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そいつは黒い結晶のような姿をしていた。
悪意を吸い寄せ、練り固め、結晶化する。
菱形の巨大黒水晶を中心に粘りのある黒い粘液がまとわりついているでもいい。
粘液は人の形を作ろうともしていて、黒水晶を抱いた巨大黒ローブという表現も似合うかもしれない。
どうあれ、それを見た人間のほとんどは似たような感想を抱くこと間違いなし。
これは邪悪な存在である。
古の魔女の呪いも含め、サンガルシア王国のそこかしこに沈殿していた様々な憎悪や呪いを吸い込んで出来上がった悪意の産物は溺死者が合唱したような声を空に放った。
「……なんてものを生み出したの」
ミームが苦しげな息で私を責める。
「ううん、残念、違うんだなぁ」
「なにを!?」
私の余裕がミームには信じられないようだ。
「わたしたちを利用して、あんな物を生み出して……あなたの方がはるかに」
邪悪って言いたいのかな?
だけど、やっぱり残念。
「見よ! この悪夢を!!」
私の拡声魔法に載せてジンが言葉を放つ。
「これがお前たちが聖女と崇めたミームの本性だ!」
「なっ⁉」
ジンの言葉にミームが驚愕する。
だけど、魔女の呪いを吸い上げられて衰弱したミームには反論できない。
ジンの言葉は続く。
「我らが金色の聖女アンリシア様はこの邪悪を見抜き、この土地を聖なる力で満たした! さあ、真実をその目で見よ。金色の聖女アンリシア様を讃えよ!」
ジンの声に公爵軍が答え、アンリシアの名前が連呼される。
ふむ……悪くない。
いや嘘。
やっぱりなんか不快になってきた。
私のアンリシアをそんな気軽に呼ばないでもらいたい。
だが我慢我慢。
この国をさっさと出るためにやったことだからね。
うーん……………………我慢。
卵から産まれた魔王君は吸い残しの魔女の呪いを求めてミームへと近づいてくる。全長は十メートルぐらいかな? お台場ガンダ●の半分ぐらいだ。
それが動いて近づいてくる迫力はなかなかのものなので、慄く声があちこちから聞こえてくる。
「おの……れ……」
力が足りずにぷるぷる震えるミームはなにもできない。
自分の窮地を理解して彼女は私を見る。
「あなたの正義はこんなことを許すの?」
「おっ、今度は情に訴えるのかい?」
「あなたにはっ! ……あなたには、魔女の苦しみが理解できないの!?」
「うーん……」
まっ、死ぬ前の言葉遊びだ。
付き合ってあげるよ。
「ぶっちゃけると、私って強すぎるじゃん?」
静かに睨むミームに私は答える。
「もしも私が生まれたのがこの国だったとしたら、この国を燃やし尽くしていたかもしれない」
だけどそれは、魔女の恨みを代表してなんていう崇高なお題目があるからじゃない。
ただ、鬱陶しいからだ。
「弱い連中への同情なんてできるはずがない。私は私だけで強くなったからね」
たとえそれが、この世界のことを知っているという有利さがあったからだとしても、それを後ろめたさにする気はない。
私は一人で強くなった。
だから誰かの、なにかの側になって考えるなんてことで、想像と同情以上のことを求められても困る。
私が欲しいのは、ただアンリシアとの楽しい未来だけだ。
だからアンリシアがそれを望めば叶えようと思う。
だけど、私自身が『魔女と人間との関係改善』なんてものに乗り出す気はない。
「私に正義があったとしても、それは誰が理解するっていうの?」
きっと誰も理解しない。
理解する奴がいたら、そいつはむしろ敵なんじゃないかとさえ思う。
もしも、古代の魔女が私みたいなのだとしたら、いまの人々が魔女を恐れるのだって当然じゃないかと思うぐらいだ。
私は強すぎるから。
「さあ、だから、もうサヨナラの時間を引き延ばすのはやめなよ」
魔王が私の背後まで迫ってきている。
ミームの表情が恐怖にひきつっている。
白衣の魔女たちも、王都の軍も……。
誰もミームを助けに来ようとしない。
魔女も兵士も途中で自分の意思を奪われた意識があるから戸惑っているのか。
それとも怒っていて、その死を当然だと思っているのか。
ただ一人。
「ミーム!」
ダインを除いて。
操り人形だった王様はミームの名前を叫びながらこちらに近づいてくる。
周りの騎士たちも茫然としていたのか初動が遅れて追いつけていない。
「ダイン! 来ちゃダメ!」
「ミーム! もう離さない。あの時の失敗は、もうっ!」
「ダイン!」
そんな二人を魔王は一緒くたに掴む。
声も漏らせないぐらいにしっかりと握りしめ、持ち上げ、ヘドロで出来たみたいな口を広げて放り込んだ。
「……よかったじゃん。一人じゃなくて」
私としてはそう言ってやるしかない。
私の慰めなんていらないだろうけどね。
でも、一人じゃないってのがいいことなのは私だって知っている。
「さて、後始末だ」
後はお前が消えるだけ。
私は魔王と向き合った。
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