やわらかい指

山本アヒコ

やわらかい指

 前ぶれもなく、誕生日や何かの記念でもないのに友人から贈られたのは『二本腕』だった。プルイはそれを前にしてただ困惑している。友人はというと、その様子を見て笑うでもなく、ただ普通の様子で彼を見ていた。

「これをどうしろと?」

「これならお前にも合うかなと思ったんだ」

 プルイはもう一度二本腕へ目を向ける。しかし二本腕はプルイではなくやや下側へ顔を向けていた。足元ではなく、やや前方。プルイとの中間あたりだ。

 プルイはそれを少し不思議に感じた。いつもの二本腕なら恐怖でこちらの顔を見れず、自分の足元へ視線を固定するのが常だが、これは何とも判断できない中途半端な位置だ。さらには恐怖しているように感じない。

 プルイはもうひとつ普通の二本腕と違うところを見つけた。片手に杖を持っている。

「これは足に何か問題が?」

「いいや、目のほうだ」

 プルイは二本腕の顔を、身をかがめてのぞきこむ。ややうつむいた顔は二本腕基準で整っている。ただ両目は閉じられていて瞳の色はわからなかった。

「目がみえないのか」

「だからいいと思ったんだ。お前はどんな二本腕も気に入らないからな。逆にこういう傷物のほうが合うと思った」

 プルイはなぜそうなるんだと表情を歪めた。それを気にすることもなく友人は無表情。

「いらないなら処分するぞ」

 プルイはしばらく悩んだ。まず友人はなぜ自分にこんな贈り物をしたのか。二本腕をそもそも好んでいないのに、なぜ持ってきた。しかも目が見えない傷物を。

「前に言っていただろう。二本腕と話してみたいと」

 そう言われるとたしかに言っていた気がする。しかしプルイが忘れるほど昔のはずだった。それを覚えていたのか、思い出したのか。

「で、どうする」

「……わかった。もらおう」

 プルイが頷くと、友人は二本腕の背中を軽く押した。軽くといっても二本腕には強かったようで、数歩たたらを踏んだが持ちこたえた。

「おい、目が見えないのだろ。倒れるぞ」

「なに、大丈夫だ。生まれつきだから慣れている」

 プルイがもう一度文句を言おうとする前に二本腕が口を開いた。

「はい、大丈夫です」

 小さいが、鳥のように高く耳に届きやすい声だった。

「じゃあ、俺はもう行く」

 友人の姿が消えても、しばらく呆れながらその場に立っていたプルイだったが、そばに二本腕がいることを杖が地面をたたく音で思い出した。

「プルイさま、いらっしゃいますか?」

「あ、ああ。すまない。君は僕の名前を?」

「はい。私はプルイさまのところへ行くと教えてもらいましたので」

「そうか……」

 話をしてみたいと思っていたが、いざそうなるとプルイは何を話せばいいのか混乱した。なぜならこうやって二本腕と一対一で対面しているのは人生初の出来事なのだから。

「……とりあえず家に入ろう。あっ、すまない。目が見えないのだよな。えっと……」

「私の名前はスーサです、プルイさま」

「そうか。スーサ、僕はどうすればいい?」

「プルイさまは前を歩いてください。足音を聞いてついていきますので」

「段差や階段は大丈夫なのか?」

「はい。杖がありますから」

 スーサは手に持った杖を少し持ち上げて見せた。

 プルイは家のドアを開け、言われた通りに先導する。ドアの手前には二段の小さい階段があるのだが、スーサは杖を当てて確実に段差を読み取って難なく歩く。

 プルイはスーサの歩く様子を、先導しながら興味深く観察した。歩く速度は遅いようには見えない。ただ手に持った杖で小刻みに足元を叩き、障害物や段差を把握している。

「そこの椅子に座って……えっと、そうか見えないのだったな」

「大丈夫です。椅子は私から見てどこにありますか?」

 プルイが「少し右側の前」と言うと、スーサは杖で軽く叩きながら歩いて簡単に椅子の位置を把握した。そのあと手で椅子を触って形を確認すると座る。椅子が高かったので少し苦労していた。

 プルイもテーブルを挟んで対面に座ったが、何を話せばいいのかわからない。スーサも黙って座っている。スーサの見た目はよくいる二本腕と変わったところは無い。ただ肩より長い髪の毛はかなりのくせ毛で、波打ちながら広がっている。

