〝獅子〟の剣/終
ガラッシア最上部――
レッドフールは友人の権限を使用し、ある人物を訪ねる。
彼の眼前には、若葉色の長い髪と瞳を持った女性が待ちかまえていた。その顔立ちはアドニス少年によく似ている。
「めずらしいな。おまえがあたしに会いにくるなど……」
名をエアリアル。中心都市の最高権力者――
「まったく、あんたにはほとほと困ったもんだ。オレの親愛なる友を真の依頼人に仕立てやがって。――本当の依頼人はあんたのくせに」
「そんな文句を言いにきたわけではあるまい」
要約すると、『さっさと用件を言え』だ。ならば、お言葉に甘えることにしよう。
「単刀直入に言う。
エアリアルの表情がわずかに揺らいだが、かまわず続けた。
「あんたは第五星長が、
繰り返される生のなかで、いつしか彼が人の
「そもそも、あんたはあいつを始末したくて、たまらなかった」
手を打たなかったのは、放っておいても害はなかったからだ。
それに万が一、そうなったとしても、始末できない理由があったのだ。
「首無騎士は、ヘラクレスで首を落とされたジャック卿のなれの果て。だから、他の黄道武器ではどうすることもできない。あんたも自らの力で葬りたかっただろうが、かつてほどの余力はない」
どうしたものかと考えあぐねている時だった。
「あんたはセレンが第五星長に求婚されていることを知った」
それを利用することを思いつき、彼が飛びつく極上の
「そして本物の聖剣を渡せない代わりに、〝
それは、ある研究に特化した研究者たちがまとめた研究資料。そこには細胞レベルから魔星の生成、魔星の
それをあえてシャムライアンに渡したのは、彼がぼろを出すのは時間の問題だったから。やがて彼が『人』の皮を被っていられなくなることを見越し、その機会を窺っていたのだ。
「結果、あんたが投じた一石は波紋を広げ、功を奏した。自分の手を汚すことなく、首無騎士を葬り去ること。そして、第二の
「――すばらしい」
エアリアルは拍手を送り、
「妄想もそこまでいくとばかにできんな」
微笑む。思わず、レッドフールは舌打ちした。
だが、『妄想』と一蹴されてもしかたがない。レッドフールが語ったのは、すべて彼の憶測でしかない。たとえ、エアリアルもとい本物のアネモネが関わっていたとしても、彼女が関わったという証拠はどこにもないのだ。
「面白い話をどうもありがとう。おかげで、いい暇つぶしができた」
にっこり、笑顔を浮かべるエアリアル。その笑顔が妙に腹立たしい。
彼女は笑顔でこう訴えている。――さっさと帰れ、と。
それを察したレッドフールはただ黙って、踵を返す。
「あ、そうだ」
ふと思い立ち、顔だけをエアリアルに向けた。
「あんたが待ち望んだ
真紅の瞳が彼女の表情を見逃さぬよう、鋭い光を帯びる。
「――あんたの〝眼〟ってことはねえよな?」
エアリアルからの返事はない。レッドフールは「やれやれ」と頭を掻いた。
昔から、自分と彼女は相容れない存在だ。未来永劫、それは変わらないだろう。
「……ご多忙の中、貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。――秋長。いえ、敗戦の女神」
嫌みを含めた丁寧すぎる挨拶とともに、レッドフールは四季宮殿を後にした。
――§―― ――§―― ――§――
「……ん」
レグルスが目を覚ますと、見覚えのある天井が目に飛び込んできた。
どうやら、自分の部屋――教会に戻ってきたらしい。
サイドテーブルには黄金の剣ではなく、黄金のナイフがあった。
それが
(これが、おれの心臓にあったなんて……)
なぜ、自分の心臓にヘラクレスが封印されていたのか疑問はあるが……考えてもしかたがない。これをアーロウに渡してしまえば、依頼は完了なのだ。
さっさと渡して、いつもと変わらない日常に戻ろう。
そう思い、着替えようとした時だった。
