神田ベリーは何か怪しい

木船田ヒロマル

神田ベリーは何か怪しい(前編)

 神田ベリーは何か怪しい。

 公にすごく目立つほどではないが、時々妙な振る舞いをする。

 そんな彼女が、僕はどうも気になっていた。


「言って良ければ」


 クラスメイトの竹田マサハルはマイクロファイバーのメガネ拭きで、メガネを拭きながら言った。


「それは単に『好きだ』ってことじゃないのか」

「その可能性はある」


 僕は正直に答えた。

 竹田は成績は僕と似たようなものだけど、地頭というかものの見方や判断が僕より賢い……バランス感覚が良く、僕は彼の知性に全幅の信頼を置いていたし、だから彼に対して嘘を付いたり半端な誤魔化しを打ったりは決してしなかった。


「気がつくと、彼女のことを考えているし、彼女と同じ空間にいる時は無意識に目で追っている。これは典型的な、誰かが誰かを好きになった時の初期症状だ」

「じゃあ話は終わりじゃないか」

「そうなったきっかけに付いて説明させてくれ」

「聴こう」


 僕は咳払いを一つした。


「まずは神田ベリーという名前だ」

「それは、彼女自身にはアンコントローラブルな事柄じゃないか?」

「なんというか、作り物っぽい」

「……分からなくはない」

「もちろん、それだけが彼女を疑う理由じゃない」

「だろうね」

「前述の通り、僕は彼女をしばらく観察していたわけだが」

「うん」

「先月の12日の午後のことだ」

「日時が具体的だな」

「びっくりしたから記録を付けたんだ」

「ギリギリ気持ち悪いぞ」

「そう感じるのは分かる。

 昼休み。僕は食堂にいた。すると珍しく、神田が一人で食券を買っていて、僕は彼女の次の次に並んでいた」

「カツカレー?」

「僕はな。

 彼女はきつねうどんを頼み、合わせてパック牛乳を買った」

「まあ有り得ない食べ合わせじゃない」

「うん。僕は横目で彼女が着席するのを確認しながら席二つずらした斜向かいに座った。そして視界に入れながら注目はしないように振る舞って、身体的には自分のカツカレーを見ながら、視界の左端に映る彼女を意識の中で注視していた」

「特殊な技能だな」

「慣れればそうでもない」

「続けてくれ」

「問題は彼女の牛乳の飲み方だ」

「飲み方?」

「ストローをくわえ、両手でこう……紙パックを挟むように持ち、彼女は渾身の力を込めて紙パックを潰し始めた」

「…………」

「そして凄い勢いで排出されたであろうパック丸々一つ分の牛乳を一息に飲んだ」

「確かに変わった飲み方ではあるが……」

「ありえない飲み方じゃない?」

「我々は高校生だ。少し奇異な格好や振る舞いをカッコいいと思う価値観を燻らせている人もいる」

「それだけじゃない」

「まだあるのか」

「先月の30日」

「確か、結構な雨が降った日だな」

「帰りに下駄箱の前に神田がいたんだが、雨を眺めてぼうっと立ってるんだ」

「傘を忘れたのか」

「普通そう思うよな。僕はちゃんとした傘の他に折り畳み傘を鞄に入れてたから、折り畳みを神田に差し出してこう言った。僕のはあるんだ。良かったら使って、と」

「それで?」

「神田はそれを受け取って不思議そうな顔をした。使い方、分からない? と聞いたんだが、にっこり笑って大丈夫、ありがとう、と答えた」

「さほど変な話じゃないじゃないか」

「問題はそのあとだ」

「そのあと?」

「彼女は僕から借りた折り畳み傘をそのまま鞄に入れると、何事もなかったように雨の中を帰っていった。ビチャビチャに濡れながら」

「…………」

「ありえない話じゃない?」

「その話はちょっと合理的な説明が思いつかないな……雨に濡れたいなら、傘を借りる意味が分からないし」

「それにもう一つ」

「まだあるのか」

「校門入ってすぐ左手に池があるだろう」

「まさか……神田が池に飛び込んだのか?」

「いや。彼女が池の縁に屈み込んで、金魚に話しかけてるのを見た」

「……それ、金魚は返事してたか?」

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