暗闇の奥の事務所

河川敷から近くでタクシーを拾って事務所へ向かった。

氣楽はずっと車の外を眺めていて、わざと会話を絶っているようにも見える。


氣楽の表情が無い、という一番大きな疑問は、どんな事件か分からないもののある程度解決した。だが、氣楽にはまだまだ謎が多い。


現在梅雨明けで夏の暑さが最も厳しくなる時期であるのに、全身真っ黒の服装に袖は十分丈で、厚手の黒のタイツを履いている。


しんとした空気があまり得意ではない真希は何か話題が欲しかったところなので、これに関しては聞いても大丈夫だろうと思い、窓の外を眺めたままの氣楽に問いかけた。


「氣楽ちゃん、その服装暑くないの?」


「あぁ、これは……」


氣楽は自分の格好に視線を移し替え、しばらく黙りこんでしまった。

聞いてはいけないことを聞いてしまっただろうか。真希は内心焦って冷や汗をかいた。


「日焼け対策です」


「え、そうなの?」


2回目、氣楽の返答に拍子抜けさせられた。

今の冷や汗は何のためだったのか。


「まぁでも、氣楽ちゃん色白だもんね。日焼けしてる方が想像つかない」


「褒め言葉だと取っときますね」


少し表情を和らげる。そう言うとまた、視線を外に戻してしまった。


それから5分程度すると、氣楽が運転手に車を止めるように言い、黒のマントの内側から運賃を過不足なく取り出し、運転手に手渡した。


「こっちです」


タクシーからは大通りで降りたが、そこから細い路地に徒歩で入っていった。どんどんと繁華街の雰囲気からはかけ離れた景観になっていく。

どこまで歩くのだろう、と考え始めた瞬間に「ここです」と言って氣楽が立ち止まった。


事務所、という雰囲気は一切なく、少し古びた外観の建物には看板すら無かった。

政府公認となれば、それなりの良い立地かと予想していただけに意外だった。


「古そう……って思いました?そんな顔してましたよ」


心を持たない氣楽に、心情を読み取られるのも不思議な感覚だった。


「中はちゃんと綺麗ですから、安心してください」


外開き扉を引いて中に入ると薄暗いカウンターの左側に、地下へと続く階段があった。入口付近ですらこの暗さとなれば、階段の下は漆黒だ。

氣楽は何も言わずにその漆黒へと向かう。


階段を降りた先に闇から光が漏れ出す扉があった。開いてみると、そこには広々とした、会社のオフィスのような空間があった。


「あ、氣楽さんが帰ってきた」


1人の高校生くらいの少年がこちらを見て、奥にいる仲間を呼びに行った。

真希は案内され、部屋の真ん中辺りのソファに腰掛け、氣楽もその向かいの席に座る。


すぐに少年は奥からあと2人を連れて戻ってきた。


「おっ、言ってた新しいメンバーっスか」


先程の少年よりも、やんちゃそうな少年がそう言った。


「え、もう私入ることになってるの」


「あれ、氣楽さんからはそう聞いてるけど……」


茶色の髪の毛をくるくるに巻いたお洒落な少女が答える。


「あぁ、すみません。真希さんは最初から入ってくれるだろうと勝手に思い込んでしまってて皆にはそう言ってしまったんです。……それはさておき、自己紹介でもしたらどうですか?」


初めからここに入ることになっていたことは多少腑に落ちないが、真希自身もほぼその気だったのであまり気にし過ぎないようにした。


「私は望月真希。今年大学を卒業した看護師です。今は行く場所が無くなっちゃって……ここで暫くお世話になると思うから、よろしくね」


「俺は九条賢二(くじょう けんじ)、高校2年。よろしくっす」


「私は室田英理奈(むろた えりな)です。賢司と同じ高校2年で、趣味はファッション。よろしくお願いします」


「僕は福島蒼司(ふくしま そうし)です。僕も2人と同じ高校2年で、実は僕たち3人とも幼なじみなんです」


氣楽の言った通り、皆しっかりしていると思った。

学校帰りなのか、全員制服を着ている。


その後は3人から一通り設備の説明があり、真希専用のデスクの用意も既にされていて、正に用意周到だ。


「次は仕事内容の説明ですね。それは私からします」




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KILLER GUN 仲崎 采 (なかさき うね) @nakaruusandesu

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