「ここは、プルイさまの家ですよね。私はここで暮らすことになるのでしょうか?」

「ん? ああ、そうなるな」

「では、すみませんが家の中を案内していただけませんか。私は目が見えないので、まず家の形や家具の場所を覚えなければいけないのです。その時、できれば家具や壁などを触らせていただけませんか。もちろん触ってはいけないものには触れません」

「わかった」

 プルイはスーサを連れて家の中を廻る。つまづいたりしないか注意していたが、危なげなく初めての場所を歩いていた。注意深く小刻みに杖を動かし、手で壁の質感を確かめる。

 廊下と部屋の境目のところでスーサが立ち止まる。杖で何度も廊下と部屋の床を叩いて音を聞いていた。

「それは何をしているんだ?」

「音の違いを確かめています。廊下と部屋で音が違うので、場所を確認できます」

「僕にもわかるだろうか」

「やってみますか?」

 スーサが杖を差し出したので、それを手に取ってみた。プルイにとっては短かすぎたが、床を叩くだけなので問題ない。何度か叩いて音を確かめる。

「……違いがわからない」

「慣れればわかるようになります。私も音が分かるようになったのは、十歳ぐらいでした」

「君は今、何歳なんだ」

「十九歳になります」

 プルイは二本腕の年齢の違いなどわからないが、おそらく若いのだろうということはわかる。老いた二本腕の皮膚は皺が多くなり、直立が難しくなり腰が曲がっていく。

 プルイは杖を返して案内を再会する。別に知られたくない場所や触られたくないものなどないので、全ての部屋を案内する。プルイの自室もだ。ただこの家に住むのはプルイひとりだけなので、家全てが自室と言えるかもしれない。

 案内しているとプルイはあることに気づく。空き部屋はあるのだが、スーサの家具がない。家にあるベッドはプルイが使っている一つだけしかない。幸い毛布は予備があったはずなので、今日はリビングのソファーで寝てもらうしかないだろう。

 なぜなら窓の外はすでに夕暮れに染まっていたからだ。友人が訪ねてきたのは、今から一時間ほど前なのだから、これはプルイを責めるのは間違いだろう。友人が非常識なのだ。

「これで家の案内は終わったけど、一度で覚えられるか?」

「完全には無理ですが、大体のところはわかりました」

「すごいな」

 プルイが感心するとスーサは小さく笑った。その唇から漏れた声を聞いた瞬間、プルイは言葉にならない感覚がした。そもそも二本腕にとってプルイたちは恐怖の対象でしかなかった。主人であり支配者であり、捕食者。しかしスーサはそんなプルイを恐怖するどころか、笑顔まで見せている。それはどんなに特別なことなのだろうか。

「どうしましたか、プルイさま?」

 目が見えないはずなのに、じっと見られていたことにスーサは気付いたのだろうか。なぜかプルイは恥ずかしくなり、視線をそらした。

「い、いや。もう夕食の準備をしなくてはと思っただけだ」

「あ、もうそんな時間ですか」

 プルイは自分がやると言ったが、スーサも夕食の手伝いをすると言って譲らなかった。いつか自分で料理しなければならない場合があるだろうし、覚えるなら早いほうがいいと言われれば断る理由はなかった。

「このブルルスイはどうだ?」

「すいません。それは食べられません」

 実際に料理をしてみれば、スーサと一緒にやってよかった。プルイとスーサでは食べられるものに違いが多すぎた。プルイたちが食べる食材の多くが、二本腕には食べられない食材だったのだ。舌に合わないどころか毒物である場合もある。

「これを切ればいいんですよね」

「見えないのに、本当に大丈夫か?」

 いつも使っている調理器具ではないので多少やりにくそうだったが、スーサは問題なく食材を切ったり刻んだりしている。普段から料理をしている証拠だ。ただ調味料は使ったことが無いものばかりなので、それはプルイに聞かなくてはならなかった。

「プルイさまたちの料理はしたことがなくて……塩や砂糖はわかるのですけど」

「これはテンチー。煮込み料理に使う。量は鍋ひとつにこの匙でふたつぐらい」

 スーサとの料理はプルイにとって新鮮な体験だった。そもそも誰かと一緒に料理をする体験がほとんどない。二本腕向けの料理もしたことがない。そして、二本腕に料理を作ってもらうことは初めてだ。

 料理を終え、プルイとスーサは同じ食卓を囲み夕食をたべる。この家にはプルイたちが使う食器しかないのでスーサには大きくて使いにくそうだったが、食事するには問題がなかった。

「美味しいです」

「うん。今日のはいい出来だ」

 スーサが笑顔を浮かべる。それを見て自然にプルイも笑顔になっていた。


「これをひねればいいですか?」

 スーサがバルブをひねると、頭上から温水がシャワーとなって降りかかる。スーサの豊かに波打つ髪と、裸身を濡らしていく。バスルームの床に落ちた温水が白い湯気となる。

「あたたかい……」

 シャワーを浴びるスーサを、バスルームの外に立つプルイが見ている。バスルームのドアは開いていて、スーサの裸がしっかり見える。二本腕の裸をしっかり見たことは無いが、腰は細くかなり痩せているように見えた。

 スーサは髪の毛を指ですくようにして洗う。両手で上に払うと水しぶきを飛ばしながら、背中側へ髪が跳ねる。スーサは嬉しそうに両腕を手でなぞり、丁寧に温水を塗りこんでいるように見える。背中から尻へ温水が流れ、滴り落ちた。

 そこでプルイはずっと見つめていたことに気づき、なぜか慌てる。二本腕の裸を見たところで、何が問題あるというのだろうか。

 プルイがスーサの入浴を見ていたのは、盲目のスーサがちゃんとシャワーを使えるように手伝っていたからだ。スーサは大丈夫だと言っていたが、そうは思えなかった。

 プルイは慌ててバスルームのドアを閉めた。


 スーサは毛布にくるまってソファーで眠っている。やはり急な生活環境の変化に疲れていたのだろう。シャワーを終えて横になったら、すぐに静かな寝息をたてるようになった。

 あらためて観察すると、プルイとスーサは全く似ていない。顔の形はもちろん、毛布からのぞく指や爪の形と大きさ、肌。

 ふいにプルイはスーサに触れたくなった。無意識に伸ばした指は、触れる寸前、長い爪が当たる前に停止した。

 触れてみたい。しかし、この指では駄目だと感じた。触れるのはこの指ではない。

 プルイは静かに手を引くと、しばらくスーサの顔を見て部屋から出ていった。


   ******


 次の日は、朝からプルイは街に出かけていた。向かったのは市場。スーサが食べられる食材を探しに来ていた。家にあるもので問題ないものは数種類しかなかったのだ。

 足りない物は食材だけではなかった。寝具や家具、さらには服と下着なども。プルイの家に来たときスーサの持ち物は何もなかったのだ。せめて着替えぐらいは用意しなかったのかと、プルイは友人に腹が立った。

「このベッドはかなり小さいサイズですが、問題ないですか?」

 店員がプルイにベッドサイズの確認をする。たしかにプルイでは体を丸めないと寝ることはできそうにない。しかしスーサなら問題ないどころか大きすぎて持て余すほどだ。

 ベッドのほかにクローゼットと棚を購入した。こちらも小さいがスーサ用である。購入した家具は後日運んでもらうことになった。それまでスーサにはソファーでがまんしてもらうしかない。プルイの目が悩まし気に細くなった。

 ベッドなどを購入すると昼時になったので帰ると、スーサが掃除をしていた。両手で持った箒で廊下を掃いているのを見て、プルイは驚く。

「何をしているんだ」

「あ、プルイさま。もしかして掃除をしてはいけませんでしたか?」

「そんなことはないが……その箒は自分で見つけたのか?」

「はい。昨日プルイさまに教えてもらいましたから」

 たしかにスーサに家の中を案内したときに掃除道具の入った場所も教えたが、一度だけしか言っていない。かなり記憶力があるようだ。

「とにかく、掃除はもうしなくていい」

「わかりました」

 スーサは箒を杖がわりに使って掃除道具がまとめて入っているロッカーへ向かう。心配になってプルイもついて行くが、迷うことなくたどり着いた。しかし箒をしまうと手には何もないので、手で壁を伝いながら移動するしかない。杖は壁に立てかけられていた。

「スーサ、これを」

「ありがとうございます、プルイさま」

 杖を受け取ったスーサは笑顔を見せた。プルイも思わず笑みを浮かべたが、急に恥ずかしくなって片手で顔を隠した。しかし、その様子は盲目のスーサには見えない。

「どうしましたか?」

「……いや、食材を買ってきたから昼食をつくろう」

「もうそんな時間ですか? すいません時刻がわからないので」

「そうか時計も見えないのだな。今度、時刻を知らせる時計を買うとしよう」

「そんな、もったいないです」

「遠慮しなくていい。スーサのベッドと家具も注文した。しかし届くのは数日後になるから、それまではソファーでがまんしてもらえるか?」

「私はソファーで十分です」

「気にするな。高いものではない。幸いスーサの体は小さいからな」

 昼食の準備をしながら穏やかな会話が続く。

 支配者と被支配者、恐怖される者と意識すらされない者。圧倒的に立場の違う、触れ合うことのなかった二者の交流。その不可思議を誰も気づいていない。


 昼食を終えると、プルイは再び街へ向かった。スーサの服と下着を購入するためだ。

 最初はスーサと一緒に行くつもりだったが断られた。

「すいませんが、まだ家の中を完璧に覚えられていないので。プルイさまが帰ってくるまで、家の中を歩いて覚えたいのですが、よろしいですか?」

 プルイは了承したが、階段が危険だということで二階にあがることは禁止した。スーサは大丈夫だと言ったが、許可しなかった。

 まずよく行く店に向かったが、そこにスーサが着れる服はなかった。プルイたちが着る服しかなかったのだ。

「そういえば、二本腕用の服はどこで売っているのだ?」

 これまで二本腕と積極的に関係してこなかったプルイは、ひとつも思いつかなかった。

 そこでこれまで数回しか行ったことのない『二本腕市場』へ向かった。

 プルイは街の中心部から周辺部へ向かう路面馬車から降りると、目の前には高い壁と鉄柵の扉がそびえていた。この先が二本腕市場になる。

 入り口には数人の武器を持った歩哨が立ち、二本腕の脱走を見張っていた。それを通り抜けると、プルイと同じ四本の腕を持つ種族たちがひしめいていた。街と比べるとやかましく、衛生的ではない。だが陽気さと熱気はそれ以上に感じる。

 二本腕市場の大通りは入り口から真っ直ぐ伸びていて、その両側に大小の店が並んでいる。多くの店には鉄製の檻が並び、その中に二本腕がひしめいていた。

 檻の中には老若男女の二本腕が入っている。若いもののほうが多そうだ。店構えの立派な場所は男女年齢別に入れられていたりするが、汚れが目立っていたり小さな店の多くは男女年齢の別もなく入れられているのが目立つ。

 両者に共通しているのは、全ての二本腕が布や革でつくられた口枷が装着されていることだった。二本腕たちは涙を流し何かを訴えていたり、あるいは床に座って微動だにせず、あるいは現実を放棄した光を瞳に浮かべていたりした。

 その様子にプルイが何かを思う事は無い。これが社会の常識だからだ。二本腕は労働力であり、食料でしかない。口枷は二本腕の言葉を聞く必要がないからだった。彼らはただ売られ買われ、消費されるだけの存在でしかない。

 プルイは二本腕の服を売っている店を探して歩いていると、不意に話しかけられた。

「旦那様は何をお探しで?」

 プルイは視線を下に向けると、まだ子供の四本腕が傍らに立っていた。

「君は?」

「ご存じないということは、この市場にあまり来たことはありませんね。ではご説明を。私はこの市場の小間使いみたいなものです。お客様の案内などもしています。旦那様を見ると何かお探しのようだったので声をかけさせていただきました」

「そうか。では二本腕の服を売っている店はどこか教えてくれ」

「え? 二本腕のですか?」

 子供は四本の腕を組んで悩んでいる。

「ここにはないのか?」

「ここにないというか……そうですね、大通りから外れて少し歩きますけどいいですか」

 プルイが頷くと、子供は大通りから路地へと案内する。狭い路地をいくらか進むと、大声が行き交う様子が聞こえる場所にたどり着いた。けっこうな大きさの建物で、多くの四本腕と檻に入った二本腕が出入りしている。

