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 Q.魔王は強かったですか?

 A.ボス補正の生命力がうざい。以上。


「まっ、魔王は倒れた!」


 ジン君、声がうわずってるよ?

 魔王は私が展開した多重結界【嘆きの封晶牢】の中で狭苦しくグルグルしている。

 生命力を削って削って削って……弱ったところでいまのように封印措置した。

 この【嘆きの封晶牢】も本当ならイベントをこなして習得する魔法なんだけど……。

 そういうものがあるって知っていれば習得方法を調べることもできるよね?

 というわけで魔王を封じる魔法もとっくに手に入れていて『第三部なんて存在しなかったんだよ!』状態なわけ。


「金色の聖女を守る守護者レインが魔王を倒した!」


 今度はちゃんと言えたジンの言葉で歓声が響く。


「皆さま!」


 続いて安全地帯から出てきたアンリシアの声が響いた。

 うーん、癒される。


「偽りの聖女は倒れ、この国を覆っていた疫病の源はいま、わたしの守護者によって下されました!」


 うんうん、台本通りにちゃんと言えてるね。


「いまだ国に疫病が残っていたとしても、消えるのは時間の問題です」


 アンリシアの演説は続く。


「この疫病は、この国の悲しい過去が引き起こしたものです。ですが、過去にこだわってばかりではいけません。わたしたちが生きているのは過去ではないのです。よりよい今と明日のためにいまある怒りと悲しみはともに流してしまいましょう」


 この台本を考えたのはアンリシアだ。

 なにを勝手なと思う部分はもちろんある。ジンや公爵もそれを指摘した。

 だけど、知らない振りをすれば魔女だけが悪者になってしまう。

 この国の魔女を迫害した歴史が今回の疫病という呪いを呼んだ原因となったのは誤魔化しようもない事実なわけで、それを無視していいわけがない。

 やってやられての復讐の連鎖をどこかで断ち切らないといけない。

 それには勝者が度量を見せるしかない。

 だけど、憎しみ合う敵同士が和解するのは簡単なことではない。

 でも、今回はいけると思う。


「なぜなら、あなた方を窮地から救った守護者レインもまた魔女だからです」


 ここで自分は魔女じゃないよとアンリシアは言ってしまってるのよね。聞いてる連中は気付いているかなぁ?

 まぁ、魔女と聖女の言葉遊びを本気で信じるような残念な連中のことなんか知らないけど。


「魔女が悪なのではありません。普通の人に悪人がいるように、魔女にも悪人がいるというだけなのです。全てを拒絶する必要はありません。人と魔女はわかり合えるのですから」


