第36話
僕と姉さんが本家に着いた頃には、既に本家側の戦いにも片がついていたらしい。少し荒れた本家の庭と、何かが焦げたような臭いは残っていたものの、妖怪の姿はどこにも見当たらなかった。そして、悠真達の身体に細かい傷こそ見えたものの、大きな怪我もなく五体満足で乗り切ったことが見て取れる。
悪い予想はしていなかったとはいえ、やはり心から無事を確信していたわけではないため、思わず深く息を吐き胸を撫で下ろしていた。
「お、そっちも終わったんだな」
「ああ、ほとんど姉さんの独壇場だったよ」
「さっすが莉花姉」
本家の門の前で周囲を警戒していたらしい悠真は、僕らの姿を見るなり引き締めていた表情を緩める。弱音を吐くことはあれど、顔には出さないこいつがこんな顔をするほどだ。本家に来ていた【兄様】とやらは、相当な強者だったに違いない。落ち着いたら、詳しい話を聞かなければいけないだろう。
そんなことを考えながら辺りを見回していた僕の横を風のようにすり抜け、恵梨姉さんの元へと駆けて行く人物の姿があった。勿論、正体は莉花姉さんだ。彼女は何かを必死に訴えたと思えば、無事を確認するように恵梨姉さんの身体に触れて回っていたものだから、悠真も一瞬言葉を失ってしまったようだ。
「……どうしたんだ、あれ?」
「ちょっと色々あってね……」
口外は止められていたものの、あれをどう取り繕って説明すれば良いものか。一応、僕らが対峙した妖怪からは、本家に向かった妖怪が気が強い女が好きだという話を聞かされていたとはいえ、莉花姉さんが普段これほど露骨に誰かを心配した様子を見せたことはない為、咄嗟に上手い言葉が出てこないのだ。
何かを察したのか、困惑した様子で僕と目を見合わせていた悠真はそれ以上の追及を避けたが、その代わり別の脅威が僕を襲ってくることになってしまった。
「碧! 腕、腕見せて!」
「え……? な、なに、いきなり……」
「いいから!」
僕らの帰還に気付けない場所にでもいたのか、どこからともなく緋が駆け寄ってきたのだ。その鬼気迫る表情につい気圧されながら袖を捲り両腕を差し出せば、弟は手首から腕の付け根までじっくりと観察し始めてしまい、言葉を失う。
これは一体、何の辱めなのだろうか。そんな疑問を隣に居た悠真に投げかければ、肩を竦め「こっちも色々あったんだよ」と呟くだけだった。
◆◆◆
「……へぇ、あの狐が呪いをね」
莉花姉さんの行動はともかく、緋の奇行については一応のところ真っ当な理由があったらしい。
竪山神社で遭遇したあの狐の妖怪は、気に入った人間の男に呪いを掛けたがるのだと本家を狙った妖怪の方が漏らしたのだという。僕らが出会った妖怪もだが、本家に来た妖怪も口が軽いのだろうか。それとも、人に化けられるほどの妖狐というものは、総じてそういうものなのだろうか。どちらかは分からないが、既に終わったことを深く考える気も起きない。
とにかく、僕が想定外の身の危険に晒されていた――という事実のみ理解していればいいだろう。
「もし呪われていたら、どうなっていたんだ?」
「あの妖怪の虜にされてたんだって」
「く、くだらない……」
「可愛がるって、本当にそういう意味だったのね……」
勿論、言葉通りの意味とは思えないが、それにしたって緊迫感がない。なんともいえない脱力感に苛まれながら塀に寄り掛かれば、敷地内へと入ってくる車のライトが視界に入り思わず目を細める。あの車は、恐らく千翼叔父さんのものだろう。
「天狗のときといい、碧兄って妖怪にモテんのか?」
「妖怪にモテても嬉しくないよ……」
あまりにもくだらない議題に発展しているはとこ達をあしらいながら、今回ほぼ役に立てなかった己の無力さに肩を落とすしかなかった。
僕の中に知らない誰かの夢を見る 天海 @amami_I
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。僕の中に知らない誰かの夢を見るの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます