第二十三話 三等吸血鬼

 中庭。

 大きな木陰で一人の青年が眠っている。名をライ・デイビーズといい、短い茶髪を後ろでひとくくりにしていた。そっとキイチが近づいていく。二人の距離が一メートルほどになったとき、ライは目を開け、じろりとキイチを見た。


「誰かと思えば『キイチ様』じゃねーか。何の用だ?」

 

 ライの刺すような視線をかわしながらキイチは答える。


「ライ・デイビーズ。この学院で三本の指に入る強さだと聞いた。ぜひ一戦交えたい」

「ああ?」


 心底不快そうにライは顔を歪めた。反対にキイチは柔らかく笑む。


「相手になってほしい」

「なんだか知らねーがいいのか?一等吸血鬼サマが三等吸血鬼に話しかけたりしてよ」


 吸血鬼には一等から三等まで等級が存在する。二等が最も数が多く、中流階級の者が所属している。次に数が多いのが三等で、出自の不明確な労働者階級の者が所属する。最も数の少ないのが一等で、上流階級の者が所属していた。


「三等吸血鬼であることと強いことは何の関係もない。繰り返すがぜひ一戦交えたい」


 ライは大きく舌打ちをすると目を閉じた。


「やだね。他当たれよ」

「もちろんタダでなんていうつもりはない」


 再び目を開けると、ライは睨むようにキイチを見る。


「なんだと?」


 キイチはニヤリと笑って言った。


「もし俺と戦って君が勝ったら、君のおばあさんの薬代一月分。俺が持とう。悪い話じゃないだろ?」


 ライはじっとキイチを見つめる。


「調べたのか」

「交渉の基本だろ?」


 再び舌打ちをするライ。


「いいぜ。怪我しても文句いうなよ!」


 瞬時に起き上がり、いきなり蹴りをかます。キイチはわざとらしく驚き、しかしさらりと蹴りをかわした。


「おっと。しかるべき場所でないとお叱りを受けるぜ?」

「ばれなきゃいいんだよ」


 ライと組み合いながら、キイチは冷静に分析する。ライの動きはトリッキーだった。次の攻撃が読めない相手といかに戦うか。スカラとの再戦に生かせそうだとキイチはほくそ笑む。次の瞬間、甲高い声が響いた。


「そこの吸血鬼たち! 学院内での私闘は禁じられています! 即刻おやめなさい!!」


 数メートルほどの場所に、仁王立ちのクルミがいた。ライとキイチは動きを止める。キイチは肩をすくめた。


「だから言ったろ?」


 ライはじろりとキイチを見た。


「てめえ、気配に気づいてたならなんで言わなかった」

「いう暇もなかっただろ」


 キイチは大げさにため息をついてみせる。三度ライは舌打ちをした。


「興がさめた。やめる」

「またぜひ頼むよ。今度はしかるべき場所で」


 ポケットに両手をつっこみ、ライは吐き捨てるように言った。


「やなこった」




 廊下。

 歩いているキイチに、リイサが話しかけた。


「キイチ君!」

「リイサ」


 リイサは柔らかく笑む。


「何か困ってることない? なんでも聞くよ?」

「いや、ありがたいんだが……」


 困り顔のキイチにリイサは首を傾げた。キイチは真っ直ぐリイサを見つめ、口を開く。


「エリカがあまりいい顔をしないんだ。ツルギと一緒の時はかまわないが、二人でいるのはやっぱりよくないと思う」


 リイサは一瞬目を丸くしたが、すぐにまた笑顔になった。


「そう、だね。うん。エリカさんに悪いもんね」

「すまない」

「ううん。謝らないで」


 キイチはまたリイサを真っ直ぐみて微笑む。


「ありがとう。それじゃあ」

「うん。また」


 去っていくキイチをリイサはニコニコと見送っていた。だが次の瞬間スッと無表情になる。いや、無表情ではない。確かな怨嗟をたたえていた。

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