神田ベリーは何か怪しい(後編)
「大事な話、というのは他でもない」
放課後のグランドの隅っこ。飼育小屋前。
僕は件の人物、神田ベリーと対峙していた。
「私には、心当たりがないが」
今時きっちりとしたおさげ髪。眼鏡。小柄で華奢な体格と整った顔立ち。
一旦何か怪しいと思ってしまうと、やはり彼女は何から何までどこか不自然だ。一言で言えば──。
「君は何者だ?」
「……何者、とは?」
──作り物っぽい。
「これは全く合理的とは言えないんだけど、僕は頭のどこかで、君が……僕らとは何か違う存在なんじゃないかと感じている」
「具体的には?」
「異世界から来た……何か。少なくとも君は、現代日本の文化の中で育ってきたわけではないね?」
「何故、そう思う?」
「君は自然に振る舞っているつもりかも知れないが、端々に今のこの国の高校生になり切れていない場面があるからさ。相当に勉強してるようだけど……」
彼女はフフッと笑った。
彼女がそんな笑い方をするのを見るのは初めてだった。営業スマイルじゃない、力の抜けた、素の笑い。
「なるほど。飼育小屋のウサギか。盲点だった」
「え……なに?」
「私に掴まれ」
言うが早いか彼女は僕に抱きつい……いや、僕を抱えて跳躍した。
どひゅんっ
僕くはそのまま全く予期せぬ急激なGに身体を「く」の字に折り曲げながら眼下の地面が巨大な爪に引き裂かれるのを見た。と、思った次の瞬間それが遙か下方に遠ざかって行った。
「わ、わ、わ……」
「大丈夫。私は味方だ」
僕の心配はそこではなかった。正確には分からないが、僕ら二人は明らかに落下すれば只ではすまない高さに達していたから、その次の物理現象に恐怖していたのだ。即ち、自由落下に。
ふわ……
と絶望的な浮遊感に僕が死を覚悟した時。
ガションッ、シャキンッ!
神田ベリーの背中から制服を突き破り、銀色の金属の翼が飛び出した。
「わあっ!」
「大丈夫。落ちない。だがスラスターの排気口周りには手足を出すな。炭化して焼け落ちるぞ」
コオッ
神田ベリーの背中の翼の玉子のように膨らんだ部分が短く息を吐き出した。
僕と神田ベリーは空を切って旋回し、斜めに加速して地面スレスレまで急降下した。
「この銀河には、48の規定水準文明圏がある」
「なっ、なっ、なっ、なんの話⁉︎」
神田ベリーはウサギ小屋を目覚して地を這うように飛行する。
「それと938の準規定水準文明圏が。その内の一つがここ。太陽系第3惑星。地球だ」
ウサギ小屋から「ヴェンッ」と弦を弾くような音がして何かのビームが迸る。神田ベリーが左手をかざすと不可視の盾がその性能を履行し、ビームを明後日の向きへ偏向させる。
「準規定文明圏に対しては原則不可侵と宇宙法が定めている。だが、一部の犯罪者が逃亡先に選ぶんだ。未開の、準備のできていない文明圏の惑星を」
「犯罪者……⁉︎」
ウサギ小屋が吹き飛び、怪物が現れて雄叫びを上げた。その怪物は、どこかウサギの面影を残していた。
「ガニーナ・エクフゥフェン・アルクソロ・エギレスビナ」
『ビドー』
彼女はどこかと通信したようだった。
その通信が合図だったかのように、彼女の左手がチー、と音を立てて分割し、裏返るようにして変形した。メカニカルな太い筒。
もちろん初めて見る形状だが、僕は直感した。
銃、だと。
「この学校だということまでは特定できていた。だが、キキンピスタは生徒の誰かを疑っていた」
「……キキンピスタって?」
「沢山のコンピューターの会議みたいなものだ」
キュンッ
彼女の右手が小さく吠えた。
小さな黒い点のようなものが渦巻く真っ黒なモヤを伴って真っ直ぐにウサギの怪物に吸い込まれてゆく。
ズシンッッ!!!
重たい物が落下したような音がした。
ウサギの怪物は神田ベリーの放った黒点が触れた瞬間、その点に吸い込まれるように爆発的に縮んで消えた。ウサギ小屋やその残骸、グランドを囲うフェンスの一部やグランドそのものまでもスプーンでくり抜いたかのように空間ごと抉り取って。
「マ、マイクロブラックホール……?」
「私は銀河連続体執行局、上級擬態執行官。現地に潜伏し、現地住民に擬態し、逃亡した犯罪者を捜索し、処分する」
ゴオッ
空気が爆縮の特異点に向かって凝集し、また揺り戻して逆向きの風となった。その風におさげとスカートを揺らしながら、神田ベリーはふわりと地面に降り立ち、また僕を優しく地面に立たせた。
「ミッションネームは神田ベリー。本名は、この惑星の大気では発音できない」
彼女の顔がパカッと割れるとその中は金魚鉢のようになっていて、中に真っ赤な金魚が一匹泳いでいた。
その金魚が、僕に向かってウインクした。
*** 了 ***
神田ベリーは何か怪しい 木船田ヒロマル @hiromaru712
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