第120話 カモン、マイ、デスティニー!!


 小鳥と戯れる。慈愛に満ちた笑顔を浮かべる。天から神々しく降臨する。マンゴーみたいな大きな赤い実を持った


 美しい翡翠の髪をなびかせた1人のをモチーフにした美術品でその部屋は溢れていた。


(これが女神の娘、オーフィリアっ!!)


 その真実を知らない者は、きっとその美しさに感嘆の声を漏らすのだろう。


 そんな幸せな人に、私たちはもう戻ることが出来ない。


「そこの小僧、ボーっとしてないで運ぶのを手伝え」


「あ、はい!」


 3メートルは超えるだろうか、この隠し部屋の中でも一際立派な絵画を運ぶお手伝いをする。


 獣人カップルの幸せを願い、流した涙は愛の結晶となった。

 小鳥が持ってきた実から永遠に咲き続ける奇跡の花が咲いた。


 その言い伝えの場面が描かれた1枚の絵。ミコトが持っていた悠愛花ドゥラテノーレの実は小指の先くらいの小さいものだったけど、オリジナルは随分とデカいらしい。いろんな意味で規格外の娘なので、そこは深く考えない方がいい。


「オーフィリア様に見守っていただければ、きっと! 今年こそお会いできるはずよ」


「誰と?」


「誰って、私の運命の人に決まっているでしょう!!」


「はいっ!?」


 素っ頓狂な声をあげてしまったのを咎めないでもらいたい。


(大人っぽい美人が可愛いこというんだもん!)


 ミコトを睨みつけた瞳は相変わらずつり上がっていて、先ほどの発言は空耳だったのでは?と疑ってしまうレベルで釣り合わない。


「弟子が失礼、お嬢様」


「あ、博士! お腹は大丈夫なの?」


「ん? あぁ、えぇ、大丈夫ですよ。気にしないでください」


 どうやら博士も調子を取り戻したらしい。でもさっきよりだいぶ落ち着いているようだ。


「まだ詳しいことは弟子に話していなくてですね。すみませんがこの場をお借りしてお伝えしても?」


「構いませんことよ」


「此度のお嬢様の誕生日は国中からその年に活躍した注目男子が集められる。それ以外にも多数の著名人が……街では合わせて屋台が開かれ大勢の外部からの客を呼び寄せる、大規模で大変にぎやかな催し物だ」


「なんでそんな大がかりなことを?」


 誕生日パーティーっていうともっと家族とか親しい人とか……大貴族だと庶民も巻き込んでの大規模なものになるのだろうか。


「出来るだけ多くの人をこの緑の都に呼び寄せることで――その中にお嬢様の“運命の番い”がいるかもしれないからね」


(――!!)


 ばっとお嬢様に視線を送る。


(緑の民は獣人――その統べる領主も獣人)


 この高飛車なお嬢様も、自分の運命を信じて憧れる一人の女の子なんだ。


「お嬢様の誕生日は悠愛祭ドゥラテルノの前日。祭り中に出会って、そのまま翌日の悠愛祭ドゥラテルノに参加する者も近年では珍しくない。多くの人がこの緑の都に訪れることにより、民も己の運命の番いと出会いやすくなるのだ。皆、グラスノーラ家の働きかけに感謝しておられる」


「今年はメインとなる舞踏会の会場にこのオーフィリア様の絵を飾りますの。彼女がきっと、良縁をお運びくださいますわ!!」


 お嬢様が敬愛するような眼差しをその絵画に送る。信じることは誰にも止められないから――ユキちゃん、そのなんとも言えない顔はやめなさい。


「ねぇ、貴方。その怪盗シエル様ってどんなお顔をしていらっしゃるの?」


「顔、ですか?」


「ええそうよ。身長は? 髪や瞳の色は? ダンスはうまいのかしら?」


ふと顔を上げて、お嬢様が問いかける。


「ごほん、失礼ですがお嬢様。我々もまだ、シエル本人にはお会いしたことがないので――」


 サミュエル博士が咳払いしながら返答する。


「――街を騒がせている怪盗が、私の運命だったら大変愉快だと思ったのだけれど」


「はいっ!?」


「お嬢様、お戯れを」


「んもう、そんな怖い顔をしなくても――興が冷めてしまいますわ。クイン」


 お嬢様の発言に、その場の誰もが度肝を抜かれた。


「だって、この屋敷で一番綺麗な宝石ですのよ。それって私以外、ありえなくってよ?」


(うわわわわ、なんという自信!!)


