第2話 赴任地 2日目 上海に誰もいない? 一人居た!

 篠原千昭が、花園飯店の17階から見る、一夜明けた上海の街並みは、初めて見る景色だった。


「ちょっと待って、私、夢を見ているの?」

 映画やTVドラマで見るたびに「嘘くさいなぁ」と思っていた仕草しぐさ、自分のほっぺたを叩いたり、腕をつねったりを、上海のホテルでやってみるとは思わなかったが、やってみると、やっぱり痛い。

「やっぱり、痛いじゃない!」

 自分に突っ込むが、笑ってくれる人もいない。


 篠原千昭が「これは夢です!」と言わずには、いられないくらい上海の街並みが一夜にして変貌していた。

 窓から見える上海の街並み全て、真下に見えるホテルの庭や直ぐ側の道路、その先にずっと連なる高層ビル全てが真っ青、テレビでウイルスの解説をする時に良く出てくる病的な青色に変色している。


 いつもは昼夜関係なく、ホテルの敷地を出入りしている高級車は一台も見あたらず、窓から見える上海のメインストリートの一つ、准海中路ワイハイジョンルーには、車が一台も走っておらず、歩いている人もいない。

「朝からいつも混雑している道路に車も人もいないなんてあり得ないよ、政府が戒厳令でも出したの?」


 部屋のTVを点けてみるが、どのチャンネルにしても何も映っていない。

「電気は通じているのね、水道は?」

 バスルームに行き、洗面所の水道を押すと水は出てくる。

 ベッド脇に置いたスーツケースの中から日本のスマートフォン取り出し、本社の総務部へ電話をしてみるがコールせず、その手前で不通になっている。

「今、8時だから繋がれば、誰か出てくるよね? 日本は9時だから」


 部屋の電話でフロントを呼び出すと呼び出し音はするが、誰も出てこない。

「うーん、困ったなぁ、赴任初日から大都市上海で、ひとりぼっちなの?」


 昨日、中国国内用のスマートフォンを王さんから渡されていたことを思い出し、ブラウザを立ち上げる、国家重点ニュースサイトの中国網チャイナネットがタイトルだけ表示され、あとはオールブルー。

 そのスマートフォンに登録されている連絡先に自分が赴任する中国子会社の代表電話があったので電話をしてみると国内電話は通じるのか、コール音がする。

「8時だと、まだ誰も来ていないのかな? と言うより、この真っ青な街の状態で通勤してくるわけがないかな?」

 そう思いながらコールのまましばらくすると、誰かが電話を取った。

早安おはようございます我是张張です


 あ、張玲さんだ、居るじゃない、とホッとしながら、日本語で話しをする。

リンさん、おはよう。今日から会社に出社する篠原です。上海はどうなっているの?」


 リンは、日本人からの電話だとわかり、日本語で応答する。

「篠原さん、おはようございます。私は昨日から会社にいます。会計士から先月の決算数字で質問があって、遅くまで連絡をしていて会社に泊まりました」


 張玲は20代の経理スタッフで日本語も堪能、以前から顔なじみで出張で上海に寄ったときに一緒に食事に行ったりしていて、今回、董事長として赴任してからは社長秘書の様なこともやってもらえないか、お願いしようと思っていた。

(日本の会社のように、そのようなあやふやな職掌は中国の会社では認められないことを、篠原千昭は未だ知らなかった)


「玲さん、今、ホテルの部屋から電話をかけているのですが、外の様子がおかしいのです。何があったのですか?」


「私は今、起きたばかりで、この部屋に窓がないので少し待って下さい」


(玲さん、起きたばかりだと言ったいたけど、あの会社に宿泊施設とか、あったっけ?)