ノックも無く、扉が開く。
現れたのは、アドニス。もう普段どおりの格好だった。
彼はレグルスを見るなり、大きく目を見開く。
「……おい、ノックしてから――」
「セレン! アーロウさん! みんな! レグルスが起きたよ!」
弟分は大声で叫び、行ってしまった。
レグルスは目を瞬かせ、
「……なんだぁ?」
首をかしげるしかなかった。
とりあえず着替え、台所兼リビングへと向かう。そこにいたセレンとアーロウ、子どもたちが彼の姿を見るなり、喜びの声を上げた。その反応にレグルスは困惑する。アドニスと
そこでようやく、レグルスは時の流れを知る。
「一週間!?」
壁にかけられている日めくりカレンダーを見る。
そんなに経っているとは思わなかったのだ。しかし驚いてばかりもいられない。
「そうだ。――アニキ、これ」
思い立ったように、黄金のナイフを差し出す。アーロウはひとまず受け取った後、レグルスに差し出した。
「アニキ?」
「これは、おまえのものだよ。レグルス」
「え?」
レグルスは目を瞬かせた。意味がわからない。
「俺が引き受けた依頼代行の目的は『
その目的は無事に果たされた。
「だから、それはおまえのものだ。――というより、おまえにしか使えないよ」
黄道武器は武器が持ち主を選ぶ。
「依頼報酬が増えたと思えばいい」
そうアーロウは言うが、正直『報酬』とは思えなかった(自分の体内から出現したのだから、むりもない)。しかし、依頼人の意向を無視するわけにはいかない。素直にもらっておくことにした。
「そういやぁ、アニキに依頼代行を頼んだのは誰なんだ?」
「――
目を丸くした。その瞬間、
十二星区統括秘書長――星長に仕えている秘書の頂点に君臨する役職である。その権限は星長の次に強い。警官隊、医師隊、消防隊。そして、星長の護衛と警務を司るとされる
「そうか、ディスが……」
レグルスの体から力がぬけた。
そんな彼にアーロウはその後に起こったことを語った。
十二星区全土に、ジャック・シャムライアンが
あの騒ぎの後、レッドフールがこう言ったそうだ。
――
グリークス神話に登場する冥府の神のことだ。グリークス語で『ハデス』――『冥府』、『死』を意味する。だが、古代ラーム語――中心都市の一部名称にも使用されている現代ラーム語では『プルト』。その意味は『富める者』。的を射すぎた皮肉である。
「――ところで、レグルス」
アーロウが話を切り出す。
「ディスから新たに依頼が――」
「引き受けねえ!」
即答だった。また今回みたいなことがあると思うと、命がいくつあっても足りない。
レグルスの心情を察したのか、アーロウは苦笑する。
「だが、これは俺たちにしかできないぞ?」
「なんだよ?」
「
レグルスは目を見張る。
甚大な被害は出なかった。
今回の事件は中心都市の
だが防護機能が行き届いていない貧民街の道などは陥没し、ひび割れを起こしていた。
だが、富裕街の連中が貧民街のそういった修繕に手を貸すとは思えない。おそらく、空席になった
問題は治安維持のほうだ。
隣接している〝ふきだまり〟――唯一『〝表〟と〝裏〟の顔がない』
「依頼料に糸目はつけないそうだ」
「――いらねえよ」
レグルスは突っぱねた後、口の端を持ち上げた。
「その代わり。秘書長どのに、わがままをたっぷり吹っかけてやる」
「引き受けてくれるか?」
アーロウもつられて、笑みを浮かべる。
「ああ。その依頼、この『
レグルス――獅子座の一等星。意味は『小さき王』。別名『
黄道十二星座の星々の中で、太陽に一番近い星。
占星術では『王の運命を司る星』といわれている。
ReGuLus-Zodiac Weapon’s- 緋崎水那 @h_saki-mn_k
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