第二十四話 対話する婚約者

 イル・アンヴァン学院、中庭。

 エリカとキイチは隣り合ってベンチに座っていた。キイチはちらりと横目でエリカを見る。明らかにむすっとしていた。キイチは口を開く。


「セイヤ・シドウにライ・デイビーズ。今は不在のホズミ・マーティンと、俺は最近武者修行中なわけだけど……」


 キイチは今度は体ごとエリカの方を向いた。


「えーっと、エリカ?」


 エリカはキイチの方を向かない。


「なあに?」

「……ご立腹だな。どうした?」

「別に普通よ」


 キイチはため息をついた。


「俺達には対話が足りないから、最初は義務でも対話の時間を作ろう。そういったのは君だぜ?」

「ええ。だからこうして」

「……そんなに俺は信用できないか?」


 さみしさをたたえたキイチの声に、エリカはバッと顔を向ける。


「違っ」

「じゃあ話してくれよ。ご機嫌斜めなエリカチャン?」


 キイチは頬杖をついた。それを見てエリカは口をもごもごさせていたが、やがて観念したように口を開いた。


「その、毒物同好会のことなの」


 スッとキイチの目が鋭くなる。


「へえ?例の『ミチル会長』か?」


 キイチは微笑んでいるが、目は笑っていない。エリカはおずおずと続けた。


「……私は今も昔もキイチ君が一番好きよ? でもミチル会長は特別なの」


 エリカの唇がとくべつと動くと同時に、キイチは眉間にしわを寄せる。


「特別ねえ……」


 エリカはキイチを真っ直ぐ見て言う。


「シイナとはまた違う……ほんとのお兄さんみたいな存在なの」


 少しの間キイチは目を伏せた。沈黙が流れる。そっと目を開き、キイチはきっぱり告げた。


「わかった。とりあえずミチル会長の話はあとにしよう。毒物同好会で何があったんだ?」

「もう信じられないのよ!」


 エリカは食い気味に答え、ずいと身を乗り出す。


 ×××


 一部始終をエリカが話し終えた後、キイチは頷いた。


「なるほどな」


 エリカはまだプンプンしている。


「そうなの。信じられないのよクルミのやつ」

「……だとしたら、責任の一端は俺にもあるわけだ」


 猫のように目を細め、キイチは首をかしげてみせた。思いもよらぬ言葉にエリカは言葉を詰まらせる。


「えっ。ええ、まあ……たしかに言われてみれば」

「なら、俺にも手伝わせてくれ。毒物同好会解散阻止」


 今度はキイチが身を乗り出した。エリカはキョトンとする。


「それは、あなたが毒物同好会にも顔を出すってこと?」

「そうなるな」


 キイチはニヤリと笑った。口元に手を当て、エリカは考える姿勢を取る。


「私はかまわないけど、ミチル会長に確認しないと……」


 言い終わるより前に、キイチが立ち上がった。


「決まりだ。行こうぜ」


 エリカはキイチの勢いに押されながらもなんとか言葉を紡ぐ。


「いいけど……ミチル会長がダメだって言ったらダメだからね」


 立ち上がるエリカに、キイチは微笑みかけた。キイチは人を懐柔するのが得意だったし、仮に断られた時は『実力行使』すればいい、そう考えていた。そんな不穏なキイチの考えにはつゆほども気づかず、エリカは微笑みを返すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る