「ここはどこなんだ?」

「市場の集積場です。ここに毎日たくさんの二本腕が集まってくるんです」

 子供に建物のなかへ案内されると、いくつもの書類にサインしたり誰かへ指示をしている者のところへたどり着いた。

「これを六番地のところへ……ん? どうしたんだ?」

「はい。こちらの旦那様が探し物をしていて」

 子供がプルイを紹介する。プルイは四つの掌を相手に見せる。これは目上への挨拶として一般的なものだ。これを受けて年上であろう四本腕は二つの掌を見せた。

「何を探してるんだい?」

「二本腕の服と下着をいくつか」

 そう言うと相手は目を少し大きくして、子供へと「本当か?」と確認するために視線を向けた。子供は大きく頷いて見せる。

「少し待ってくれ」

 近くにいた部下らしき者に何か言うと、ほどなく膨らんだ袋を持ってきた。

「あちらに渡してやってくれ。それで満足してくれればいいんだがね……」

「確認しても?」

 相手が了承したことを確認して、粗末な麻袋の中身を見る。袋を開けると不快な臭いとともに、血と泥と垢に汚れた衣服が乱暴に詰め込まれているのがわかった。思わず顔を遠ざけてしまう。

「これはなんだ。新品はないのか?」

「新品だって?」

 プルイ以外の誰もが心底不思議そうな顔をしていた。

 もう一度部下に指示すると、先ほどより少し遅く戻ってきた。その袋の中身を確認すると、いくらか汚れていたが十分綺麗な服が入っている。

「入ってきたばかりの二本腕から脱がした服だけ集めさせたよ。汚れは少ないはずさ」

「感謝する。ところで新品の服を売っているところはないのか」

「二本腕の服を売ってるところなんて知らないねえ。隔離地区のなかにならあるのかもしれないが、聞いたことないよ」

「そうか。代金はいくらだ」

 提示された額よりさらに三割ほど多く支払った。もともとの額が少ないこともあったが、手間をかけさせた謝礼を含めた分だ。最初に子供へのチップを含めた額であると断られたが、プルイは強引に金を渡した。

 プルイは二本腕市場の大通りを戻る。相変わらず賑やかだが、四本腕の声しか聞こえない。檻に入った二本腕の口は塞がれている。着ている服は全て最初に渡された袋の中身のように汚れている。

 初めて見たときスーサの服は汚れていなかったことをプルイは思い出す。ということは、友人がわざわざ服を洗濯したのかもしれない。今度、酒でも贈ろうと思った。

 家に帰る途中、街でスーサ用の服をオーダーメイドする。店員に変な顔をされたが無視した。洗濯屋で中古の服の洗濯も頼む。こちらも無視した。

「おかえりなさい、プルイさま」

「ただいま、スーサ」

 帰宅したころには夕食の準備をする時刻になっていた。そこでプルイは時計を買うのを忘れていたことに気づく。

「すまない、時計のことを忘れていた。それに服も見つけられなかった」

「そんな、大丈夫です。それに古着があれば自分で縫えますから」

「スーサは服が縫えるのか?」

「はい。向こうではみんな自分の服は自分で縫うんです」

「そうなのか。ではいくつか私の服をあげよう」

 夕食の準備をしながら穏やかに、楽しそうに会話が弾んだ。


   ******


 スーサとの生活は、プルイの驚きと発見と、それ以上の心地よさだった。

 社交的でない性格のプルイとも、スーサは会話を楽しんでいる。ひと月もたたず家の中であれば問題なく移動できるほど順応した。掃除道具だけでなく、家具の位置や形、キッチンの戸棚のなかにある調味料の種類や場所、食器棚にある食器の位置まで覚えた。

 プルイは服だけでなく、スーサ専用の食器や調理道具も揃えた。どこにも売っていないのでオーダーメイドだ。包丁に泡だて器にボウル、ポットにカップやフォークとナイフ。どれもプルイが使うものよりかなり小さい。スーサがプルイの使う包丁を持てば大剣に、カップを持てば樽か桶になってしまう。


 スーサと生活をはじめて一週間後、スーサが絨毯に足をとられて転びそうになり、思わず手を差し出してしまった。初めて触れたその体はあまりに小さく軽すぎて、脆く崩れてしまいそうに感じた。

