第3話 大兎
夜半。
兎の住む草野原。
切り株の円卓に、特製の草団子を山盛りにして、夜更かしをする兎たち。
余裕をかましている。自分たちは狐に襲われやしないとでもいうのか。
彼女らには漠然とした憧れがあります。それは人間に運よく拾ってもらって
愛玩動物として贅沢を極めることです。そんな夢をああでもないこうでもないと
溜息をつきながら歓談しているのです。人間でいえば不良少女。夜の街を平気な
顔をして闊歩する。怖いもの知らず。アタシはつよいのよ。いやはや、実に虚ろ。
夜の草野原なんて狐の巣窟だというのに。ほらすぐ後ろに空腹の大口が開く。巣穴に隠れても隠れなくても、姿が目立っても目立たなくても、食べられるのは一緒。
運が悪い時ってあるもの。まさか夜遊びなんて思わないーそんな優等生の角兎の巣穴に狐の魔の手が伸びていました。恐るべき肉色の牙が、安全領域にぬっと現れたときまさかと角兎は思いました。その驚きたるや恐怖たるや。真っ先に角兎の頭に浮かんだ言葉は「嫌だ」。狭い巣穴では抵抗むなしく、長い耳を鷲掴みにされ、軽々と持ち上げられる。この耳をちぎられるような痛みを上回る絶望が待っているかと思うと、
角兎、両目を覆って涙がにじむ。憤りながら。
「嫌だ、食べられたくない、兎団子になんかなりたくない」
その嘆きも虚しく、狐はぐっちゃりと握り飯を作る要領で角兎を潰したのです。
さて我が餌食よと出来立ての兎団子を見た狐はいぶかしみました。いつも白や黒の兎を握ってはその大口に放り込んでいたのですが、この赤い兎団子は妙に大きい。
ははあ、よしきた特別、ありがとうご馳走。今すぐに貪ってあげるから少しだけ言うことをきいてくれ、ご主人さまのお口に合わせておくれ、そうやって再度成型を試みました。しかしそれは叶いませんでした。みるみるうちに赤い兎団子は大きく重くなりとても狐の掌に乗る塊ではなくなりました。地面に落ちてなお回転しつつ深紅の柔らかな毛を波打たせながら膨張していくのです。そして長い腕と長い脚がにょきりと生え、狐よりもはるかに大きな図体となって、巣穴を破壊して土埃が立ちました。そして、地上で、さっきとはあべこべに、天敵をむんずと鷲掴むのでした。もはや角兎はただの兎ではないことが明白です。
「おまえゆるさないぞ」
角兎は深紅の目を吊り上げて、怒鳴る。そして今度は私の番だと言わんばかりに、赤い手袋のような手で狐をぐっちゃりと握りつぶすのでした。断末魔。角兎は握った手を開くと、そこには僅かばかりの狐色の塊と金色のともしびがちろちろと燃えているのでした。狐が作る兎団子、新しくは兎が作る狐団子か。しかし肝心の実より飾りが大きい様子です。ならば食用でなく観賞用か…忌み嫌うべき天敵の狐でしたが、この残骸…この明かりの魅力に、角兎はじいっと吸い寄せられていました。
「それ鬼火っていうんだぜ」
天敵の残骸に感嘆していた角兎は、さらに不思議な天敵との邂逅がありました。
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