〝獅子〟の剣/終


 ガラッシア最上部――四季宮殿スタジョーネ・パラッツォ


 レッドフールは友人の権限を使用し、ある人物を訪ねる。

 彼の眼前には、若葉色の長い髪と瞳を持った女性が待ちかまえていた。その顔立ちはアドニス少年によく似ている。

「めずらしいな。おまえがあたしに会いにくるなど……」

 名をエアリアル。中心都市の最高権力者――四季長クアルト・エスペルト秋長アウトゥノンだ。

「まったく、あんたにはほとほと困ったもんだ。オレの親愛なる友を真の依頼人に仕立てやがって。――

「そんな文句を言いにきたわけではあるまい」

 要約すると、『さっさと用件を言え』だ。ならば、お言葉に甘えることにしよう。


「単刀直入に言う。第五星長フィフス・ノヴァヘッドをけしかけたのは、あんただな」


 エアリアルの表情がわずかに揺らいだが、かまわず続けた。

「あんたは第五星長が、首無騎士デュラハーン――ジャック・シャムライアン・ネメアだと知っていた」

 繰り返される生のなかで、いつしか彼が人のさがを失い、大災星ディザスターとなり果てていたことも。


「そもそも、あんたはあいつを始末したくて、たまらなかった」


 手を打たなかったのは、放っておいても害はなかったからだ。

 それに万が一、そうなったとしても、始末できない理由があったのだ。

「首無騎士は、ヘラクレスで首を落とされたジャック卿のなれの果て。だから、他の黄道武器ではどうすることもできない。あんたも自らの力で葬りたかっただろうが、かつてほどの余力はない」

 どうしたものかと考えあぐねている時だった。

「あんたはセレンが第五星長に求婚されていることを知った」

 それを利用することを思いつき、彼が飛びつく極上の情報エサを用意し、接触をはかった。


「そして本物の聖剣を渡せない代わりに、〝万物の記録ルジストル・ユニヴェール〟を渡した」


 それは、ある研究に特化した研究者たちがまとめた研究資料。そこには細胞レベルから魔星の生成、魔星の複製クローン――魔合星の生成などが記されている。第九星区ナインス・ノヴァ――狂学街マッドメイアの人間が見たら、喜びに発狂すること間違いなしの代物である。

 それをあえてシャムライアンに渡したのは、彼がを出すのは時間の問題だったから。やがて彼が『人』の皮を被っていられなくなることを見越し、その機会を窺っていたのだ。


「結果、あんたが投じた一石は波紋を広げ、功を奏した。自分の手を汚すことなく、首無騎士を葬り去ること。そして、第二の小さき王レグルス覚醒めざめさせることに成功したってわけだ」


「――すばらしい」

 エアリアルは拍手を送り、


もそこまでいくとにできんな」


 微笑む。思わず、レッドフールは舌打ちした。

 だが、『妄想』と一蹴されてもしかたがない。レッドフールが語ったのは、すべて彼の憶測でしかない。たとえ、エアリアルもといが関わっていたとしても、彼女が関わったという証拠はどこにもないのだ。


「面白い話をどうもありがとう。おかげで、ができた」


 にっこり、笑顔を浮かべるエアリアル。その笑顔が妙に腹立たしい。

 彼女は笑顔でこう訴えている。――さっさと帰れ、と。

 それを察したレッドフールはただ黙って、踵を返す。


「あ、そうだ」


 ふと思い立ち、顔だけをエアリアルに向けた。

「あんたが待ち望んだ小さき王レグルスに弟分がいましてね。そいつ、顔立ちがあんたと瓜ふたつなんですよ。まさかとは思いますが――」

 真紅の瞳が彼女の表情を見逃さぬよう、鋭い光を帯びる。


「――あんたの〝眼〟ってことはねえよな?」


 エアリアルからの返事はない。レッドフールは「やれやれ」と頭を掻いた。

 昔から、自分と彼女は相容れない存在だ。未来永劫、それは変わらないだろう。


「……ご多忙の中、貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。――秋長。いえ、


 嫌みを含めた丁寧すぎる挨拶とともに、レッドフールは四季宮殿を後にした。



       ――§――   ――§――   ――§――



「……ん」


 レグルスが目を覚ますと、見覚えのある天井が目に飛び込んできた。

 どうやら、自分の部屋――教会に戻ってきたらしい。

 サイドテーブルには黄金の剣ではなく、黄金のナイフがあった。

 それが獅子座の黄道武器ヘラクレスの擬態であると、すぐに理解する。


(これが、おれの心臓にあったなんて……)


 なぜ、自分の心臓にヘラクレスが封印されていたのか疑問はあるが……考えてもしかたがない。これをアーロウに渡してしまえば、依頼は完了なのだ。

 さっさと渡して、いつもと変わらない日常に戻ろう。

 そう思い、着替えようとした時だった。

 ノックも無く、扉が開く。

 現れたのは、アドニス。もう普段どおりの格好だった。

 彼はレグルスを見るなり、大きく目を見開く。

「……おい、ノックしてから――」

「セレン! アーロウさん! みんな! レグルスが起きたよ!」

 弟分は大声で叫び、行ってしまった。

 レグルスは目を瞬かせ、

「……なんだぁ?」

 首をかしげるしかなかった。

 とりあえず着替え、台所兼リビングへと向かう。そこにいたセレンとアーロウ、子どもたちが彼の姿を見るなり、喜びの声を上げた。その反応にレグルスは困惑する。アドニスと獅子竜ドラリオンリェフ(怪我はもうすっかり治っていた)がロミオたちを連れ出してくれた。

