第14話 過去
「あれ? もしかして梨彗君?」
夕暮れ時。
気分転換にでもと思い町中を歩いていると、聞き馴染みのある声が耳に届いた。
そこに居たのは制服姿の暁さん。
普段だったら喜んでいただろうが、正直今は一番合いたくなかった相手だ。
「やあ暁さん。今帰り?」
「うん。委員会の仕事が長引いちゃってね。梨彗君はこんなところで何してるの?」
「散歩、かな」
「そうなんだ。あのね......勘違いだったらそれでいいんだけど梨彗君もしかして何かあった?」
「どうしてそう思うの?」
「目の下に大きなクマが出来てる。それになんだか元気がないようにも感じるよ」
俯く僕を心配そうにのぞき込む暁さん。
目と目が合い、僕は目を逸らした。ただ、それは恥ずかしかったとかそういう感情ではないと思う。彼女の瞳が僕の表面的な部分以外にも見透してきそうで、僕の暗い部分が露見してしまいそうで......。総じて僕は初めて彼女に不快感を抱いていた。
「ねぇ梨彗君これから何か予定とかってある?」
「え、特に何もないけど......」
「それじゃあさ、少しだけ私に時間をくれないかな?」
え?
☆彡
「あそこのベンチに座ろっか」
「う、うん」
どうしてこうなった。
黄金色の夕焼けが僕たちを照らす下で、手には噂で聞いたことのあるタピオカジュースを片手に僕らは近くの公園に訪れていた。
さっきまでの不快感や弥美との問題は今もなお僕を苦しめている。だがそれ以上に今の状況を僕は理解できないでいた。
ジュースが冷えていたのかはたまた手汗か、手は異様に濡れている。
ストローに口を付けタピオカジュースを吸うがどちらも味が分からない。ただ、タピオカのふにゃふにゃとした触感だけが存在を示す。
「梨彗君はさ、人を虐めたことってある?」
その言葉は間違いなく彼女から放たれた。
どこか遠くを眺める彼女の瞳は今までに感じたことのないくらい冷え切っている。
無言で僕は首を横に振る。
「私はあるんだ。それも一番仲の良かった友達相手にね」
「えっ」
驚いて彼女を見ると、目が合った。
「昔ね私に好きな人がいたの。その人はクラスの人気者でかっこよくて走るのも早くて、私も気が付いたら好きになってた。当時は今よりも引っ込み思案でね男の子に話しかけるなんて無理だった。けど、その友達に背中を押されて告白したんだ。そしてらねその男の子は何て言ったと思う?」
「いいよ、とか」
「そんな軽いものじゃないよ。『俺と付き合いたいならそいつを虐めろよ。そうしたら考えてやる』って。バカだよね。こんな訳の分からない返事を飲み込んで、好きな人のためなら仕方ないよねって考えちゃって。私は友達を虐めた。
ごめんね、こんなくらい話をいきなりしちゃって」
「うん。でも、どうして話そうと思ったの?」
僕に何かあったと思うなら悩みを聞きだせばいい。
少なくとも自分の過去を他人に、ましてやただのクラスメイトに打ち明けた理由が分からない。
「ここからはただの予想なんだけど、悩みの原因って弥美ちゃんじゃないの?」
「え、それをなんで......」
「やっぱりそうなんだ。前に会ってあの子に抱いた印象は梨彗君はすきだけど素直に伝えられない子って感じだったから。あとは梨彗君ってあまり友達とか少なそうだから消去法で......」
最後の方は聞かなかったことにして、なるほどと思った。
だったら最近よく近くにいたのもそういうことだったのだろうか。
「それでね、何が言いたかったかと言うと......。あれ、私何を言おうとしたんだっけ」
「ぷっ......」
一番大切な所を忘れるって。
久しく忘れてたけどこのポンコツさこそが暁さんだった。
「と、とりあえず大切なものは早めに取り戻しておかないと大変なことになっちゃうよって話!」
「それは暁さんの過去とも関係あるの?」
「あーーーーーうん。そうだね、うん。私の場合はかなり早かったんだけどもう手遅れだったというか何というか」
「?」
随分と歯切れの悪い言い方だな。
「もしかして聞いちゃまずかった?」
「いや、まずくはないんだけど。んーーー。停学開けたら教えてあげる!」
停学期間まだ二週間も残ってるのにそれは生殺し過ぎる!
「それよりも梨彗君は今から何すべきなの!?」
「え、もしかして今から謝りに行かされる感じなの!?」
「当たり前だよ! ほら、ジュース早く飲み切る!」
「ちょまっ......ゴホッゴホッ」
「わっごめんね! 飲み物飲み物ーー。あ、梨彗君これ飲んで!」
そういって渡されたものに口を付けた。
あれ、これってもしかして......。少し落ち着きを取り戻した僕は自分が持っているそれを見た。さっきまで隣で暁さんが飲んでいたタピオカジュースだった。
顔が沸騰したかと思えるほど熱くなった。
「これって間接キーー」
「ふぇ!? 梨彗君さっさと行くよ! ほら、早く!」
すっかり中が空っぽになったジュースの容器を搔っ攫った暁さんは、僕に背を向けて歩き出した。その時ちらっと見えた横顔が少し赤身を帯びていたのは恥ずかしさのせいか、はたまた夕日のせいか。
前者であることを願って僕は彼女の後を追った。
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