最終話 永遠に火遊び

 「なんだい見せたいものって」

崖下を覗いた化狐は、無数の金色の鬼火が点在する広場の真ん中で、濃緋(こきひ)の炎と見まごうばかりの角兎を見たのです。角兎は、大兎となってからというもの、首のあたりに、人間でいえば襟巻のような豊かな毛が生えている。さながら獅子の鬣(たてがみ)です。それは鮮やかな濃緋。さらに、手袋を履いたような両手も、尻尾の先の丸い毛玉も、濃緋。その鮮やかな部位が、実際に燃えているわけでもないのに、夜の闇の中で鮮やかに光って見えるのです。化狐が最初に角兎を見つけたのもその効果のせいでした。いま、その濃緋の炎の周りには、一層盛り上げるように、十重二十重にちろちろと小さな鬼火がひしめいています。それは今すぐそこへ参加して鬼火と踊りたいような気持ちにさせました。鬼火も角兎も熱い色をしているのですがどこか冷気を漂わせている。それが化狐には、この世ならざるものが幸運にも可視化されているように見えて、ものすごい夜景です。

「これは綺麗だね、拍手ものだ。そうだ、いい思い付きがあるよ。君の色、濃緋におれの鬼火の色を混ぜたらどうかな。もっと映えるんじゃないかな。」

ひらりと広場に降り立った化狐は、自分の尻尾、勿忘草色の炎がめらめらとゆれながら形作る鬼火をひとつかみちぎりました。その小さな青い火を、角兎の豊かな、柔らかい体毛に近づけました。すると丁度絵具を混ぜ合わせるように、青と赤が混じりあい、紫が生まれました。紫色は雲の模様を描いて、角兎の体の表面を踊りました。その不思議な、美しい色に角兎は小さく歓声をもらしました。化狐がいなければきっとお目にかかれなかった鮮やかな紋様。新しい色。化狐はにこにこと満足気です。それを見ていた角兎は彼の変化に気づきました。彼の胸のあたりには、丁度兎と同じように、ひとかたまり毛が多いところがあるのですが、その色が元々の勿忘草ではない。角兎の色である、濃緋の毛束が、ひと房。

いつのまにやら盗んだか。角兎の断りもなしに。鮮やかな手口です。

「化狐さん、その胸毛の色、私のよ」

角兎が苦笑しつつ指摘すると、化狐はごめんねと謝る。

「ねえ、お手玉って知ってるかい。これも人間の遊びなんだ。」

化狐はそう言って、足元に灯った鬼火をすくって放り投げ、それを何度か繰り返して

ジャグリング。弧を描いて金茶と勿忘草の鬼火が追いかけっこをしている。上手なもので少しも乱れない。鬼ごっこは終わらない。鬼火と陰火の鬼事。それを見ていると角兎はざわざわとして血流が激しくなる。新しい玩具が目の前に用意されたので、遊びたくてたまらないのです。化狐はうずうずしている角兎の情熱を察して、さてどうやって盛り上げてやろうかなと笑う。


人間のことを少し書いておきます。

ひとり、化狐を狙った猟師。彼は顔色がたいへん悪い痩せぎすの男でした。そのくせ目だけはギラギラしていました。その眼でたくさん遊び殺してきました。彼の顔色の悪さは身体の具合の悪さ。今頃は病院で患いの宣告を受けている。

もうひとり、鬼火の夜景の目撃者。小学生。嫌々習い事をする灰色の毎日に、椿事です。白い狐。大きい兎。小学生には大変かわいらしく無邪気な生き物に映りました。この二匹が織りなす幻想の宴は、特別な一回こっきりの、秘密の映像。


邪魔者がいなくなりました。

兎を食う狐も狐を撃つ猟師も、きれいに片付きました。

角兎と化狐の頭の中に、影も形も残ってはいません。

あるのはただ目の前の踊る鬼火ばかり。お互いの笑顔ばかり。

尽きぬ火遊び。






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角兎の火遊び 火楽 @hirakq

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