 あんぐり開いた口がふさがらない。言ってみたい、けど言えない。天地がひっくり返っても“私が一番美しい宝石☆”なんて台詞は言えない。


「それに、聞けばあの夜にその姿を見た女の子は誰もかれも心を奪われてしまっただとか――私の隣に立つんですもの、それくらい華々しい方じゃないとふさわしくなくってよ」


「お嬢様――、お嬢様のお相手はそういう犯罪者風情ではないことをクインは願っておりますよ」


「そうですよ、お嬢様! 品行方正で、このグラスノーラ家を背負って立つような立派な青年が、今年こそ現れてくれますとも!」


「ふうん、まぁいいわ。いつ来てくれるのかしら、その怪盗さんは。お会いできる日が楽しみね。貴方達、いつまでそこにいらっしゃるの。時間は有限なのよ。早くこの部屋から出なさい」


「あぁ、はい!」


 おじさん二人が全力よいしょをしたことで、お嬢様は気分がよくなったのだろう。話を切り上げて、隠し部屋から退出するようミコトたちを促す。


「あら、やだ。もうこんな時間。ドレスの打ち合わせに行かないといけませんことよ。貴方達、事情をお判りいただけたのなら、なお一層シエル捕縛に励むことね。万が一、パーティーに支障が出たら、ただじゃ済まさなくってよ」


 最後に、念押し、という名の脅しをして、お嬢様一行は去っていった。


「随分とすごい、気合いの入り方だね。もしニッキーが番いだったら、地の果てまで追いかけてきそうじゃない?」


 閉じられた扉を見つめながら、ユキちゃんが呆れたように呟く。


「えっ、そんな! ニッキーがあのお嬢様に取られちゃうよ!!」


 ニッキーがいなければこのシエル様計画も前提が覆されてしまう。それに、せっかく5人で楽しく至宝探しの旅を頑張ってきたのに……


「落ち着け、ミコト。俺は、あのお嬢様の運命じゃないよ」


「どうしてそう落ち着いているのさジーク。もしかしたらニッキーがあのお嬢様に取られちゃうかもしれないんだよ」


「だから大丈夫だって。俺に見向きもしなかっただろう?」


「なんでそこでジークが出てくるのさ」


 慌てるミコトに、サミュエル博士、もといジークがニヤリとその口角をあげる。


「わからないのかよ、俺だよ、オレオレ」


 サミュエル博士が顔の前で、その手のひらをさっと振り下ろす。


「――っ! ニッキー」


「ま、俺の完璧な蜃気楼ミラーリングじゃわからなくても無理ねぇか。にしてもこれいいな、ジークと二人で架空の人物でっちあげるってのも。潜入が楽だぜ」


 そこにはしてやったり、という笑顔で笑うニッキーの顔があった。先程のトイレタイムで入れ替わったんだろう。まったく気が付かなかった。


「どうりで、戻ってきた博士はなんかくすんでると思った」


「おい、何だそれ。俺がキラキラしてないって言いたいのか、あぁん?」


「ニッキー、どうどう」


 ユキちゃんの言葉に反応したニッキーを宥める。むしろそれ以外で違いがわからないんだからすごいって。大丈夫。


「じゃあ、期待していたお嬢様には悪いけど……」


「あぁ。あのお嬢様、俺を目の前にしても入れ替わりに気づくどころか、ピクリとも反応しなかっただろう」


 ユキちゃんを羽交い絞めにしていた腕を緩めながら、ニッキーが教えてくれた。


「前に一回だけ見たことあるけれど、運命を見つけた瞬間の獣人の勢いはマジ凄いっての。お互いがお互いだけを見つめていて――まるで二人だけの世界だ」



 ♢♢♢



(あぁ、もう~。本当に広いなこの館)


 ジークorニッキー、そしてユキちゃんとその後も屋敷中をチョロチョロしては“女神の心”を探した。


 今はちょっとしたお花摘みタイムからの帰り道である。部屋数が多すぎて、気を抜くと迷子になってしまいそうだ。


「うわぁっ!!」


「しぃっ――」


 突然、腕を引っ張られ、空き部屋に引き込まれる。


 掴まれた腕の先、その持ち主を見上げると――


「アルっ!」


「静かに。バレるだろうが」


 お久しぶりライオンである。


「ちょっ、近い近い。離して」


「おい、あまり暴れるな」


 引き込まれた勢いのまま、まるで後ろからハグされたかのような態勢。


 背中に感じる熱、近づくことでわかるアルのにおい。


 一気に顔に熱が集まってくるのがわかる。


「アル~!!」


「だから騒ぐなって」


 ――コツコツコツ


「「――っ!!」」


 近づいてきた足音に、アルと二人、固まる。


「この花瓶って、どこに置くんだっけ?」


「西棟の2階廊下よ。あぁ、メイド長がお客様用の食器も確認して、数が足りなければ注文してって言ってたわ」


「猫の手も借りたいってまさにこのことよね、あぁ忙しい、忙しい」


 足早に去っていくメイドたちの話し声を聞いてホッと胸を撫でおろす。


「俺ら、今日初めて会った、ただの捜査関係者なんだよ。こんなところ、誰かに見られたらどうするのさ」


「だから、こうやってこっそりしてんだろうが」


 少しだけ拗ねたように、ぶっきらぼうなアルの声が胸をざわめかせる。掴まれた腕が、後ろから回された手が、恥ずかしいのに、照れくさいのに――


 離してって言えない。


 離れたくない。


 誰かに見られてしまったら、バレないようにしなきゃ、という思いがより気持ちを昂らせる。


 押し殺したような吐息が耳にかかる。


 少しでも静かにしないといけないのに、普段の十倍くらい大きな音で心臓が高鳴っていて、聞こえやしないかと冷や冷やする。


 ミコトが男の子だから――その距離の近さをアルが気にしていないことは救いなのか、はたまた罠なのか。


「変わりはないか」


「“女神の心”を保管している隠し部屋を見つけたよ。残念なことにそこには宝石はなくて、絵や彫刻とかだったけど」


「そうか」


 低められたその声に、何でもないふりをして返事をしていく。


「アルは? 今何をしているの?」


「シエルが暴れた始末書を書き、警備体制を整え、新聞社からの取材に対応して――まぁ雑務だ」


「うわぁ、大変そうだね」


 怪盗側の視点だったからわからなかったけど、泥を塗られる側に立たされた警察ってこんな苦労をしていたのか。


 作戦とはいえ、アルに申し訳なさを感じる。


「今夜は、離宮に戻れると思う」


「そっか、ポールさんが今日はかぼちゃのクリームシチューですよって言ってた」


「美味しそうだな」


「帰り待ってるね」


「あぁ」


 最後に、少しだけ力を込めて、ゆっくり腕が解かれる。


「あんまり、ジークたちから離れるんじゃねぇぞ。何かあっても、俺はすぐには側に行けないんだから」


「わかってるよ」


 そんなミコトの返事にフッと笑って、アルは音もたてずに部屋を出て行った。


(はぁぁぁぁ~)


 顔を押さえて、ずるずるとその場にしゃがみ込む。


(顔、赤いのバレたかな。私の声、裏返ってなかった? いつも通り、振舞えていたかな?)


 試しに耳を触ると、驚くほどに熱を持っていたのがわかった。


「アルの馬鹿……」


 高まった思いが声に乗って溢れだす。


 適切な距離を取れば、この熱は冷める――なんて考えていたのはどこのどいつだ。


 改めて思い知らされただけだ。


 いつもとは違う、他人に見せる表情にときめくことを。


 その姿を探して、自然と辺りを見回してしまうことを。


 自分に向けられたものでなくても、その声を聞くと心が弾むことを。


 その全てを独り占めしたくなるこの気持ちを。


「馬鹿はアルじゃなくて私か……」


 止めて止まらぬ恋の道。


 大やけどをする前に、逃げ切りたいのに――こんな風に距離を詰められてしまったらもうお手上げだ。


 アル本人に悪気がないのが、なお一層、頭の痛い話である。


 ♢♢♢



「というわけで、今日調べられた部屋はざっとこんなもんか」


「うっへ~、あの屋敷調べるだけで何日かかるの? しかも、どいつもこいつも僕たちのこと邪魔者みたいな目で見てさ~。ポールさん、まだシチューって残ってる?」


「仕方ないだろう、現にパーティー前に押しかけて邪魔しているのはこっちなんだから……ポール、俺にも」


「はいただいま。ふぉっふぉっふぉ、若い子の食べっぷりは見ていて気持ちがいいもんですな~」


 夕飯食べがてらの作戦会議。


 本日のメイン、かぼちゃのクリームシチューはもう絶品で。


 かぼちゃの自然な甘さが溶け込んだ優しいソース。よく煮込まれた鶏肉は口に含むとホロリと溶けて旨味が広がる。荒くつぶしたカボチャの触感を楽しみながら、時折ふわりと香る、スパイスとニンニクの風味が、食べ進める手を加速させる。


「まぁ、初めからそううまくいくわけじゃないし。怪しまれることなく屋敷に潜入できたってだけでも今日の収穫は上々じゃないか」


「それに、隠し部屋も見れたしね~」


「俺は知りたくなかったけどな」


 顔を顰めたジークに思わず笑ってしまったのはいうまでもない。


「それに、新しい候補も見つけられたしな」


「ん? というと……?」


 不思議そうなミコトを面白がるように、ジークがニヤリと笑う。


「思い出してミコト。隠し部屋の存在を知っているのは誰だった?」


「えっと……グラスノーラ家の人たちと、中の美術品を管理しているモリンズさんとクインさん?」


「そう、その二人なら――中に入って“女神の心”と至宝を入れ替えることも可能、ってことだ」


「――っ! ってことは!!」


「あぁ。ということでニッキー、ジュエリー・モリとベネヴォリ美術館にも、予告状を頼む!」


「うわぁ、すごい! 宝石店と美術館に行くなんて! 本物の怪盗っぽいじゃん!!」


「うわぁ、まじかよ」


「最悪なんだけど」


「…………」


「はい、そこ文句は言わない! ここまで来たら徹底的にだ!」


 大喜びのミコトと、げんなりした様子のニッキー、ユキちゃん、アルの3人に向けて、ジークは高らかに宣言するのであった。

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世界のピンチが救われるまで本能に従ってはいけません!! アマンダ @amanda-613

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