 篠原千昭がオフィスレイアウトを思い出そうとしていたら、電話からバタバタ走ってくる音が聞こえて来た。

(代表番号にかけたから、リンは固定電話で受けてくれたんだ、彼女の携帯番号も聞いておかないと)


「篠原さん! これは何ですか! 街が青いです! 車も人も見えません」


「私も同じ景色を見て驚いて電話を掛けたの。とりあえずリンさんがいて良かった。ホテルのTVをつけても何も映らないし、日本に電話を掛けてみたけど繋がらないの。悪いけど、どこかに連絡を取ってみてくれませんか?」


「分かりました。あとで今、篠原さんが掛けてきている電話に連絡すれば良いのですね、調べてみます」


 千昭は電話を切ってから今の状況を考えてみた。

 リンさんも私と同じ街の景色を見ているから、これは夢でも幻想でもない、何か分からないけど大変な事態になっているのは間違いない。日本とは連絡が取れないから、ここのことをよく知っているリンさんに頼って動くしかないかな。


 焦っても仕方ないので、バスルームへ行き、髪をブラッシングして顔を洗い、服を着替えた。

 誰も居ないから、取りあえず化粧はいいか? と、ちゃんとした化粧は省略した。

 部屋のカードキーを持ち、廊下に出てエレベーターホールに行き、呼び出しボタンを押してしばらく待ってみるが、エレベーターは来ないし動いている音もしない。


 仕方なく部屋へ戻ると、張玲からスマートフォンに電話が入る。

「もしもし、篠原です」


リンです、市内の両親や親戚、友達に電話を掛けてみましたが、誰も電話に出てくれません。上海から遠い親戚にも電話をしてみましたが、誰も出てくれませんでした、どうしましょう?」


『どうしましょう?』は、私が言いたいのだけど、部下になるリンさんに言っても仕方がないか。でも、私よりこの国のことを知っているはずだから、どこかに頼るところがないか聞いてみよう。


リンさん、中国って、こういう非常事態の時に、どこかが、何とかしてくれるの?」

 自分でしゃべっていても、少し情けない聞き方だなぁー、『どこかが、何とか』とか、周りが何も分からない子供みたいですよ、まあ、今のところ何も分からないのですが。


「この国では、非常事態の時は、政府から指示や指令が出るのですが、この状況で何もないということは政府内でも混乱しているのか、政府内に誰も居ないのではないかと思います」


 そうかなとは思っていましたが、やはりそうなりますよね、今までの状況からすると、リンさんと『二人ぼっち』になるのかなぁ?

リンさん、まだ何も分からない状況ですが、取りあえず、どちらかに集合しませんか?」


「篠原さんは、昨日から花園飯店に泊まっているのですよね? 私が予約しましたから」


リンさんが取ってくれたんだ、ありがとう。17階のガーデン側に昨日の夜チェックインした時は、窓から見える上海の夜景がとても綺麗でした。今は見たこともない景色だけど」


「では、私が篠原さんのところへ行きます。オフィスに折りたたみの電動バイクがあるので、直ぐにそちらへ行けると思います。ホテルに着いたら電話します」


「さっき、エレベーターホールに行ってみたのですが、エレベーターは動かないみたいです。非常階段を使って私は1階まで降りて行った方が良いよね?」


「では、降りてロビーに居て下さい、このビルのエレベーターも動かなければ、地上に降りるまで時間が掛かると思いますので、ゆっくりで大丈夫です」


「そっかー、上海オフィスは43階にあるから折りたたみ電動バイクを持って降りるんだったら時間が掛かるよね。大変そうだけど気をつけてきて下さい」


「分かりました、篠原さんも気をつけて」

 張玲は電話を切り、ロッカールームへ入り自分のロッカーの扉を開き、中にある貴重品ボックスの鍵を開けて『組織』から配布されているスマートフォンを取り出した。


 能力者補、張玲の世話人である能力者の王氏からメッセージが入っていた。

『このメッセージを読んでいるということは、現在の異常事態への対応をどうしようか? と思っているのだと思います。『組織』として現況を確認中ですので、不用意な行動は避け、もしも身近に誰か居れば、その人たちを落ち着かせるようにして下さい、状況が分かれば連絡します』


(『組織』も未だ原因が分からないのだったら、結構大変。取りあえず篠原さんを助けに行こう)


 張玲は当面必要と思うものをリュックに入れて背負い、オフィスに置いてある折りたたみ電動バイクを持ってエレベーターホールに行くが、篠原千昭が言ったとおりオフィスビルのエレベーターも動いていない。

 仕方なく折りたたみ電動バイクを持って、非常階段を下り始める。

(こんな時、瞬間移動テレポーテーションが出来ると早いんだけどなぁ)

 張玲は他の能力者のことを思いながら、一歩一歩階段を下っていった。

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初めて海外赴任したと思ったら...やっぱり地球防衛隊?だった件 MOH @moh

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