第2話 食う食われる
兎の体毛は白か黒の二択で決まっています。白い子は目が赤く、黒い子は目が焦茶色。どちらもふわふわとした胸毛を一塊、白い兎は黒、黒い兎は白と互い違いの組み合わせで生やしている。その集団の中に違う色が紛れていたらさぞ目を引くでしょう。実際そういう子がいます。それは深紅です。作者、火楽はこの風変わりな兎をその見た目…耳がやけに刃物の如く尖って深紅の胸毛と尻尾が目立つこと…から、角兎(つのうさぎ)と名付けました。今、彼女の両脇は白兎と黒兎、一匹ずつがかため、さらに嫌味を言われています。
「捕まるわ、きっと捕まる。あなたは赤い尻尾で目立つもの。きっと狐に捕まる。捕まって兎団子にされるのよ。怖いわねぇ。」
両方の兎の双眸がほくそ笑んでいる。暗い愉しみがそのポッカリと開いた眼窩に渦巻いている。しかし角兎は平然としています。不幸を願う言葉に内心は頭にきても、知らぬ顔で、無言で、2匹の兎を押し除けて歩き去りました。彼女の内心は、不幸の蜜を啜る暇人の相手はごめんだと思っているのと、風変わりな外見への好奇心に飽きたのと、両方です。目立つ?だからどうした。私が見かける食い残した兎団子は、白か黒ばかり。目立つのが原因というなら私はとっくに兎団子になってなきゃおかしい。色の問題?違うね。素行の問題だ。夜、ほっつき歩いたりする奴等が悪い。素行が悪いから痛い目に会うのだ。ああ、狐には本当気をつけなければいけないわ…と気を引き締めるのでした。あの暇人2匹の言うことで唯一同意できるのは危険な動物に用心することです。角兎は、いつか見た、兎団子が食い散らかされた跡を回想して、あのときは呆れるやら恐ろしいやらだったっけとげんなりしました。兎団子は、生きている兎とは全く異なる姿だから、気味が悪い。ふわふわした毛玉から滅茶苦茶な方向へ、長い耳と長い足が突き出している。食べるのに都合のいい、奇妙な物体へ作り替えられてしまったこと、自分も運が悪いとそうなるかもしれないことが、角兎に、言い知れぬ悪寒を呼び覚ますのでした。
捕食者。それにたいして被食者、弱い者は逃げるか隠れるかの手段のみです。なにしろ狐は兎を団子にして食べてしまうのですからね。このシステム、そのままの容積では大きすぎて、彼らの口に入りきらない。だから丁度にぎり飯を作る要領で、ぎゅっと包んでふわふわした兎団子にして食べるというわけ。まあなんと恐ろしい嗜虐性でしょうか。狐の顔面というのは常に嗤い顔なのですから、それが一層残忍な演出をかけています。彼らの口は決して小さくなく、兎一匹くらい飲み込むのは訳ないような、弧を描いて鋭い犬歯がこれでもかと露出した造りですが、それでも、出来るだけ多く食したいという欲望があるのでしょう。故に団子を作るという知恵がついたか。一様に盲目であることもまた、食欲への関心を突出させた特徴なのでしょう。目で食べる訳にはいきませんから。
日暮れ、通常兎という生き物は巣穴に隠れます。もし、地面の上に出ようものなら、狐の食事を目の当たりにしておののくことでしょう。狐の尾は鬼火が灯る。その妖しい火が闇夜にあっちこっち遊んでいることでしょう。出来立ての兎団子を弄んで跋扈していることでしょう。しかし、中には余裕をかます兎もおりまして、とっぷりと暮れた後にだらだら草をつまみながら歓談しているのです。暇そうに。
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