第二十五話 ワイルドハート

 植物園の一角。

 キイチとエリカ、ミチルとセイヤが向かい合って立っている。ミチルは大きく両手を広げた。


「大歓迎だよ!」


 ぽかんとするエリカをしり目に、キイチは二ヤリとした。ミチルはさらに続ける。


「というか、こちらから声をかけようかと思っていたくらいなんだ」


 エリカはきょときょとしながらも口を開いた。


「そうなん、ですか?」


「ああ、エリカには今日伝えようと思っていたんだけど、あと一か月でオーシャンローズを復元させるのはやはり無理があると思うんだ」


 瞬間、エリカの瞳が潤みだす。


「そんな、私、頑張りますから! だからそんな……」


 ミチルは柔らかい声音でさらに続けた。


「オーシャンローズをあきらめたからと言って、解散阻止をあきらめたわけじゃない。それに代わる成果を出せばいいんだ」

「成果……」


 にっこりと微笑むと、ミチルは口調をはっきりとしたものに変える。


「百年に一度咲くと言われているワイルドハート。資料では和平協定締結の際に吸血鬼側から手渡されてる」


 それまで黙って話を聞いていたキイチだったが、何か話そうとするエリカを遮るように言葉を発した。


「ワイルドハート。吸血鬼を殺せる毒をもつ花を渡すことで敵意がないことを示したと言われてますが、実際には毒はなかったのでは?」


 ミチルはキイチに目線を移し、きっぱりと告げる。


「ああ。抽出されたのは無害な蜜だけだった」


 四人を取り囲む空気が落胆に変わったその時、ミチルは再びきっぱりと言い放った。


「しかし! 最近の研究でこれは抽出技術が未発達ゆえに失敗しただけだった、あるいは採集から時間が経っていたせいで成分が変異してしまっていたのではないかという説が出てきたんだ」

「ほう」


 キイチは身を乗り出す。エリカも同じく身を乗り出しながら言った。


「なら、ワイルドハートから毒を抽出できれば……」

「ああ、解散阻止どころか表彰ものだよ」


 ミチルに優しく笑いかけられ、エリカの表情はパッと明るくなる。その雰囲気はたしかに特別で、それがキイチは気に入らなかった。冷たくキイチは言い放つ。


「水を差すようだが、そんな大発見なら抽出はプロに任せた方が良い」


 告げられたミチルは困ったように笑った。エリカも笑っている。こちらは含み笑いだ。思っていたのと違う反応に、キイチは困惑した。


「なんだよその笑い?」


 エリカは大きく胸を張り、お芝居のセリフのように言う。


「控え居ろう。こちらにおわすをどなたと心得る?」

「は?」


 まるで状況が飲み込めなかったキイチは、間抜けな声を出すしかない。それまでずっと黙って話を聞いていたセイヤが助け舟を出した。


「ミチルは国家研究者も認める抽出技術者だ」


 エリカが横から口を出す。自分のことのように自慢げだ。


「そこら辺のプロに任せるより断然確実なんだから!」


 ミチルはまた困ったように笑った。エリカの滑稽な様子に、キイチは嫉妬が幾分和らぐのを感じた。キイチは頷く。点と点がつながっていた。


「なるほど。それで俺達吸血鬼に声をかけようと思っていたと」


 ミチルが微笑む。


「そうなんだ。人間側にあるワイルドハートの情報は譲渡された一輪から得たものだからね。生息地や生育状況なんかはまるでわからないんだよ」


 完全に自分のペースを取り戻したキイチは、流れるような動作で手を胸に当てた。


「そういうことならお任せください。使われたオーシャンローズに報いるためにも、このキイチ・ブラッド、全力でお手伝いさせていただきます」


 ミチルはほっとした様子だ。


「ありがとう。心強いよ」


 キイチとミチルはどちらからともなく握手をする。エリカが笑顔になったその時、突然誰かが茂みから顔を出した。


「話は聞かせてもらった!」


 ツルギだった。ミチルとエリカは驚いてこけそうになっている。セイヤは気づいていたのか無表情のままだ。頭を抱えたのはキイチである。キイチはうめくように声を出した。


「どっから聞いてやがった」


 ツルギは楽しげに言う。


「ミチルさんの『大歓迎だよ』からだな!」


 キイチはあきれを隠さず声にのせる。


「最初からか……」


 ニッとツルギは笑った。


「こんな面白そうなこと俺が見逃すわけないだろ? 断られても同行させてもらうさ」


 ため息を一つつくと、キイチはミチルに向き直る。


「……こいつは一見ちゃらんぽらんですが、その実かなり能力が高いんです。よければ同行のお許しを頂けませんか?」


 ミチルはキイチに微笑んだ後、ツルギに向き直った。


「僕は一向にかまわないよ。よろしくね。えっと」

「ツルギです。ツルギ・フォースター」

「ミチル・クツナです。どうぞよろしく」


 握手するミチルとツルギ。そんな一行のやり取りを、リイサは校内から見つめていた。リイサ以外誰もいない暗い廊下からじっと、キイチのことを見つめている。憎しみの視線に気づくものは、いなかった。

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キイチ・ブラッドとストレンジャーな婚約者 ノザキ波 @nami_nozaki

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