 アンリシアの演説はそこで終わり、ジンが引き継ぐ。

 戦争の終結。

 ミームに操られたダインは最後に彼女とともに死んだ。

 現王家にはすでにサンガルシア王国を運営する力はなく、これからそのことについて残った王太后と話し合いを行うために王都に向かう。

 というようなことを言い、最後に付け加えた。


「新たなるサンガルシア王国は無用な差別や迫害のない社会を作ることを約束しよう。それをすることがどれだけの禍を後世に残すか。我々はそれを今日、学んだのだ」


 なんか美しくまとめてジンの演説も終わる。


「なんだかんだと……」


 面倒な日々だったなぁ。

 手のひらサイズにまで圧縮した封印結晶を懐に入れてふっと息を吐く。

 でも、なにはともあれ、これでアンリシアと一緒にマウレフィト王国に帰れる。

 後は……少しばかりの片づけをするだけか。


 と思っていたら…………。


「……長かった」

「うんうん、お疲れ様」


 あの日から数か月後。

 私たちはようやく、前に赤竜女帝と会った山に戻って来た。

 新王となったジンたちに見送られての帰国だ。

 特製馬車に揺られて堂々と街道を行く方法もあったのだけどやることがあったので断った。

 なんとなく、帰るならここって意識が私たちにはあったのだ。

 それにやることもあったし。


「よく我慢したわね、えらいえらい」


 アンリシアのなでなでに癒されながら山を進み、連中の視線が届かない場所までやって来た。


「さて、そろそろかな」

「わかったわ」


 私の言葉でアンリシアが少し離れる。

 さてさて、取り出しましたるは先日の魔王を封じた封印結晶。

 こいつにほほいのほいと念じまして……はいぱっぱ。

 ぽん。


「え?」

「なん?」


 残念ながら煙は出なかったのだけど、代わりに一組の男女が私たちの前に現れた。


「は~い、お元気?」

「ど、どうして?」

「ここは、どこだ?」


 混乱する二人の男女はダインとミームだ。


「生き残れたよ~よかったねぇ」

「もう、レインは面倒がらないの」


 私の気分を察してアンリシアが二人に説明をしてくれた。

 簡単に言えば殺さなかったというだけ。

 魔王が二人を取り込んですぐに結界で守って消化できないようにしていたのだ。


「すでに王の交代は終了しました」

「では、ここに俺の居場所はもうないのか」

「ただの庶民になったということです。もう、あなたが誰と一緒になろうとそれを責める人はいません」

「それは……」

「それをあなたが受け入れるかどうか……それはわたしたちの関知することではありません」


 アンリシアは少しだけ突き放すようにダインに言う。


「わたしはただ、レインの手があなたたちの血で染まらなかったことを喜ぶだけです。あなたたちがその後をどうしようと、自由です」


 そこまで言って、ダインの手に皮の包みを渡す。


「新王がお詫びとしてわたしたちに渡したお金の一部です。これを当座の資金としてお渡しします。そして、これが最後です。わたしたちはもう、お会いすることはないでしょう」

「……感謝する」

「それでは」

「待って!」


 去ろうとする私たちをミームが止めた。


「レイン、あなたに少し、聞きたいことが」

「……あんたは生きてる。それでいいじゃない」

「でも、それならわたしは……魔女の呪いは……」

「そんなの私の知ったこっちゃないない」


 ミームの言いたいことはわかる。

 だけどそんなことは知らないのだ。


「生きてるんだから、生きてることを楽しみなさいな。私のいないところでね」

「……ありがとう」


 これ以上の会話は無意味と理解してくれたようだ。ミームは頭を下げるとダインと二人で去っていく。

 力を失った王様と力の弱った魔女になにができるのか知らないけど、がんばれば幸せになれるんじゃないだろうか。

 なれなかったとしても、それもまた二人の結果だ。

 二人は一緒になれましたの部分が満たされたんだからそれでハッピーエンドってことにしてもらいたい。


「ねぇ。ミームさんが生きているということは……」

「うん。魔女の呪いが残っているってこと」


 本来のミームは死んでいる。いまの彼女は魔女の呪いによって生かされている。

 言い方は悪いけど新鮮なゾンビみたいな状態だ。

 だから、魔女の呪いが完全になくなってしまえばミームは死ぬしかない。魔女の呪いの方も強大な魔力となっていた部分を魔王に吸われまくっているので、いまは自身の形を保つので精一杯でミームを復讐に駆り立てるようなことはできないだろう。

 できたとしても、私のいないところで暴れる分にはどうぞご勝手に、だ。


「レインの選択を信じるけど、疑問はあるわ。残しておいてもいいの?」

「……恨み辛みなんて、どうせほっといてもまたどこからか勝手に湧くじゃない。あれが消えたから世界は永遠に平和ですなんて、あるはずがない」


 なら、ちょっとぐらい不穏なものが残っていてもいいじゃないか。

 魔王は大地に染みついた負の念を吸い取る存在。いわば大地の掃除人だ。

 だけど、掃除したから永遠にきれいになるわけじゃない。

 いつかまた、汚れるのだ。


「トイレですっごいがんばったからって、悪人が真人間になるわけでもないでしょ?」


 汚れなんてそういう存在だ。

 汚れを放っておけば病気の元になる。疫病となって人々を苦しめる。

 魔女の呪いだろうが、トイレの便壺だろうが、それは一緒なのだ。


「もう。レインはもう少しきれいなたとえを覚えましょうね」

「きれいなのはアンリにお任せだよ。金色の聖女様」

「それはもう卒業したわ。さあ、帰りましょう」

「だねぇ、材料もそろったし。美少年と野獣が待ってるだろうし」

「なによそれ……あのお二人のたとえなの?」

「美少年が清い心のままでいたらいいけどね」


 いや、ここで性癖をこじらせて野獣萌えとかになっていた方が色々と面白いだろうか?

 そんなことを考えながら、私たちは手を繋いで国境をまたいだ。

 帰って来た。



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これにて本編は終了です。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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ヒロイン剥奪! ~オープニングで悪役令嬢を落としたらストーリーから蹴りだされました~ ぎあまん @gearman

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