそくさとそこを出ていってしまった何人かの背中は、わたしにそんな想像を促した。

わたしは多分、そんなわたしに似た誰かとそのうち巡りあうだろう。

そしてこの、乾いた街で、すこしずつ心を通わせるようになるのだろう。



そんな風にわたしは思い、すやすやと眠る娘を抱いたまま、会場を後にした。

わたしの向かう先は、キャナルフロントB棟の1002号室だ。


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アーバンコートの牧村 フカイ @fukai

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