 スーサは感謝してくれたが、プルイは悲しくなった。スーサの腕に爪が当たってしまい青痣ができてしまったのだ。プルイの爪は硬く長い。四本腕にとってそれが普通なのだが、スーサの白みを帯びた透明で鋭さのない爪と比べると、硬く黒色に光る自分の爪がどうしても好きになれなかった。

 なので爪を折った。小枝を折るように。ちゃんとヤスリで滑らかに整える。スーサを二度と傷つけないように。短くなった爪を持つ指先を、嬉しそうにプルイは見る。

 二週間後にはひざの関節を二個から一個にした。これもスーサと同じにするためだ。しかしそうすると膝から下が異様に長くなってしまった。スーサのように腿とほぼ同じ長さにならないのが不満だったが、切断してつなげるのはさすがに難しかった。


 そんな普通の四本腕からすれば異様な姿になったプルイは、他の四本腕から奇妙な目で見られるようになる。しかしそんなことは気にならなかった。

 久しぶりに友人の自宅へ行くと、プルイの姿を見て何度も頷き左右のふたつの腕をそれぞれ交差させた。これは喜びの表現になる。プルイも同じように腕を交差させ信愛を示す。そして持ってきた酒を共に飲みほした。


 爪を短くしてからプルイとスーサはよく手をつなぐようになった。つなぐといっても手の大きさが違うので、スーサが繋ぐのはプルイの指一本だけだ。毎回つなぐ指をかえるのが楽しみになっている。感触が変化するからだ。

 そうなると次は肌の質感の違いが気になってくる。スーサの肌は柔らかく傷つきやすい。プルイの肌は表面こそ滑らかだが、鉄のように硬い。体温も感じられず、スーサは冷たくて気持ちいいと言うが不満である。

 どうすれば肌が柔らかくなるか医者に聞いたが、そんな方法は知らないしやろうと思ったことも無いと誰もが言った。そこで肌をいくらか剥いでみたが、すぐに硬い肌に戻ってしまう。

 なので剥いだあといくつかの二本腕の肌を貼り付けてみたが、すぐにはがれてしまった。縫い付けてみたが、癒着することはなく腐るだけだった。


 次に手の指を一本切断した。四本腕なので四本。二本腕では親指にあたる指が、プルイたち四本腕には二本あった。手のひらの上下に一本ずつあるので、スーサと同じように小指側の一本を切断した。生活には問題なかった。


 なぜプルイがこんな行為をするのか。スーサを怖がらせたくないからだ。

 プルイを恐怖しないのは、スーサの目が見えないからだと考えている。今のところその目を見えるようにする方法は存在しないが、いつの日かそれが可能になるかもしれない。その時プルイを目にしたとき恐怖に怯えることを考えると、絶望感に打ちのめされる。

 だからなるべくスーサと同じ姿に姿を整える。二本腕にしようとも考えたが、自分が四本腕だと知っているのでスーサに悟られてしまう。


 スーサに身体改造していることを知られてはいけない。こんな浅ましい感情を。


   ******


 スーサはプルイが爪を折ったことも、膝関節をひとつ失ったことも、肌を剥いだことも知っている。

 幼いころからの訓練によって、杖で地面を叩いた音の反響によって周囲の物の形を目で見ているかのように知ることが可能だった。

 またスーサは他人の感情を読み取ることに長けていた。盲目が故に感覚が鋭くなったのか、先天的に持っている才能なのかはわからない。

 盲目のスーサに優しくしてくれる二本腕はそれなりにいたが、そこにはひとりよがりな同情や哀れみ、目が見えていることへの優越感などを常に感じていた。

 プルイからはそれを感じない。あるのはまぎれもない優しさと執着心。

 スーサはプルイと手をつなぎながら、もう一方に持つ杖で足元を叩く。

 反響した音は、プルイがいくつもある目を閉じるため、まぶたを縫い合わせた顔を鮮明に感じさせてくれる。


 嬉しい。嬉しい。こんなにもあなたは、私に執着してくれている。だからスーサは気づかないふりをする。嬉しさを隠して、笑う。

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やわらかい指 山本アヒコ @lostoman916

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