第5話 火遊び
角兎は化狐に出会ってからある娯楽を覚えました。
火遊びです。天敵が玩具になったのです。
突然としてわが身に起こった進化、狐より遥かに大柄な体躯を有意義に使う。
自慢の長い脚で闇夜を跋扈し、狐をつまみあげ、握りつぶし、鬼火を灯す、
秘密の広場に並べて、そのともしびが作る幻想に恍惚とする。その繰り返し。
鬼火は、化狐との思い出、象徴としてくっきりと彼女の心に居座っている。
この鬼火を集めれば集めるほど、嬉しくなって、また会いたいと思うのでした。
だからどんどん狐を狩りました。
ただし明らかに角兎を揶揄した白兎・黒兎の前では、
襲い掛かる狐を狩らないで応援していましたけれど。もっとやれ。
神様助けてと懇願する声が聞こえましたっけ。ざまみろ。
何でも、夜な夜な狐より恐ろしい怪物が出るとかで、
角兎はすっかり噂になっていたのです。噂に尾ひれはひれは付くもので、
兎の神様だとか、死んだ兎の復讐だとかの盛りあがりよう。
だから白兎・黒兎は角兎のことを神様と表現したのです。さようなら。
話が逸れました。化狐との思い出に戻しましょう。
彼は非常に賢い狐で、ふつうの狐に違和感をもっていたのです。
「なぜ兎団子を食べるのかな。あれ気持ち悪くない?
なぜ食べてばかりなのかな。それしかやることないの?
人間の知恵を少しばかり齧っていると、動物って弱い、馬鹿だなって。
おれは生まれた時から真っ白…目立つ体毛のせいで、
猟師に何度捕まりかけたか知れないよ。皮を剥がれるなんて…痛いし、こわいだろ。でも猟師をうまくやりすごせたことがあってね、ただ走って逃げるんじゃなくて…
頭を使って、ってこと。『毛皮を着る』という人間の習性を真似してみたのさ。
寒くなると人間は動物の毛で温かくして過ごすらしいからね。
おれはふつうの狐色の毛皮を被った。
木陰から手先だけだしてちょろちょろ手招きしてみた。
それでも奴は気づかなかった。
『ふつうの狐は撃ちまくったから用はない、飽きた』ってさ。ははは。愉快。
余裕で騙せた。さっき着ていた狐色の袋はそういう訳さ。目くらまし。
食っちゃ寝、食っちゃ寝で生きてると天敵の人間に撃たれて死んじまう。
奴ら毛皮目当てじゃない、娯楽で殺すこともある。
自分がどういう生き物なのかわかったほうがいいよ。
ところでおれの名前の『化』は無いものを有るものにするって意味らしい。
おれはそれを気に入っているよ。騙す方法をいろいろ編み出したけど…
最近は可愛い女の子に化けて、浮ついた男をからかうのにはまってる。
実際には有り得ないようなデカ目の女の子とかに化けて…
人間て馬鹿だね。いい玩具で退屈しないよ。ははは。」
化狐は目尻のあたりに、隈取がありました。
彼の尻尾で燃える鬼火と同じ、勿忘草色。
角兎がそれに気づいたところ、化狐は「化粧」という言葉を教えてくれました。
「人間は狐を殺すけど、油揚げを考案したり、狐を神様として大切にしたり、
良いところもある。この、化粧ってやつもそう。動物にはない文化だけど、
君もやってみるかい?楽しいことをおすそ分けしよう。」
いま、角兎の耳には、化狐とお揃いの勿忘草の、隈取があるのです。
そろそろ鬼火の蒐集も十分なころなので、角兎は化狐を探しに行くのでした。
今度は自分が集めた愉しみをお披露目したい。秘密の広場に招待したい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます