第10話 校外学習(後編)
楽しい時間とはあっと言う間に過ぎるもので、携帯の画面に映し出された時間は十五時を示している。
暖かな日差しと仄かに香る草木の香りに包まれながら僕は青空を眺めていた。
隣には暁さんが座り、その隣に眠たそうな立花さんがいる。
佐藤君はというと川で水を蹴っていた。
そこには複数のクラスメイトがいて実に青春っぽい。
僕らは大きな木の下でただ何もせず寛いでいた。
「佐藤君は本当に元気だね」
ふと、暁さんがそう呟いた。
「確かに。僕なんてもうヘトヘトだよ。暁さんはまだ余裕?」
暁さんは首を横に振る。
「私ももう限界。梨彗君が休憩しようって言いださなきゃ私が言ってた」
「それならよかった。にしてもこの場所ほんとに気持ちいいね。涼しいし眩しくないし、いい匂いするし」
「そうだね」
バクバクと心臓がうるさく鼓動する。
諦めかけていた今日に一筋の可能性が生まれた。
告白するんだ。告白するんだ!
そう、自分に言い聞かせるも、しかし口が言うことを聞かない。
声が鳥のさえずりが聞こえない。唾が喉を通る。雲一つない青空が黒く、見えなくなってしまいそうになりーー
「梨彗君は私をどうしたいの?」
すとんと落ちた彼女の声は不思議と僕の混沌とした意識によく響いた。
「梨彗君と隣の席になって初めて話した時も今も、どうしても君が人を脅すような人間には見えない。それに私は君にとっての最悪なことをしたのに、ちゃんと私の秘密を守ってくれている。ねぇ君は何を思っているの?」
「僕はただ君が好きなんだよ」
その言葉は彼女の怖い、申し訳ない、辛いといった感情を全てを押しつぶしたような表情をみた瞬間。気が付くと零れていた。
「君があの日から恐れや不安を抱いてるように僕も怖かった。嫌われた。軽蔑された。そんなことばかり考えてしまって、正直の話あの日の後の記憶は今も思い出せないんだ」
むりやり笑顔を作ると僕はにへらとぎこちなく笑って見せた。
「えっそれはどういう」
「暁さんまずはごめんなさい。いくらこちらの不手際だとしても、僕は君のことを傷つけた。本当にごめん!」
「頭を上げて梨彗君! それに今わたしの事好きって」
「うん、その本当だったらあの時言いたかったんだけど」
俯かずに暁さんの目を見る。
「好きです。僕と付き合ってください」そういうはずだった僕の声は見知らぬ男の声によって搔き消された。
「あれ? もしかして暁か」
声がする方を振り向くと見覚えのある黒い制服。
いや、学ランを身に纏った上学の生徒と思しき三人の人物が僕らの事を見下ろしていた。
「え、野島君がどうして......」
「いやー久しぶりじゃん。よく俺の事覚えてたな、ってまぁ忘れるわけないよな。いじめっ子の暁さん?」
「ちがっ! それは」
彼女の視線が向いた先は何故か僕だった。
それにつられて野島君と呼ばれていた男もこっちを見る。
「つーかこの地味男誰? もしかして暁の彼氏? だったらまじ止めた方がいいよこんなフツメン。顔だけ見たらお前ら釣り合わなさすぎだろ」
よほど面白かったのか、彼らは本人を前にしてゲラゲラと笑う。
は? なんだこいつら。そんなの自分が一番わかってんだよ。あぁ?
「すいません、どちら様ですか?」
「ん? あぁ俺か」
スッと男の視線が暁さんを捉える。
「そうだな。まぁ強いて言うなら、そこにいる猫かぶりの元好きな男かな」
「えっそれはどういう」
「もうやめて!」
叫んだのは暁さんだ。
全員の視線が彼女に集まるなか、彼女は野島君を睨む。
「何しに来たの」
「別に用はないさ。ただ、知り合いがいたから話しかけた。それに問題があるとでも?」
「そう、じゃあ私たちはもう行くから。いこ、梨彗君」
僕の手を取り暁さんは立ち上がった。
横でスヤスヤと寝息を立てる立花さんを起こすために声を掛ける。
「おいお前」
そんななか野島と呼ばれる男が僕の肩を掴んだ。
「なんですか」
暁さんが話したくないと雰囲気を放つ当たり、できれば僕も関わりたくないのだが。
「お前は暁のなんなんだ」
「ただのクラスメイトですよ」
「へぇクラスメイト。ねぇ」
男はその瞬間にやりと口角を上げた。
「仲のよかった友人を虐めるような屑女と友達でいようとかよく思えるな。って、あぁもしかしてこれ秘密にしてたか。わりぃわりぃ」
僕の手を握る暁さんの温もりは途端に無くなってしまった。
それは彼女が僕の手を離したことと、男に対する怒りで握りしめた手のひらに爪が食い込んだ痛みのせいだ。
「てか暁の横で寝てる彼女可愛いじゃん。よかったら俺に」
男がその言葉を言い切ることは無かった。
なぜなら、男の顔面には僕の拳が打ち込まれていたから。
漫画の様に拳一つで体が飛んで行ったりすることは無い。
ただ突然の衝撃に彼は一歩二歩とよろめき、その澄ました顔に明白な怒りを滲ませていた。
「いっ......てぇなぁっ! 糞野郎がなにしやがんだ。あぁ?」
男を殴った拳がジンジンと痛む。
それに彼女はきっとこんなことを望んじゃいない。
男の発言何て無視して立ち去るのがよかったのだろう。だが、それではどうしても納得できなかった。無意味に彼女の過去を抉りだし傷つけた野島という男に、僕はかつてない程の怒りを感じていた。
「糞野郎はどっちだ。今すぐ暁さんに謝りやがれ!」
「正義面とかまじでお前キモイんだよッ!」
次は男の拳が僕を殴り飛ばした。
「い゛っ......」
起き上がろうとすると、生い茂る草本が赤く染まっていることに気づく。
それ以外にも当たりどころが悪かったのか体の節々が悲鳴を上げていた。できることなら逃げだしたい。自分のやってる正義面がキモイ何て僕が一番知っている。
ーーアホだろ。
ーー寒いわ。
幻聴か、はたまた誰かがそう言ったのかは分からないがそう聞こえた気がした。
だけど僕は。僕は、暁さんを嘲笑ったあいつを絶対に許さない。
気合だけで立ち上がり糞野郎を捉える。
足元がよろめき視界も悪い。それでも走り出そうとして、僕は何者かに捕まえられた。
「梨彗落ち着け!」
「佐藤離せ! あの糞野郎を謝らせるまで僕はやめない!」
ここからの事は正直あまり覚えていない。
ただ、分かるのは僕が佐藤に抑えられ続け、糞野郎は先生が来るのと同時に逃げられたということだけだ。
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