 そこでようやく、レグルスは時の流れを知る。


「一週間!?」


 壁にかけられている日めくりカレンダーを見る。

 天秤月リブライ(七月)二十七日。まぎれもなく現実だった。

そんなに経っているとは思わなかったのだ。しかし驚いてばかりもいられない。

「そうだ。――アニキ、これ」

 思い立ったように、黄金のナイフを差し出す。アーロウはひとまず受け取った後、レグルスに差し出した。

「アニキ?」

「これは、おまえのものだよ。レグルス」

「え?」

 レグルスは目を瞬かせた。意味がわからない。

「俺が引き受けた依頼代行の目的は『獅子座の黄道武器レオ・ゾディアックウェポンを見つけ出し、それをレグルス・レオンハルトに渡すこと』」

 その目的は無事に果たされた。

「だから、それはおまえのものだ。――というより、おまえにしか使えないよ」

 黄道武器は武器が持ち主を選ぶ。聖弓トクソティスがアーロウにしか扱えないように、聖剣ヘラクレスはレグルスしか扱えない。扱えないものをもらっても困る、というわけだ。

「依頼報酬が増えたと思えばいい」

 そうアーロウは言うが、正直『報酬』とは思えなかった(自分の体内から出現したのだから、むりもない)。しかし、依頼人の意向を無視するわけにはいかない。素直にもらっておくことにした。

「そういやぁ、アニキに依頼代行を頼んだのは誰なんだ?」


「――十二星区統括秘書長ホロスコープス・セクレメントマスター、ディスコード」


 目を丸くした。その瞬間、警務室ポリツィアでのこと、地下門アンダーでの避難経路でのこと――すべての謎が解けた。

 十二星区統括秘書長――星長に仕えている秘書の頂点に君臨する役職である。その権限は星長の次に強い。警官隊、医師隊、消防隊。そして、星長の護衛と警務を司るとされる秘密警官隊ポリツィオット・ゼクレートさえも四季長と星長のように動かすことが可能なのだ。むろん、星長の秘書である星区秘書ノヴァ・セクレタリィの選定も行っている。

「そうか、ディスが……」

 レグルスの体から力がぬけた。

 そんな彼にアーロウはその後に起こったことを語った。

 十二星区全土に、ジャック・シャムライアンが魔合星キメラ生成を行っていたことが公表され、彼の訃報が知らされたこと。そして、あの騒ぎは秘密裏に開発していた機動兵器が暴走し、シャムライアンは暴走に巻き込まれ死んだという事故として処理されたことを。

 あの騒ぎの後、レッドフールがこう言ったそうだ。


 ――偽物の獅子シャムライアンが猫……じゃなくて、この場合は獅子か。その皮をかぶっていたことに、第五星区ネメアリオンにおわす冥王プルトさまがようやく気づいて、あいつをあるべき姿と冥府ばしょへ還したのさ。


 グリークス神話に登場する冥府の神のことだ。グリークス語で『ハデス』――『冥府』、『死』を意味する。だが、古代ラーム語――中心都市の一部名称にも使用されている現代ラーム語では『プルト』。その意味は『富める者』。的を射すぎた皮肉である。

「――ところで、レグルス」

 アーロウが話を切り出す。

「ディスから新たに依頼が――」

「引き受けねえ!」

 即答だった。また今回みたいなことがあると思うと、命がいくつあっても足りない。

 レグルスの心情を察したのか、アーロウは苦笑する。

「だが、これは俺たちにしかできないぞ?」

「なんだよ?」


貧民街スラムの再生と治安維持だ」


 レグルスは目を見張る。

 甚大な被害は出なかった。

 今回の事件は中心都市の防護機能セキュリティが〝鉄壁〟であることを証明したのだ。

 だが防護機能が行き届いていない貧民街の道などは陥没し、ひび割れを起こしていた。

 地下門アンダーも安全とはいえず、ひょっとしたら天井にひびが入っているかもしれない。

 だが、富裕街の連中が貧民街のそういった修繕に手を貸すとは思えない。おそらく、空席になった第五星長フィフス・ノヴァヘッドの〝椅子取りゲーム〟に夢中になっているはずだ。それはディスに任せるしかないだろう。それはいずれ自分たちでやっていくとして――。


 問題は治安維持のほうだ。


 隣接している〝ふきだまり〟――唯一『〝表〟と〝裏〟の顔がない』第四星区フォース・ノヴァヒュドラでは〝表〟の顔を失くしてしまった第五星区とは正反対に、新星長の政策のために〝表の顔〟を持とうとしている。新たに誕生した星長派と反星長派が対立している、とまことしやかに囁かれている。反星長の連中が隠れ蓑として、第五星区の貧民街に流れ込む可能性が大いにある。

「依頼料に糸目はつけないそうだ」

「――いらねえよ」

 レグルスは突っぱねた後、口の端を持ち上げた。

「その代わり。秘書長どのに、わがままをたっぷり吹っかけてやる」

「引き受けてくれるか?」

 アーロウもつられて、笑みを浮かべる。


「ああ。その依頼、この『獅子ししぼし』が引き受けた!」



 レグルス――獅子座の一等星。意味は『小さき王』。別名『獅子の心臓コル・レオニス』。

 黄道十二星座の星々の中で、太陽に一番近い星。

 占星術では『王の運命を司る星』といわれている。


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